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死喰鳥
死喰鳥③
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見かけによらずバイオレンス、とひいひい笑い転げるジオに対してシスターはわずかに頬を赤らめたものの、すぐに「でも、仕留め損ねたので」と悔しげにアタッシュケースを閉じた。
あの時死喰鳥はこちらをじっと見ていた。
そしてあっと言う間に大口を開けて、影がすばやく這うようにどぅるると参列者に猛進し、トンネルのような口で地面ごと呑み込まんとした。
長く歪な触手じみた舌の奥に、どこまでも暗い喉が見えた。撒き散らす唾液は無臭だがどうしてかその気を浴びると歓喜に満ちているように感じられた。ああこの生き物は食事を楽しんでいる。そう思いながら彼女はワンタッチでアタッシュケースを開き、落下する銃器をキャッチして構えた。速かった。
ババババババとけたたましい音と光がバケモノを粉々に吹き飛ばした。
血はない。ただ黒く淀んだもやが青く澄んだ空をも覆うほど立ち上り、あたり一面を暗がりへ変えた。
仕留めたか。一瞬気持ちが浮かんだが、その作りものめいた白い顔が、たしかに無表情であるはずなのにどこか嗤ったような気がした。そして鳥はすべてもやになってぐるぐると空へと消えていった。
あとに残されたのは腰を抜かした参列者と硝煙のにおいを身に纏ったシスター、それから変にえぐれた地面だった。
「そーんなあぶねーモン持っちゃってェ。悪いオネーサンだなァ」
ジオは頬杖つきながらにやにやとそう言った。この少年は無作法ではあるのだが、楽しそうにしているだけで悪意は感じられないと彼女は思った。
「虚を殺すには虚の持つアカシャを攻撃する他ありません」
ソラは言う。
「ただアカシャは普通の人には認識できない。暗闇の中で闇雲に乱射して急所にあてるのが難しいように、あなたが仕留めたと踏んでも実際はだめだったんでしょう」
そこでソラは言葉を止めて、初めて伏せていた視線をシスターに移した。
じっと見つめる瞳はやはり居心地の悪さを覚えるほど無感情だ。死喰鳥のあの彫刻のような顔に凝視されたときのような心地だった。
「お話ありがとうございます。失礼ながら、……私見ですが、あなたはその虚にまた狙われることになると思います。その際にはこれを」
そう言って彼は小瓶を差し出した。半分ほどごく小さな銀色の玉が入っている。
「護身用です。次に虚が現れたらそれを投げてください。銃よりは携帯しやすいでしょう」
本当になんの変哲もない小瓶とおもちゃのような銀玉だった。傾ければさらさらと狭い空間で玉が遊ぶ。
「俺たちもしばらくこの辺りに潜伏して虚を待とうと思いますが、すぐに駆けつけられるかはわからないので」
「まーた不審者かイタズラと思われて通報されたらかなわねーから気ィ張ってブラブラしねーとなァ」
シスターはあらためてふたりを見た。まだ子どもだ。けれどもどこか浮世離れして、この世のものでないような。
「あなたたちは一体…」
二人は視線を交わらせると、ジオはにっこり笑い、ソラは再び目を伏せて紅茶のゆらめきを見た。俺とジオは、とソラは言う。
「アカシャが認識できます。……虚を殺すために追いかけてきました」
「ありゃすぐ来るぜ」
四段積みのハンバーガーを、身体構造をガン無視した大口で頬張りながらジオが言った。
教会を後にしたふたりは、市街地のテラス席で夕食を取っていた。
「美人なオネーサンだったなァ。まーヒトクセありそーだったけどォ」
黒い修道服に身を包んだシスター。まだ20歳そこそこなのではないだろうか。
ウィンプルで髪は見えないが、長いまつ毛にふちどられた黒目がちな瞳と薄桃色の唇が白い肌によく映えていた。ただ、その瞳にはほのかに悲しみがたたえられているようだった。
「お前に似てたぜソラ」
ジオがぱくぱくと口に運ぶポテトの一つでソラを指して言った。普通サイズのバーガーを半分ほど食べ進めていたソラは、視線だけジオに移してそうなのかと返した。
「おー! 二人そろって辛気くせー顔と声でさァ!」
だはははと笑うジオは、ソラの反応が淡泊であっても気に留めないようだった。ひとしきり笑って、コーラをずずっと飲み干すと姿勢を崩しながら「オレも飯くっていーい?」と尋ねた。ソラはジオを見やりながら咀嚼していたぶんを嚥下した。
「今食べてただろうが」
「デザートはベツバラって社会常識だろォ?」
へらへらっと返される。思うところがあったのか、ジオの青い目を見つめながら少しの間。ソラは一度瞬いた。
