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第2章 地球活動編

第130話 頑張れ 二節 聖者襲撃編

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 僕が力をなくしたと思い込んだ阿呆共は碌な身体検査をせずに僕を地下牢にぶち込むと、姿を消す。もっとも仮に素っ裸にされて徹底的調べられようが、イリュージョン能力で【神帝の指輪】は隠しており、結果は変わりなどしなかったろうが……。
 解析した結果、この地下牢はなんの魔術的付与もなされていなかった。物理的な檻など魔術師にとってはあってないようなものだ。逆説的に言えばそれほどこの【蛇縛】を信じている証と言えるのかもしれない。
 見張りもいない。思金神おもいかねにより提供された本件に必要な情報を確認することにする。
 【神帝の指輪】の機能の一つ――《無限収納道具箱アイテムボックス 》から情報提供型のスマホ型の機械を取り出し、タップする。

 ……
 …………
 ………………

(外道め……人の命を、誇りを何だと思ってやがる)

 煮えたぎったような暴悪な感情が体中を駆け巡り、知らず知らずに二の腕に爪が固く食い込み、血が流れていた。
 顔に触れると、案の定口角が不自然なほど吊り上がっている。

(またか、この僕の悪癖、軽いホラーだ。沙耶達を怖がらせても困るし、この癖、早く直さなきゃね……)

 和泉家は魔術師としていくつかの禁忌を犯した。
 まずは、二百人の高位魔術師を生贄にしてレベル700の天族を召喚したこと。
この召喚に用いられた術が、《召喚同化術》レベル六――《魂魄昇華》。
幾つかの実験の結果から、召喚には魔術、スキル問わず次の共通の性質を有することが分かっている。
 被召喚者(五界の住人)の世界の当時いる地点を記憶メモリーし、召喚者の元まで強制転移させる。その上で召喚者と被召喚者の魂を繋ぐ。この魂のリンクには期間制限があるのが通常であり、このリンクが切れると、被召喚者は記憶メモリーした世界の地点まで帰還する。これが召喚というものの普遍的な法則だ。
 ちなみに、この魂のリンクを永久的にする二つの方法がある。
 その一つが同化。同化とは、五界の住人を魂化し、異世界転移させその魂を魔術師の肉体内に入れ魔術師の魂とリンクさせる。体内に入った魂は魔術師の肉体をその二つの魂が存在するのに相応しいものに作り替える。結果、二つの魂が入る強靭な肉体が完成する。これが同化だ。そして、この同化で、魂のリンクは同化が解けない限り永久的に切れることはない。
 もう一つが、眷属化。眷属化とは要するに魂のリンクを繋げる事で様々な効果を生む奇跡の総称。これも魂のリンクは眷属化が継続する限り切れることはない。
この《召喚同化術》レベル六――《魂魄昇華》は五界の住人を魂化したものを術者の元へ異世界転移させ、高位の魔術師の肉体と魂を原料に受肉させる。
 吸血種の『魂吸収』の能力と同じように、魂は吸収するからリンクは半永久的に消滅しないことになる。
 また仮初ではない『受肉』であり、高位の複数の魔術師の魂と肉体を原料にその身体を再構築することから、より上位の身体能力が獲得可能となるのだろう。おそらくこれが『疑似神格』の正体だ。
つまり、和泉家は仲間の魔術師を犠牲にして、蜂瘡姫ほうそうきなどという愚物を召喚し、受肉させたらしい。

 次の罪が、蜂瘡姫ほうそうきの餌として利用されたのが、よりにもよって家族に等しい和泉家の分家筋の村民だったことだ。村民達はこの《雨女河村》に四十年間もの長きに渡り、閉じ込められ蜂瘡姫ほうそうきに奉納され続けた。本家たる和泉家に異を唱えた村民も逃げ出した村民も捕えられ殺されるか蟲共の餌となる。
 そしてこれほどの悲劇と惨劇をまき散らした和泉家の愚行の目的はおそらく――

(実験だろうな、やっぱ……)

