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第五話 これぞ兵法の極意なり
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見る者に未知の感情を呼び起こす不思議な光景であった。殺し合いの場から一瞬にして敵も味方も霧消してしまったのだから無理もない。
そこにいるのは、ついさっきまで自分を殺そうと迫っていた敵を、敵ではなくしてしまった扇丸。
蛇ノ介の怒張した逸物を喉奥深く咥え込み、己が唾液にまみれたそれを激しくしごきながら
「気持ちいい? 出そう?」
扇丸が透明度の極めて高い瞳を潤ませながら訊くと、蛇ノ介は溜まりにたまった子種を扇丸の白面豊頬に放ったのであった。
圧巻はそこからだ。
「頑張ったね」
扇丸はそう呟くと、言葉どおりまるで労をねぎらうかのように、海綿体の充血の余韻を残す蛇ノ介の尖端に優しく接吻したのである。果てはどこから取り出したものかは知らぬ(或いは脱ぎ捨てた襦袢に隠し持っていたものか)、懐紙を以て唾液や子種にまみれた蛇ノ介を丁寧に、愛しげに拭う扇丸。
「参りました!」
豪快に一本抜かれた蛇ノ介が袴をそそくさと直してその場にひれ伏した。大の大人が体格や膂力で自分よりはるかに劣る扇丸に負けを認めたのである。
「馬鹿なことを言うな!」
激昂したのは弾正忠是久だ。床几を蹴って立ち上がる。怒髪天を衝くとはこのことである。なお弾正是久そのものも天を衝くが如く怒張していることは、素襖特有のだぶつきのために傍目からは分からない。
「これは武芸大会であるぞ。いやしくも武勇を以て桐島家に仕官を望む者が戦いもせず敵に得物を捨てさせたからとて如何程のことやある!
蛇ノ介とか申したな。得物を取り直せ。やり直すのだ!」
桐島家当代から恫喝まじりにかく求められては蛇ノ介とて断ることも出来ず、渋々得物を拾い直してはみたものの、その様子はというと金切り声を上げながら鎖鎌を振り回して迫った当初の勢いもどこへやら、覇気のない表情で力なくうなだれるばかりである。
ここに至って蛇神だの蛇ノ介だのを名乗る「痛いヤツ」の仮面は剥げ落ち、自分を気持ちよくしてくれた相手を愛おしいと思う素直な人間の本性が露わとなったのである。
「どうした蛇ノ介! 高禄欲しさに参加したのであろう! それなる小僧をさっさと殺してしまえ!」
「もうよかろう是久。扇丸の勝ちを認めてやったらどうだ」
源心入道がやんわりと制する。
「しかし!」
反駁しようという弾正是久だが、源心入道は閉じた扇で蛇ノ介を指しながら言った。
「あの者は既に戦意を失っておる。戦意を失った者に得物を取らせても戦場では役に立たぬ。およそロクな結果になった例がない。そのことは幾度となくそのような者を見てきたわしがよく知っておる。
禅師如何か」
禅師の答えて曰く
「いかさま、大殿仰せのとおり既に蛇ノ介とやらは戦意を失ったものと見得申します。そのような者に無理やり得物を握らせ争わせようとしたところで窮鼠猫を噛むの喩えどおり刃がいつ御味方に向くとも知れずむしろ百害あって一利なし。
そんなことより出色なのは敵に得物を捨てさせた扇丸。孫子曰く百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり、戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。
武道とは詰まるところ兵法。扇丸は戦わずして蛇ノ介の戦意を挫き、兵法に拠って勝利を得たのでございます。どう考えても扇丸の勝ちは動かぬかと……」
「戦って打ち倒すばかりが勝利ではない。そう申すのだな? 禅師」
源心入道が念を押すように確かめる。
「拙僧が申すのではございませぬ。本文(典拠の意。本朝では漢籍を指すことが多く、ここでは兵書『孫子』を指している。※筆者註)にもある兵法の理でございます」
「聞いたか是久」
向き直って見れは、奥歯も割れんばかりに歯を食いしばり顔を真っ赤に染める弾正是久。
是久は吼えた。
「もはや我慢ならぬ! 黙って聞いておれば毎度毎度父上はそれなる禅師と相語らって某を蔑ろになさることに余念がない!