「社会常識なのか。知らなかった」
ぽつりとこぼれた言葉に、ジオは堪えることなく盛大に笑って返したのだった。
あの時死喰鳥はこちらをじっと見ていた。
そしてあっと言う間に大口を開けて、影がすばやく這うようにどぅるると参列者に猛進し、トンネルのような口で地面ごと呑み込まんとした。
長く歪な触手じみた舌の奥に、どこまでも暗い喉が見えた。撒き散らす唾液は無臭だがどうしてかその気を浴びると歓喜に満ちているように感じられた。ああこの生き物は食事を楽しんでいる。そう思いながら彼女はワンタッチでアタッシュケースを開き、落下する銃器をキャッチして構えた。速かった。
ババババババとけたたましい音と光がバケモノを粉々に吹き飛ばした。
血はない。ただ黒く淀んだもやが青く澄んだ空をも覆うほど立ち上り、あたり一面を暗がりへ変えた。
仕留めたか。一瞬気持ちが浮かんだが、その作りものめいた白い顔が、たしかに無表情であるはずなのにどこか嗤ったような気がした。そして鳥はすべてもやになってぐるぐると空へと消えていった。
あとに残されたのは腰を抜かした参列者と硝煙のにおいを身に纏ったシスター、それから変にえぐれた地面だった。
「そーんなあぶねーモン持っちゃってェ。悪いオネーサンだなァ」
ジオは頬杖つきながらにやにやとそう言った。この少年は無作法ではあるのだが、楽しそうにしているだけで悪意は感じられないと彼女は思った。
「虚を殺すには虚の持つアカシャを攻撃する他ありません」
ソラは言う。
「ただアカシャは普通の人には認識できない。暗闇の中で闇雲に乱射して急所にあてるのが難しいように、あなたが仕留めたと踏んでも実際はだめだったんでしょう」
そこでソラは言葉を止めて、初めて伏せていた視線をシスターに移した。
じっと見つめる瞳はやはり居心地の悪さを覚えるほど無感情だ。死喰鳥のあの彫刻のような顔に凝視されたときのような心地だった。
「お話ありがとうございます。失礼ながら、……私見ですが、あなたはその虚にまた狙われることになると思います。その際にはこれを」
そう言って彼は小瓶を差し出した。半分ほどごく小さな銀色の玉が入っている。
「護身用です。次に虚が現れたらそれを投げてください。銃よりは携帯しやすいでしょう」
本当になんの変哲もない小瓶とおもちゃのような銀玉だった。傾ければさらさらと狭い空間で玉が遊ぶ。
「俺たちもしばらくこの辺りに潜伏して虚を待とうと思いますが、すぐに駆けつけられるかはわからないので」
「まーた不審者かイタズラと思われて通報されたらかなわねーから気ィ張ってブラブラしねーとなァ」
シスターはあらためてふたりを見た。まだ子どもだ。けれどもどこか浮世離れして、この世のものでないような。
「あなたたちは一体…」
二人は視線を交わらせると、ジオはにっこり笑い、ソラは再び目を伏せて紅茶のゆらめきを見た。俺とジオは、とソラは言う。
「アカシャが認識できます。……虚を殺すために追いかけてきました」
「ありゃすぐ来るぜ」
四段積みのハンバーガーを、身体構造をガン無視した大口で頬張りながらジオが言った。
教会を後にしたふたりは、市街地のテラス席で夕食を取っていた。
「美人なオネーサンだったなァ。まーヒトクセありそーだったけどォ」
黒い修道服に身を包んだシスター。まだ20歳そこそこなのではないだろうか。
ウィンプルで髪は見えないが、長いまつ毛にふちどられた黒目がちな瞳と薄桃色の唇が白い肌によく映えていた。ただ、その瞳にはほのかに悲しみがたたえられているようだった。
「お前に似てたぜソラ」
ジオがぱくぱくと口に運ぶポテトの一つでソラを指して言った。普通サイズのバーガーを半分ほど食べ進めていたソラは、視線だけジオに移してそうなのかと返した。
「おー! 二人そろって辛気くせー顔と声でさァ!」
だはははと笑うジオは、ソラの反応が淡泊であっても気に留めないようだった。ひとしきり笑って、コーラをずずっと飲み干すと姿勢を崩しながら「オレも飯くっていーい?」と尋ねた。ソラはジオを見やりながら咀嚼していたぶんを嚥下した。
「今食べてただろうが」
「デザートはベツバラって社会常識だろォ?」
へらへらっと返される。思うところがあったのか、ジオの青い目を見つめながら少しの間。ソラは一度瞬いた。
「社会常識なのか。知らなかった」
ぽつりとこぼれた言葉に、ジオは堪えることなく盛大に笑って返したのだった。
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