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だいぶ昔の話

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「枷つけたらやだっていうけどさ。ボクだってふつーにやだよ。ふつーに、回避するって」


帰宅すぐ。手洗いうがい着替えを終えて台所に立つ。
貯蔵庫にはじゃがいもと玉ねぎ。開けた冷蔵庫には昨日の残りの豚肉が少し。うん、献立は決まりだね。
コレステロールとか気にするところだから玉ねぎは多めに、小玉を2つ。嵩増しじゃがいもは大き目を2つ取り出して。

玉ねぎの皮剥いてたら、今日のあの、カナの言葉を突然思い出してしまって。
一瞬手が止まる。
…口輪ハメたのは、ほんのちょっとの好奇心。
ハメたあとに喜んじゃった、なんてことは全くない。心の躍動とか高揚感ももちろんない。
変な達成感はちょっとあったけど?
でもそれだけ。

「カナのおばかちゃん。枷なんてつけないよ」

泣きそうなカナの顔まで思い出しちゃって、ボクはぎゅっと眉根を寄せた。
おバカカナめ。
笑っててって言ったのに、泣きそうになってさ。
お願いしたのに。
あんな、顔。
(…そうさせた、ボクが1番バカだけど)



「”かせ”?」
不思議そうな響きを伴った声が突然、後ろから聞こえてきて。
ボクは玉ねぎ落っことした。


「あらあら、アオちゃん。玉ねぎ落としちゃって、大丈夫??」
いつもと同じ、少しゆっくりと紡がれる柔らかな声に、今度は心配そうな音が乗る。
ばっと、音が立つくらい勢いよく後ろを振り向けば、台所の入り口に女性が1人、ちょこんと立っている。
お、おばぁちゃん、いつのまにいたの?!
「アオちゃん??」
「だ、大丈夫ぅ」
ちょっとだけ。ちょっとだけ、小指が擦ったけど!大丈夫!枷の話より全然大丈夫ぅ!!
慌てて屈んで、床に転がった玉ねぎを拾う。
「ただいま!あのね、今日は肉じゃがだよ。裏のおじちゃんにもらったじゃがいも、食べたがってたでしょ?なんかちょっと赤いんだってさ。楽しみだねぇ!」
このまま忘れておばぁちゃん!!
わざと明るい声をだす。
忘れろ忘れてお願いだから!!
「そうなの?どんな赤みなのかしら?楽しみねぇアオちゃん。」
「ね!楽しみ!お味噌汁にも入れようかなぁ」
よしよし、晒せた成功だ!
ボクは再び皮を剥き始めーー

「で?枷ってなぁに?なんのお話?」

再び落としたの、ボク悪くない。




聞きたいわぁ。教えて?あら。お話ししてくれないの??
もうね、すごいの。邪気のない顔でね、可愛く小首とか傾げちゃってね。
うぅ。見ないように目を閉じて顔反らせても回避不可避。
おばぁちゃんのおねだりに基本弱いんだよ…。
そうして肉じゃが完成の後。
炊飯鍋でご飯が炊き上がる前に話す羽目になりまして。
おばぁちゃんが淹れてくれたお茶にふーふー息をかけながら今日の話を聞かせたのだった。

「まぁ。」

全部聴き終えたあと、おばぁちゃんは驚いた様な声を出して。口元に手を当てた。
しわくちゃだけど、白くて綺麗な手だ。
良いところのお嬢様だったおばぁちゃん。どれだけ苦労しても幾つ年を重ねても、その上品さとおっとり気質は変わらなかったって。
死んだおじぃちゃんが嬉しそうにいつも言ってた。

「アオちゃん。」
おばぁちゃんが、口元から手をどかすとボクをしっかり見て。
「私もカナちゃんと同じ気持ちよ。枷なんてダメ。めっ!」
お叱りだ。
「おばぁちゃん…ボク、枷なんてつけないよ」
完全なる誤解。つけないよ。つけたいなんて思ってないよ。本当に!!
「当たり前です。」
おばぁちゃんは愛用のお茶碗を左手で取って、こくりと一口。
それからふぅっと息を吐き、眼線を下にして。
静かに言った。
「アオちゃんには、自由でいて欲しいの。あの人と、あの子達がずっと願ってたんですもの。自由で、幸せで、笑っていて欲しいって。だから枷なんて、ダメよ。」
絶対にダメよ。


それからまたこくり。
ゆっくりお茶を飲む。

そしたら心に凪を。
…呼び込めるから。


「…おばぁちゃん。ボク、自由で幸せで、いつも笑ってるよ。知ってるでしょ?」
そっと、テーブルの向こうに座るおばぁちゃんの、膝に置かれたままの右手に触れる。
「ボクは、今。最高に幸せだよ。」
今はもう動かなくなった右手をちょっと握って、ボクはにぱっと笑った。



そのあと一緒に食べた肉じゃがもお味噌汁も炊き立てのご飯も素晴らしく美味しかったけども。笑顔の下で僕はすこぶり不満!でしたよね。本当に。
…あのね。そもそも欲しがってないから。いりません!枷なんて、断固お断り!!


一晩寝ても不満は消えなかったので。
いつものようにカナを背中に貼り付けたままとりあえず、開口一番アキに文句を一つ。

「面白さは別のベクトルでお願いします。」
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