扇丸逐電す

武蔵守政元

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第九話 弾正謀叛

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「抜いたらダメだよ、おっちゃん」
 肩で息をつきつつ扇丸が呟く。
「ほら、おいらのこんなになっちゃってるんだ。だから続けて?」
 扇丸はそう言うと、梟聞坊の手を取っておのが逸物を握らせた。扇丸のそれは、海綿体の隅々に至るまで充血し、小さいながらもはち切れんばかりに固く膨れていた。
「そなた……! まさか屹立しおるとは!」
 動揺を隠すことが出来ない梟聞坊。

 思い返してみれば並外れた大きさ、太さを誇る梟聞坊のそれは、男女問わずまぐわいに及んだときに苦痛のタネになるほどであった。
 一度は主人と仰いだ寺社に忌避されるほどの凶相を湛える梟聞坊ではあったが、そんな彼も生まれながらの大悪人ではない。人並みに愛し、愛された経験がある。
 相手を愛するがゆえにまぐわいに及び、逸物長大なるがゆえに相手に苦痛を与える。
 身体的特徴がコンプレックスとなり、人格形成に影響を及ぼす事例など人の数だけあって、読者諸氏の間でもそのことについてよもや異論はあるまい。性器の形状となると尚更である。梟聞坊の場合も多分に漏れぬ。
 梟聞坊にとってまぐわいとは、相手に苦痛を与える行為にほかならなかった。相手への愛情ゆえに勃起し、これを挿入したときに聞こえるのは嬌声ではない。苦痛を伴う呻き声と相場は決まっていた。
 それまでの睦まじい仲が嘘だったかのように身をよじらせて梟聞坊から逃れようとする相手。巨根をねじ込まれる苦痛ゆえであった。
 愛情というものを実際の行動に移した結果、相手に苦痛を与えることのなんで愉しいものか。
「俺は人を愛することも人に愛されることも出来ぬ」
 梟聞坊は愛を自らの意思で封殺した。
 しかし困ったことに、愛は封殺できても、内奥から湧き上がる性欲はどうにも抑えられないのである。梟聞坊ほどの業物となると、手練れの遊女ですら持て余すほどだったから、発散の場は主に戦場であった。
 戦乱の巻き添えを食らって逃げ遅れた市井の人々を襲撃し、男であれば殺して奪い、女であれば獣欲の赴くまま有無を言わせず襲いかかった。
 それは同じく性行為でありながら、愛情の具現化とは対極に位置する暴力そのものであった。
 人を愛することを忘れ、人に愛されることがなくなった梟聞坊が、いつの間にか人をして目を背けさせるほどの凶相を帯びるようになったことは、当然の成り行きだった。
 老境に至って発心し、頼った先の本寺でも凶相ゆえに冷遇された梟聞坊。神仏でさえも彼を見捨てたのである。

「お前は!」
 梟聞坊が短く叫び、そして続けた。
「お前はそんなわしを受け入れるというのか!」
「おっちゃんがすごく良いところ突くから、おいらもしかしたら初めて子種が出るかもしれない。だから頑張って」
「うおぉぉぉ!」
 梟聞坊が吼えた。それはまるで、若いころに自らの意思で封殺し、とっくの昔に亡んだとばかり思っていた愛情が、咆哮とともに溢れ出たものの如くであった。梟聞坊はぽっかり口を開いたままの扇丸のアナルに再び業物を突き立てた。
「来たッ! これいいッ!」
 響く扇丸の嬌声。とても演技とは思われぬ。
「ああっ! 出るッ! おいら初めて出るよ!」
「わしもだ扇丸とやら!」
 梟聞坊のピストン運動が止まった。腰を扇丸の尻に深く押し付ける。同時に、扇丸の尖端から子種が飛び出した。間欠泉の如く、その逸物が脈打つたびに二度三度と精を放つ扇丸。
 ぬぽっ、と逸物を抜く梟聞坊。
「んあぁっ……」
 扇丸がいきむと、梟聞坊の放った子種と共に直腸内壁が押し出されて真っ赤な花弁を咲かせた。

「大殿ご覧じろ」
 鞍山禅師が指さす先には、光を失った両眼から滂沱たる涙を流す梟聞坊。
「勝負あったな」
 桐島源心入道が宣告した。扇丸の勝ちで異論あるまいというのである。
「いかさま、此度もやはり敵を敵ではなくしてしまいました。大殿仰せのとおり、扇丸の勝ちで異論ございませぬ」
 もはや誰も、扇丸の優勝に疑義を差し挟む者はいなかった。

 遠くで軍馬のいななきが聞こえる。その数は無数。次いで鬨の声。
 源心入道の旗本衆が陣幕の内外をせわしなく走り回り、殺気だった怒号がそこかしこに響いていた。
 そんな慌ただしい仕合場で執り行われる扇丸への顕彰の儀。
「見事であったぞ扇丸」
「あ……ありがとうございます大殿様」
 顕彰されているというのに居心地の悪そうな扇丸。辺りをおどおどと見回すその表情に、恐怖の色が浮かんでいた。
「すまんな扇丸。この有様ではそなたを高禄で召し抱える約束も果たせる見込みがない。信義にもとる行いはもとよりわしの望むところにあらず。したがってわしは地獄へ墜ちるであろう。それを以てせめてもの慰めとせよ」
「大殿様、逃げようよ。おいら大殿様をどこまでもお守りするよ!」
「逃げる? わしがか」
 源心入道は驚いたように目を剥き、次いで大笑しながら言った。
「逃げ出しても飢えて死ぬだけだから逃げないと申したのは他ならぬそなたではないか。その扇丸がいまになってわしに逃げることを勧めるとは、これぞ不思議の子細と申すべし」
 そこまで言ってまた笑った源心入道。にわかに真顔に却って続けた。
「我が子是久これひさがわしに挑もうというのだ。その采配のほどを見届けねばならぬわしが逃げてどうする。
 扇丸。いまこそそなたに命じる。そなたのあるじとして下す、最初で最後の命令だ。そなたは逃げよ。逃げて逃げて生き抜いて、この狂気に充ち満ちた戦乱の世に愛をあまねく広めるのだ。分かったか」
 そこまで言った源心入道の肩口に、何処かから飛来した一本の矢が突き立てられた。
「大殿様ぁ!」
 涙混じりの扇丸の声が響いた。
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