桐島家はただ武勇の士を求めるのみにござる。それを兵法がどうだの戦わずして勝つだの。およそ某の知ったことではござらぬ。
せいぜい理屈をこねて遊んでおられるがよろしいわ!」
弾正是久が憤然その場を去ると、是久付けの旗本十数名がその跡にぞろぞろ続いて陣幕の外へと出て行ってしまったのであった。
是久の怒りに接してどこか白けた雰囲気に包まれる仕合場。兎も角も源心入道と鞍山禅師、そしてそれぞれの旗本衆が見守るなか、勝ちを宣告された扇丸は着直した襦袢の肩口をはだけさせ、白い撫で肩を艶めかしくちらつかせながら幕外へと退出したのであった。
「我が嫡男ながら是久には困ったものだ。周囲も憚らずあのような直情短慮。先が思いやられる」
「苦衷お察し申し上げます。そろそろ骨休めしたいと常々仰せでありましたな」
「是久がああでは隠居もままならぬ」
老人二人の止め処なき愚痴がひとしきり続いたが、その二人の表情がパッと開けたのは扇丸の話題に戻ったからだ。
「それにしても楽しみになってきたな禅師」
「あの小僧、どこまで勝ち抜くやら底が知れませぬぞ」
ここまでの仕合で、のみならず桐島家がこれまで開催した武芸大会において、敗北した者が無傷で幕外に出たのは蛇ノ介が初めてであった。
仕合は打ち進むが扇丸のような勝ち方をする者は当然皆無であった。その妙味をいちど知ってしまえば他のどんな剣技も児戯に等しいとさえ思われる。
「次、東方、如意無限流、槍術、片山権四郎。
西方、衆道、徒手、扇丸」
次はどんな戦いを見せてくれるのか。
自然頬の緩む源心入道そして鞍山禅師なのであった。
そこにいるのは、ついさっきまで自分を殺そうと迫っていた敵を、敵ではなくしてしまった扇丸。
蛇ノ介の怒張した逸物を喉奥深く咥え込み、己が唾液にまみれたそれを激しくしごきながら
「気持ちいい? 出そう?」
扇丸が透明度の極めて高い瞳を潤ませながら訊くと、蛇ノ介は溜まりにたまった子種を扇丸の白面豊頬に放ったのであった。
圧巻はそこからだ。
「頑張ったね」
扇丸はそう呟くと、言葉どおりまるで労をねぎらうかのように、海綿体の充血の余韻を残す蛇ノ介の尖端に優しく接吻したのである。果てはどこから取り出したものかは知らぬ(或いは脱ぎ捨てた襦袢に隠し持っていたものか)、懐紙を以て唾液や子種にまみれた蛇ノ介を丁寧に、愛しげに拭う扇丸。
「参りました!」
豪快に一本抜かれた蛇ノ介が袴をそそくさと直してその場にひれ伏した。大の大人が体格や膂力で自分よりはるかに劣る扇丸に負けを認めたのである。
「馬鹿なことを言うな!」
激昂したのは弾正忠是久だ。床几を蹴って立ち上がる。怒髪天を衝くとはこのことである。なお弾正是久そのものも天を衝くが如く怒張していることは、素襖特有のだぶつきのために傍目からは分からない。
「これは武芸大会であるぞ。いやしくも武勇を以て桐島家に仕官を望む者が戦いもせず敵に得物を捨てさせたからとて如何程のことやある!