 蜂瘡姫ほうそうき『神格者』の名前を背負うには聊か弱すぎる。無論、レベルは高い。だが、いかんせん、戦闘向きの魔術とスキル強度がなさすぎる。これでは格下の強力なスキル・魔術持ちにさえいとも簡単に敗北する可能性さえある。
和泉家もミジンコ並み脳みそがあるならば、こんなクソ蟲天族など《倖月の魔神》クラスには数合わせにすらならない事くらい理解しているはず。
 つまり、《召喚同化術》レベル六――《魂魄昇華》で呼び出され、『疑似神格』を取得した奴等の本命は別にいると解すべきだ。大方蜂瘡姫ほうそうきはその最強の疑似神格者を作成するための実験施設。
 だとすると、僕らに情報が不足している今、現時点で奴等と正面衝突するのはリスクが高すぎる。
気に入らないが、今回は人質を解放次第、蜂瘡姫ほうそうきとその配下を潰し、和泉家の兵隊の到着前にこの村から全村民を連れて離脱するしかあるまい。
 仮にもじん真白ましろを倖月と審議会にスパイとして送り込んだんだ。これは倖月家に対する戦線布告、さらには審議会に対する重大な離反行為となる。ならば後日その事実をネタに和泉家を脅し、この村から手を引かせるのが最良だ。
 無論、この交渉は魔術審議会日本東京支部の支部長たる左京にやってもらう。審議会から滅びか、雨女河村から手を引くかを迫られれば、和泉家自身に損害がないのだ。猿並みの知能を有するなら、雨女河村から手を引くことを選ぶと思われる。

(いいさ、見逃してやる。だがあくまで今回だけだ――)

 今まで京都三家は倖月家よりは多少はましだと思っていた。少なくとも今の今までは僕は奴らを同じ魔術師だと思っていた。だがそれは大きな誤りだ。奴らは倫理も、自制も、誇りもない獣と同じ。いや奴らと同類化するのは獣に失礼か。
 和泉家ね。おめでとう! 君らは僕の駆除リストにこの度、晴れてロックオンされた。お前らにはじん達の味わった数分の一でもその報いを受けさせてやる。

 ともあれ、この度、敵側にレベル700を創れる技術があると判明した。僕と思金神おもいかねがいつも対処できるとは限らない。早急に《妖精の森スピリットフォーレスト》のメンバーの強化を図らねばならないだろう。
 この点、昨日技術班から提出された『不老不死にならない進化の方法』と『現在・・の《裁きの塔バベルのとう》と同水準のダンジョンの建設』は直ちに実行に移すべきだ。
 『不老不死にならない進化の方法』とは《裁きの塔バベルのとう》で僕が獲得しムーブした【ステータス限界突破】と【魔術・スキル保持数限界突破】を核として開発したスキルらしい。
 既に思金神おもいかねは【限界突破の種】の開発について成功させていた。
 昨日、技術班から受けた説明ではこの【限界突破の種】、【ステータス限界突破】、【魔術・スキル保持数限界突破】の三者を中核として取り込み、不老不死だけを否定する進化を開発した。これが《偏向進化》だ。
 ここで《限界突破》と《偏向進化》は似て非なるもの。それが研究班の辿り着いた答え。
 《限界突破》はれんだけを上昇することにより、ステータスだけ限界を突破することから種族には全く変化はない。例えばこれでは吸血種の《血渇》はなくならない。対して《偏向進化》は《進化》と同様、種族は上位のランクへ行くが、不老不死だけを否定する。つまり、進化がなされるので、《血褐》等なくなる。そしてこの《偏向進化》はもし本人が望めば、直ぐに通常の《進化》へ移行することも可能らしい。
 《偏向進化》を原則とし、天族や妖精族など元々寿命が長い彼らが自身の意思で不老不死を望むのなら通常の《進化》へと進ませればいい。
今この改良型のスキルは戦闘職の幹部達から優先的に渡されている。
 そして新ダンジョンの建設については――。


 足音が近づいてくる。音からすると一人のようだ。万が一がある。【終焉剣武Ω】を発動し、不可視で小型の数百の《神級》LV10の刀剣を空中に顕現、待機させておく。
 姿を現したのは全身包帯の少女。名を、遊馬蛍あすまほたるじんの妹であり、蜂瘡姫ほうそうきとかいう害虫の巫女。
 遊馬蛍あすまほたるは鍵で僕の牢を開ける。彼女の認識では僕は力を封じられた魔術師にすぎない。牢の鍵を開けただけでは、反逆の呪いは発動しないとは思うが、絶対ではない。下手をすればこの段階で、呪いが発動してしまうことも零ではない。計画の若干の修正を余儀なくされたと考えるべきか……。

