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死喰鳥
死喰鳥②
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シスターは紅茶を3人分いれて席に着いた。ソラはありがとうございますと丁寧に言ったものの、相変わらず感情がなかった。
穏やかな日だ。談話室には陽光が差し込み、三人を包んだ。背筋を伸ばして実直に座るソラに対し、ジオは椅子にかかとをのっけて楽な姿勢で笑っている。
「お話してもいいけど、まずは私のほうから聞かせて。感情を食べるバケモノってなにかしら」
シスターが尋ねる。
ソラは紅茶の透き通った水面を眺めながら「これは公に発表されていないことなのですが」と前置きしつつ口を開いた。
「2年前に感情を司る新たな器官が発見されました。研究が進んでウイルスが検出できるようになったように、新しい分野として目に見える身体的な器官だけではなく精神世界の分析が進んだんです。研究者はこの器官をアカシャと名付けました」
公になってないと彼は言ったが、たしかにシスターも初耳だった。そんなものが見つかったならたちまちニュースになるだろう。
彼女の疑問を汲むようにソラは続ける。
「なぜ公にならなかったのかと言えば、危険なものだからです。精神干渉の可能性を見出せば必ず悪用する人が出てきますから、厳重に管理された環境で研究は進められていきました」
けれども、ある研究者が裏切った。
例えば身体を動かすにもエネルギーが要る。万物にはエネルギーが働く。感情の起伏にもエネルギーがあるのではないかと推測したのだ。
地球上のエネルギー不足が嘆かれる中、人間の感情がエネルギーたりえたらどれほど心強いか。そしてそれはすなわち、金になるということだ。
「感情を吸いとるウイルスが開発された。そのウイルスに寄生された生き物こそが虚です」
「うろ…」
「ソラ、どこまで話すんだァ? あんま言うとマズくね?」
「もう少し。情報提供してもらうなら怪しまれない程度にこちらも手の内を開示しないと」
「はぁん。オレむずかしいことわかんね。任せた」
ジオは手持無沙汰そうにズズと音を立てて紅茶を飲んだ。
「虚には8種類いて、喜び、信頼、恐れ、驚き、悲しみ、嫌悪、怒り、期待、それぞれ好んで食べる感情があります。恐らく死喰鳥は悲しみを食べる虚です」
葬式に現れるバケモノ。大きな口で、死人ごと、死臭の沁みた土ごと、参列者を呑み込む黒い影。
「俺たちはそいつを退治するために追っているところなんです。次々に葬式を襲って死者を出してると伺ってるんですが、2日前にこちらに現れたときの死者が……」
「……ゼロ」
「はい。そう聞きました」
「すげーよなァ! どうやったんだァ!?」
椅子をガタンとさせてジオが前のめりになった。
シスターは、白い指を口元に持っていって少し逡巡したようだった。わずかな間のあと、彼女は「私が」と言葉を紡いだ。
「私が追い払いました」
ソラの方は相変わらず無表情であったが、ジオはえっと声を上げて小さな体を椅子の上で跳ねさせた。
「すげェーー!? マジで!? どーやったん!?」
「近隣の教会で葬儀の最中に被害があることをあらかじめうかがっていたので先に手を打っておいたというか……」
立ち上がったシスターは隣室に消えたが、アタッシュケースを抱えてすぐに戻って来た。ガチャンと開けられたそれを、ソラとジオはのぞき込んだ。
しまわれていたのはかなりしっかりしたアサルトライフルだった。これをこの人が構えて、撃って、あのバケモノを追い払ったという。その姿を想像してジオは素直に爆笑したのだった。
穏やかな日だ。談話室には陽光が差し込み、三人を包んだ。背筋を伸ばして実直に座るソラに対し、ジオは椅子にかかとをのっけて楽な姿勢で笑っている。
「お話してもいいけど、まずは私のほうから聞かせて。感情を食べるバケモノってなにかしら」
シスターが尋ねる。
ソラは紅茶の透き通った水面を眺めながら「これは公に発表されていないことなのですが」と前置きしつつ口を開いた。
「2年前に感情を司る新たな器官が発見されました。研究が進んでウイルスが検出できるようになったように、新しい分野として目に見える身体的な器官だけではなく精神世界の分析が進んだんです。研究者はこの器官をアカシャと名付けました」
公になってないと彼は言ったが、たしかにシスターも初耳だった。そんなものが見つかったならたちまちニュースになるだろう。
彼女の疑問を汲むようにソラは続ける。
「なぜ公にならなかったのかと言えば、危険なものだからです。精神干渉の可能性を見出せば必ず悪用する人が出てきますから、厳重に管理された環境で研究は進められていきました」
けれども、ある研究者が裏切った。
例えば身体を動かすにもエネルギーが要る。万物にはエネルギーが働く。感情の起伏にもエネルギーがあるのではないかと推測したのだ。
地球上のエネルギー不足が嘆かれる中、人間の感情がエネルギーたりえたらどれほど心強いか。そしてそれはすなわち、金になるということだ。
「感情を吸いとるウイルスが開発された。そのウイルスに寄生された生き物こそが虚です」
「うろ…」
「ソラ、どこまで話すんだァ? あんま言うとマズくね?」
「もう少し。情報提供してもらうなら怪しまれない程度にこちらも手の内を開示しないと」
「はぁん。オレむずかしいことわかんね。任せた」
ジオは手持無沙汰そうにズズと音を立てて紅茶を飲んだ。
「虚には8種類いて、喜び、信頼、恐れ、驚き、悲しみ、嫌悪、怒り、期待、それぞれ好んで食べる感情があります。恐らく死喰鳥は悲しみを食べる虚です」
葬式に現れるバケモノ。大きな口で、死人ごと、死臭の沁みた土ごと、参列者を呑み込む黒い影。
「俺たちはそいつを退治するために追っているところなんです。次々に葬式を襲って死者を出してると伺ってるんですが、2日前にこちらに現れたときの死者が……」
「……ゼロ」
「はい。そう聞きました」
「すげーよなァ! どうやったんだァ!?」
椅子をガタンとさせてジオが前のめりになった。
シスターは、白い指を口元に持っていって少し逡巡したようだった。わずかな間のあと、彼女は「私が」と言葉を紡いだ。
「私が追い払いました」
ソラの方は相変わらず無表情であったが、ジオはえっと声を上げて小さな体を椅子の上で跳ねさせた。
「すげェーー!? マジで!? どーやったん!?」
「近隣の教会で葬儀の最中に被害があることをあらかじめうかがっていたので先に手を打っておいたというか……」
立ち上がったシスターは隣室に消えたが、アタッシュケースを抱えてすぐに戻って来た。ガチャンと開けられたそれを、ソラとジオはのぞき込んだ。
しまわれていたのはかなりしっかりしたアサルトライフルだった。これをこの人が構えて、撃って、あのバケモノを追い払ったという。その姿を想像してジオは素直に爆笑したのだった。
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