蛇ノ介とか申したな。得物を取り直せ。やり直すのだ!」
桐島家当代から恫喝まじりにかく求められては蛇ノ介とて断ることも出来ず、渋々得物を拾い直してはみたものの、その様子はというと金切り声を上げながら鎖鎌を振り回して迫った当初の勢いもどこへやら、覇気のない表情で力なくうなだれるばかりである。
ここに至って蛇神だの蛇ノ介だのを名乗る「痛いヤツ」の仮面は剥げ落ち、自分を気持ちよくしてくれた相手を愛おしいと思う素直な人間の本性が露わとなったのである。
「どうした蛇ノ介! 高禄欲しさに参加したのであろう! それなる小僧をさっさと殺してしまえ!」
「もうよかろう是久。扇丸の勝ちを認めてやったらどうだ」
源心入道がやんわりと制する。
「しかし!」
反駁しようという弾正是久だが、源心入道は閉じた扇で蛇ノ介を指しながら言った。
「あの者は既に戦意を失っておる。戦意を失った者に得物を取らせても戦場では役に立たぬ。およそロクな結果になった例がない。そのことは幾度となくそのような者を見てきたわしがよく知っておる。
禅師如何か」
禅師の答えて曰く
「いかさま、大殿仰せのとおり既に蛇ノ介とやらは戦意を失ったものと見得申します。そのような者に無理やり得物を握らせ争わせようとしたところで窮鼠猫を噛むの喩えどおり刃がいつ御味方に向くとも知れずむしろ百害あって一利なし。
そんなことより出色なのは敵に得物を捨てさせた扇丸。孫子曰く百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり、戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。
武道とは詰まるところ兵法。扇丸は戦わずして蛇ノ介の戦意を挫き、兵法に拠って勝利を得たのでございます。どう考えても扇丸の勝ちは動かぬかと……」
「戦って打ち倒すばかりが勝利ではない。そう申すのだな? 禅師」
源心入道が念を押すように確かめる。
「拙僧が申すのではございませぬ。本文(典拠の意。本朝では漢籍を指すことが多く、ここでは兵書『孫子』を指している。※筆者註)にもある兵法の理でございます」
「聞いたか是久」
向き直って見れは、奥歯も割れんばかりに歯を食いしばり顔を真っ赤に染める弾正是久。
是久は吼えた。
「もはや我慢ならぬ! 黙って聞いておれば毎度毎度父上はそれなる禅師と相語らって某を蔑ろになさることに余念がない!
桐島家はただ武勇の士を求めるのみにござる。それを兵法がどうだの戦わずして勝つだの。およそ某の知ったことではござらぬ。
せいぜい理屈をこねて遊んでおられるがよろしいわ!」
弾正是久が憤然その場を去ると、是久付けの旗本十数名がその跡にぞろぞろ続いて陣幕の外へと出て行ってしまったのであった。
是久の怒りに接してどこか白けた雰囲気に包まれる仕合場。兎も角も源心入道と鞍山禅師、そしてそれぞれの旗本衆が見守るなか、勝ちを宣告された扇丸は着直した襦袢の肩口をはだけさせ、白い撫で肩を艶めかしくちらつかせながら幕外へと退出したのであった。
「我が嫡男ながら是久には困ったものだ。周囲も憚らずあのような直情短慮。先が思いやられる」
「苦衷お察し申し上げます。そろそろ骨休めしたいと常々仰せでありましたな」
「是久がああでは隠居もままならぬ」
老人二人の止め処なき愚痴がひとしきり続いたが、その二人の表情がパッと開けたのは扇丸の話題に戻ったからだ。
「それにしても楽しみになってきたな禅師」
「あの小僧、どこまで勝ち抜くやら底が知れませぬぞ」
ここまでの仕合で、のみならず桐島家がこれまで開催した武芸大会において、敗北した者が無傷で幕外に出たのは蛇ノ介が初めてであった。
仕合は打ち進むが扇丸のような勝ち方をする者は当然皆無であった。その妙味をいちど知ってしまえば他のどんな剣技も児戯に等しいとさえ思われる。
「次、東方、如意無限流、槍術、片山権四郎。
西方、衆道、徒手、扇丸」
次はどんな戦いを見せてくれるのか。
自然頬の緩む源心入道そして鞍山禅師なのであった。
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