 彼女は僕の前に来ると深く頭を下げてくる。

遊馬壬あすまじんの妹――蛍です。私達が大変ご迷惑をおかけしました。裏口に車をご用意させていただきました。どうか早くお逃げください」

 確定。彼女のこの行為で和泉家の殲滅部隊が直ににこの地に訪れる。裏切りを感知しても、殲滅開始まで長時間かかっては逃亡を許してしまい実効性に欠ける。だから、裏切りの意思の確認からこの村から他の街へと繋ぐ公道を封鎖するまでの行為には和泉家の意思は介入していないはず。なぜなら仮に介入していれば、かなりロスとなるのは間違いないから。そして、この村の住人は和泉家にとって女神への供物。ならば、どのくらい駆除するのかにつき、確認ぐらいする取り決めになっていることだろう。
 僕の見立てでは街道の封鎖に十五分。殲滅部隊が攻め入るのにどんなに遅くても一時間。これがギリギリのタイムリミット。
 だから、直ぐにでも動かなければならないのに、なぜか僕は一歩も動けなくなってしまっていた。その理由もわかっている。遊馬蛍あすまほたる、彼女だ。

「君は今自分が何を投げ捨てたのか理解しているのか?」

 彼女の行為は僕のような外部の者を、命を投げ出しても助けようとするのだ。本来、僕は感謝するべきなのだろう。彼女を心の底から褒めたたえるべきなのだろう。だけど、今の僕の口から出たのはこんな激しい叱咤の言葉だった。
 蛍はビクッと身を竦ませると、口を開く。

「はい。でも、私の村のせいでこれ以上――」

「わかってねぇ、あんたは何もわかっちゃいねぇよ!」

 これではあまりにじんが浮かばれない。真白ましろが可哀想だ。
 じん真白ましろが僕をこの地に呼ぶのにどれ程の危険を冒したか蚤の毛ほど認識していればそんな言葉口が裂けても出てこない。
 じん真白ましろは和泉家の命で審議会をスパイしていた魔術師。
 真理の探究のためなら倫理や信念さえも溝に捨てるのが魔術師という生物だ。だから審議会は倫理と秩序を魔術師に強制的に守らせるために世界に根を張り、日々管理監督している。そして魔術師という猛獣を管理監督するためには、審議会の定めたルールの違反者に対し徹底的な制裁が必要となる。スパイはこのルールに抵触する重大な規定違反。ばれたらそれこそ一生塀の中だ。下手をすれば始末されることすらあるかもしれない。
 多分、ほたるの命の灯が次第に消失していくのを日々目にしながら、審議会で情報収集するうちに、じん真白ましろは辿り着いたのだ。この村の騒動を解決するためにはイレギュラーな存在の介入が不可欠だという結論に。
 だから彼らは僕に最後の望みを託した。僕も審議会の人間だ。この村の闇を暴けば僕は審議会のルール上、報告義務が生じる。そうなればじん真白ましろは破滅だ。
 要するにじん真白ましろは望んだんだ。己の命よりも、妹の幸せを、親友の未来を。
 己の未来を賭けて臨んだじん達の願いはこうして叶っている。ほたるはそんな僕を村の外へ逃がそうとする。それも単なる自己満足の正義感で。
 彼女の一連の行動原理にも予想はつく。多分、彼女は諦めてしまったのだ。この村を、何より自分自身を。
 僕の偽りのない気持ちとしては、ほたるに真実を伝えたい。伝えて彼らの勇気を知ってもらいたい。勇敢な彼らから勇気をもらって前に進んでもらいたい。
 だけど、じん真白ましろほたるにその想いと決意を知られることだけは絶対に望んじゃいまい。僕も、妹の沙耶がいるからそれは断言してもよい。仮にそれをほたるに知らせれば、僕をじん真白ましろは決して許さないだろう。別の方法で彼女に勇気を与えるしかない。
 ああ――僕のやることなど端から一つだけなんだ。

