バイバイ、ハロー!

たこす

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バイバイ、ハロー!

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 かいりちゃんは、とてもいい子です。

 どんな子ともすぐに仲良くなりますし、どんな大人とも優しく接します。
 年齢だって関係ありません。
 見ず知らずのおじいさんやおばあさんとも楽しげに会話しますし、小さな赤ちゃんにも優しく話しかけます。

 みんな、かいりちゃんとお話するだけで元気をもらいました。
 そして、かいりちゃんと一緒にいる犬型ペットロボットのハローは、そんな彼女が大好きでした。

「かいりちゃん、今日はなにして遊ぶ?」

 そう尋ねると、かいりちゃんは決まってボール遊びかおいかけっこをしたがります。

 ハローはどちらも大好きでした。
 彼女の手から投げられるボールを口にくわえて持って行くと、必ず頭をなでられます。
 おいかけっこで勝っても負けても頭をなでられます。

「ハローって、ほんとにすごいね」

 そう言われて頭をなでられることが嬉しくてたまりませんでした。


「かいりちゃん、今日はなにして遊ぶ?」

 その日もハローが尋ねると、かいりちゃんは嬉しそうにボール遊びをしたがりました。
 おそとに出て新鮮な空気を吸いながら、かいりちゃんはボールを遠くに投げます。
 ハローはそれを追い掛け回しながら口にくわえるとかいりちゃんのところへ持って行きます。
 
「ハロー、えらいえらい!」

 頭をなでられてハローはご満悦。
 かいりちゃんとこうして遊べることが、なによりも楽しかったのです。


 ハローがかいりちゃんのペットロボットになってから三か月。

「かいりちゃん、今日はなにして遊ぶ?」

 いつものようにパタパタと尻尾を振って尋ねると、かいりちゃんは言いました。

「んー、今日はいいや」

 ハローは首をかしげました。
 いつもなら、ここでボール遊びかおいかけっこを言われるはずなのに。

 かいりちゃんは、上半身を起こしながらもベッドの中から動こうとはしませんでした。
 仕方がないのでハローはその場でちょこんと座り、彼女が「遊ぼう」と言ってくれるのを待ちました。



 ですが、かいりちゃんが「遊ぼう」と言ってくれる日は来ませんでした。

 バタバタと白衣を着た大人たちが彼女のまわりを慌ただしく動き回ります。
 何が起きたのか。
 かいりちゃんの側によろうとしたハローを、大人たちは足で蹴とばしながら追いやります。

「邪魔だ、あっちへ行ってろ」

 ハローは白衣を着た女の人に連れていかれました。
 部屋から連れ出されるとき、その目にはベッドの上で荒く息をするかいりちゃんが映りました。

 そして、それがハローが最後に見たかいりちゃんの姿でした。



 数日後、いつものベッドにかいりちゃんの姿はありません。

 誰もいない無人のベッド。

 頭をなでてくれたあの小さな手は、もうどこにもありません。

「かいりちゃん、今日はなにして遊ぶ?」

 ハローは尋ねました。
 誰もいないと知りながらも、もしかしたらひょっこりかいりちゃんが現れるのではないかと思ったのです。
 ですが、ハローの言葉にかいりちゃんの返事はありません。

「かいりちゃん、今日はなにして遊ぶ?」

 ハローはもう一度尋ねました。
 ベッドの前では、ハローの振る尻尾の音だけが響き渡ります。

「かいりちゃん、今日はなにして遊ぶ?」

 無人のベッドを見上げながらハローはかいりちゃんの声が聞きたいなと思いました。


 ハローはその日から、毎日毎日そのベッドの側に座ってかいりちゃんの「遊ぼう」という声を待ち続けました。
 来る日も来る日も待ち続けました。
 でも、いつまでたってもかいりちゃんの声は聞こえません。
 何度か白衣を着た女の人がベッドの側から連れ出すのですが、ハローはいつも元の場所に戻ってしまいます。

 まるで、かいりちゃんが戻ってくると信じて疑っていないようです。


 見かねた少年─かいりちゃんの部屋にいた別の住人─が、ちょこんと座るハローに言いました。

「ハロー、かいりちゃんの声が聞きたいかい?」

 ハローは少年に顔を向けました。
 優しげな眼をした少年ですが、何を言っているのかわかりません。
 首を傾げていると、少年はハローの胸の部分を指差しました。

「これ」

 ハローは胸の部分に顔を向けます。
 今まで気づきませんでしたが、小さなボタンがついてます。

「?」

 不思議そうに見つめていると、少年の指がするすると伸びて行き、その小さなボタンを押しました。
 すると、どうでしょう。
 胸の中からかいりちゃんの笑い声が聞こえてきました。

 屈託のない、楽しそうな笑い声。
 紛れもない、かいりちゃんの声です。

「かいりちゃん!」

 ハローはびっくりして自分の胸を見つめました。
 少年は言います。

「これはね、患者さんが何かあった時のために自動で録音されるボイスレコーダーなんだ。かいりちゃんの声なら、ここに入ってるよ。上書き保存されるから、ちょっと前からのしか入ってないけどね」

 それはいつのものかはわかりませんが、どうやらかいりちゃんがいなくなる少し前のようでした。
 ボール遊びやおいかけっこをしているときの彼女の声。

「ハロー、えらいえらい!」
「ハロー、ほんとすごいね!」
「ハロー、それは違うってば!」

 自分の名前を連呼する明るいかいりちゃんの声が、ハローの耳に入ります。

 時に優しく、時に厳しく、時にあどけなく。

 かいりちゃんの言葉のひとつひとつが、ハローの胸に突き刺さりました。
 ずっと聞きたかったかいりちゃんの声。
 いなくなって、はじめて寂しいと感じました。

「ハロー、だーい好き!」

 抱きしめられて頭をなでられた時の声が聞こえてきました。
 ハローはその時の光景を思い出し、嬉しそうに鳴きました。

 患者の心をケアするためだけに造られたペットロボット。
 もしかしたら、ハローのほうがケアされていたのかもしれません。

 もう、どこにもいないかいりちゃん。
 ハローはうつむきながら自分の胸の中から聞こえるかいりちゃんに尋ねました。


「かいりちゃん、今日は何して遊ぶ……?」


 録音されたかいりちゃんの言葉は、まるでハローの言葉を待っていたかのように答えました。

「ハロー、もういいんだ。いままで遊んでくれてありがとね。なんだかもう疲れちゃった。ちょっとお休みしようかなって思ってるんだ。ハローにはたくさん楽しい思い出をもらったよ。ほんとうにありがとう。最後まで一緒にいてくれて嬉しかった。向こうでも寂しくないから、気にしないでね。じゃあね、バイバイ、ハロー!」

 それ以降、かいりちゃんの声は流れませんでした。
 その言葉が、かいりちゃんの最後の声でした。


 ハローは思いました。

 そっか、かいりちゃんはもう遊び疲れちゃったんだ。
 だから、バイバイしちゃったんだ。
 もう頭をなでられないのは寂しいけれど、お別れの言葉が聞けてよかったよ。

 ハローは自分の胸に録音されたかいりちゃんに言いました。

「バイバイ、かいりちゃん」


 その後、ハローがかいりちゃんのいたベッドを訪れることは二度とありませんでした。


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