扇丸逐電す

武蔵守政元

文字の大きさ
4 / 10

第四話 扇丸vs氏家蛇ノ介

しおりを挟む
小童こわっぱやりおる!」
 そう言って大喜びする源心入道。禅師と声を揃えて哄笑する。
「笑い事ではありませんぞ父上!」
 顔を真っ赤に染め上げた弾正是久だんじょうこれひさの怒りは尤もだ。桐島の名において開催された武芸大会で、自らの流派をよりにもよって「衆道」などと称し憚らないのだから家名を虚仮こけにされたと憤るのは当然のことであった。
「しかし当代。扇丸は衆道以外に流派を持たないのですから仕方ございますまい。無いものを求めても詮ないことですぞ。がはははは!」
 鞍山禅師がそう言って笑うものだから弾正是久としてももうこれ以上重ねる言葉がなく、憤然として押し黙るよりほかになかった。
 思えば両親を飢餓で亡くし、飢えというものをなによりも恐れる扇丸の血色がやたら良く、殊更痩せてもいないことは不自然というべきであった。要するに扇丸は、自らの肉体を売り物に春をひさぐことによって今日まで糊口を凌いできたのである。
 しかし飢饉の時代に生まれ育った扇丸にとって、飢餓は永遠に続く日常そのものであった。翻って若さゆえの色香など期間限定の儚いもの。
 扇丸はあのよわいにして知っているのである。春をひさぐなどいつまでも続けられる性質のものではないということを。身体は否応なく成長してゆき、男らしくたくましく成長した身体など、やがてどこの誰からも求められなくなる事実を、扇丸はあの齢で既に知り尽くしているのだ。だからこそ持てるすべてを駆使してでも今のうちに高名の侍に召し抱えられんと欲して、危険を顧みることなく死地に身を投じているのである。
 誰が、いったい誰がこんな世の中にしてしまったのか!
 禅師大笑しながらも目尻に光る一滴の涙。

 しかしそれにしても噴飯ものなのは扇丸の相手となる蛇神開眼流なる鎖鎌の使い手氏家うじいえ蛇ノ介じゃのすけと申す者である。見れば三十がらみのいい大人であって、それが自らの物の具である鎖鎌にかけたものかどうかは知らぬ、蛇神だの蛇ノ介だのと名乗って憚らないあたり、それはそれで恥を知らぬ振る舞いといって良い。いわゆる「痛いヤツ」の登場である。
 扇丸が自らの流派を衆道と言ってのけたことを笑ってやれた源心入道と鞍山禅師といえど、蛇ノ介に関していえば、
「毎度ながらこういうともがらがしゃしゃり出てくるのはなんとかならんものか」
 とやや食傷気味であった。
 幾度となく武芸大会を見分してきた彼らは、こういった手合いに限って大した実力を持ち合わせてはいないことを知り尽くしていたのである。
 ただ彼らは扇丸がなにか特別の戦闘能力を備えているといった甘い見通しも抱いていなかった。あまつさえ扇丸は得物を持たぬ徒手である。蛇ノ介の技量など多寡がしれているというものだが、それでも勝負は一瞬で片が付くだろう。かわいそうだが仕方がない。逃げる機会は与えた。

「始め!」
 開始の合図である陣太鼓が打たれた。と同時に
「きぃえぇぇえー!!」
 金切り声を上げて扇丸を威嚇する蛇ノ介。手にした鎖鎌を振り回すと、その刃先がヒュンヒュンと音を立てて風を切る。
 扇丸はといえばまるで棒立ちだ。恐怖のためか心なしか青ざめて見える。桐島源心入道を相手に一歩も引かず物を言ったさすが扇丸も、他ならぬ自分自身を殺そうとして迫る相手を前に恐怖したとしてなんの責めるところがあろう。
 その扇丸が意を決したものの如く一歩踏み出した。同時に自ら腰帯をしゅるしゅる解くと、襦袢の下は下帯も締めぬ赤裸である。
 これには控える歴然の旗本どもからも
「おお……」
 とどよめきが起こった。あの小僧いったい何をやる気なのか。
「これは……」
 瞠目する源心入道。

 扇丸の白くの細かい肌はこれまで幾度か面謁して知っていたが、こうやって一糸まとわぬ肢体を改めてまじまじと眺めれば、うなじから背中にかけての流麗な曲線美。
 この曲線は腰のあたりで最大屈曲をむかえ、そこから改めてなだらかな登りの丘陵を描いている。尻である。
 尻と太腿がたたえる、中身のぎゅっと詰まったような肉感。かといって無駄に肥え太っているわけではないしなやかさとを兼ね備えており、あまつさえちらりちらりと見え隠れする逸物は無毛。逸物そのものはこの緊迫した状況下、性的興奮に由来する怒張など望むべくもなかったのだから仕方がないが、萎えしぼんだそれは却って追い詰められた扇丸の窮状を何よりも雄弁に物語っているようであり、これはこれでわざとらしいところがひとつもない。
(こんなことやりたくてやってるんじゃない。でもおいらにはこれ以外に得手がないんだ)
 扇丸の声なき声が聞こえてくるようであった。

 調子よく振り回されていた蛇ノ介の鎖鎌の軌道に乱れが生じる。或いは動揺か。
 それでもこのまま扇丸が策もなく突っ立っておれば蛇ノ介はたちまち心理的衝撃から立ち直り、当初の決意に立ち帰って扇丸を鎌の刃先の錆としていたことだろう。そうならなかったのは、扇丸が蛇ノ介を襲った一瞬の動揺を見逃さなかったためかどうかは知らぬ、兎も角も間を置かず
「おっちゃん、おいらおっちゃんを倒すことは出来ないけれど、気持ちよくしてあげられるよ。
 気持ちよくなろうね?」
 扇丸が上目遣いにそう言いながらずけずけと蛇ノ介の制空圏に足を踏み入れたからである。
 桐島家首脳陣の見守るこんなところで、裾を絞った袴をずり下ろされ、下帯を解かれたにもかかわらず蛇ノ介は扇丸を打ち倒そうとしない。それどころか扇丸に為されるがままだ。跪いていそいそと蛇ノ介の下帯を解く全裸の扇丸に任せておけば、快楽が約束されているのだから打ち倒すわけがない。
 扇丸は快楽への期待が詰まって怒張した蛇ノ介の逸物をその小さな口腔に含んだ。 
 愛用の鎖鎌は、いつの間にか蛇ノ介の手から離れ落ちていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

禁断の祈祷室

土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。 アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。 それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。 救済のために神は神官を抱くのか。 それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。 神×神官の許された神秘的な夜の話。 ※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...