「す、すいません。でも、時間もありません――」

 彼女をそっと抱きしめる。腐臭の匂いが僕の嗅覚を刺激する。これが女神むしが課した呪いってやつか。

「怒鳴ってごめん」

 僕はほたるの後頭部をそっと撫でる。

「は、離してください! この病気は――」

 焦燥たっぷりのほたるの声。

「もういいんだ。君はもう強がらなくていい」

 優しく宥めるように僕は言葉を紡ぐ。
 そうさ。僕がやることは全てに絶望した彼女から生きる希望を呼び覚ますこと。

「つ、強がってなんか……ない」

「悲しいんだろ? 泣きたいんだろ? 怖いんだろ? 
 だったら、そうしなよ。僕がこうしててやるからさ」

 包帯の隙間からほたるが涙ぐみそうになり唇を噛みしめるのがわかった。

「離してください。この病気、他人に伝染するんです」

 この二年間、人に触れる事は勿論、近づく事すら許されなかった。人から断絶した空間でいた彼女に必要なのはその温もりのはずだ。

「やだ」

「や、やだって……子供ですか?」

 呆れたような彼女の言葉とは裏腹に力なく項垂れていたその両手は僕の背中にあった。
 
「子供でもいいさ。こうしていられるなら」

「……」
 
 僕を見上げる包帯の隙間から覗く彼女の瞳が揺れ動いていた。
 ほたるの顔の包帯に手をかけ、ゆっくりと外していく。

「い、いやっ!」

 拒絶の言葉にも構わず、包帯を外していく顔が露わになる度に腐臭が強くなる。
 顔中にボコボコの無数の膿疱が散在し、瞼はむくみ微かに瞳がのぞくのみ。グチャグチャに歪んだ皮膚。唯一無事なのは小さな唇くらくらいだ。
 ほたるは不安と期待が入り混じった表情で僕を見上げて来る。
 僕はゆったり、優しく微笑み――。

「可愛いよ、ほたる
 
 別にお世辞じゃなく、偽りない本心だ。
 人の評価は顔の造形や体型だけで決まるわけではない。立ち振る舞いやその心も美しさを評価する重要なファクターだ。
 彼女は己の命を顧みず無関係で初対面の僕を逃がそうとした。その方法は色々間違ってはいるが、その心は淀みなく清んでいる。
 顔の造形だけしか取り柄がない、心がヘドロの蜂子ほうしなどという豚より、ずっと、ずっと美しい。

「ふぇ……」

 ほたるの塞がっていない瞼から涙が流れる。
 最後の止めだ。彼女に目を覚まさせるための最後の儀式。あの時雨先生でもあれほど動揺したんだ。多少なりとも効果はあるだろう。
 そっと彼女の唇に僕の唇を押し付ける。蛍も僕の背中を抱きしめる手に力を入れて来る。

 ……
 …………
 ………………

 それは多分十数秒にすぎまい。
 蛍の両肩を掴んでその身体を離すと、彼女は真っ赤になって俯くと体を震わせ嗚咽を漏らす。

「嬉しい……嬉しい、嬉しい……私……私、嫌ぁ、死にたくない!」

 体を震わせるほたるをもう一度抱きしめ後頭部を撫でる。もう彼女は大丈夫だ。生きる希望があれば、もう彼女は選択を間違えない。彼女の本来の役割を演じられる。

「大丈夫。君は死なないよ。君らの悪夢は今日で終わる。僕が保障する」

「で、でも……」

 蛍は涙でグシャグシャになった顔を上げ、僕の瞳を見つめてくる。
 僕は蛍の両肩を持ち、視線を彼女に合わせると言葉をぶつける。

「僕を信じろ! 何より僕をこの村に連れてきたじんを信じろ、真白ましろを信じろ!」

「兄さんと真白お姉ちゃんを信じる?」

 もとより今日会ったばかりの僕を完璧に信じるなどどんな聖者でも無理な話だ。でもこの村でずっと暮らしてきた壬と真白なら蛍はきっと信じられる。

「そうさ。君にとって壬と真白は信じるに値しない人間なのか?」

「……」

 顔を左右に勢いよく降る。

「いい子だ。なら、蛍は自身の使命を全うしなよ」

「私の……使命」

「ああ、神楽の巫女なんかじゃない、遊馬壬あすまじんの妹――遊馬蛍あすまほたるの使命を」

遊馬壬あすまじんの妹――遊馬蛍あすまほたるの使命……」

 噛みしめるように呟く蛍。

「君にはそれを為すべき権利と義務がある」

 暫し天上を見上げていたが、直ぐに僕の目を見つめて来る。その瞳には今までにない力強さがあった。

「ライト……さん」

「ん?」

「ライトさんはひどい人です」

 蛍は一点の曇りのない笑顔を浮かべ、そう呟いた。

「うん、知ってる」

「ふふ――最後にもう一度、強く抱きしめてください」

 ほたるは頬を赤く染めながら、上目遣いで見つめて来た。

ほたる、頑張れ」

 僕はほたるを強く、強く抱きしめる。彼女の最後に残された弱さを守るため――。

 ほたるは僕から離れると脇目もふらず、地下牢の階段を駆け上がって行く。

(僕は彼女にどこまでも残酷な選択させるよね)

 彼女にとって長い、長い一日が始まる。今からが本当の彼女の勝負だ。
 さて、そろそろ僕も動くとしよう。

ほたる、心配いらないよ。僕が全て終わらせてやるから)

 僕は地下牢の階段を上がって行く。
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