これこそが、ボクの人生史上最高の

金糸雀

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昔の話

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「アオの体育祭嫌いなことと関係ある?」
「ほんと、直球だねぇ。」

ボクは閉じていた目を開ける。
天井も周りも真っ暗。
しばらく宙を見ていると、だんだん暗闇に目が慣れてきた。
うすぼんやりと、見慣れた天井の木目が見えてくる。
首を動かし横を向くと、思ったより近くにカナの顔があって。
カナの藍色に似た色の目がボクを見ていた。


(ずっと見てたのかな。)
そうなら、寝れるはずないなぁなんて。頭の中でぼんやり思った。




「…気になってたんだ。1年の頃から、アオは体育祭嫌だ嫌だ言ったけど、でもなんやかんやとちゃんと最後は出るし。」
カナが、視線はひしとボクに向けたまま口を開く。
笑顔がない。
カナの顔に笑顔はなくて、ただ真っ直ぐにボクを見てくる。
「さっき話してた時だって、すごく嫌そうな顔なのに。なんでかなぁ、アオが泣きそうに見えて。オレ、帰れなかった。」
ボクも真っ直ぐカナを見た。
「泣きそうだった?」
「うん。」



(そうかぁ。ボク泣きそうだったかぁ。)




無くなってしまえばいい。運動会も体育祭も無くなってしまえ。
あれからずっとボクはそう願ってきた。
願って願って。
…でも休んだりはしなかった。
保護者の誰も来ないその日を、毎年毎年ボクは乗り切ってきた。
ボクは、乗り切ってきた。


「アオ」


名前を呼ばれ、次いで、腕を引っ張られた。
え?と思った時にはもう、カナの腕に包まれて。
あったかい腕に抱きしめられてた。
「アオ、アオ。ごめん、ごめんね。もう聞かないから、ごめん。」
カナが頭の上で、悲しそうに苦しそうに何度もごめんって繰り返しながら。
引っ張り込まれたカナの布団の中で、カナはボクをぎゅうっと、抱きしめる。
「カナ?」
「ごめん、アオ。」
頭に乗っかってきたカナの顔。ごめん、ごめんって、何度も。
悪くないのに。カナはなにも悪くない。
「謝んないでいいよ。カナは悪くない。」
ボクはそっと、カナの背中に腕を回すと、とんとんと宥めるように叩く。
「ずっと気になってたのに、聞かないでいてくれたんでしょ。」

とんとん。
とんとん。

大丈夫、大丈夫。

「…うん。」
「そりゃぁ気になるよねぇ、ボクあんだけいやいや言ってたし。」
「うん、でも。」

とんとん。
とんとん。

大丈夫、大丈夫。
ボクは、大丈夫…。


「泣かせたかったんじゃない。アオを泣かせてまで、聞くべきじゃなかった。」


とんとん。


カナの。
カナこそ泣きそうなその声に、ボクの手が止まる。


カナの腕にぐっと力が入って。
ボクの身体はもっとしっかりカナに抱え込まれる。

「ボク、泣いてる?」
カナの頭がうんと頷く。
「そうかぁ。」
言われて、認識したらもう、ダメだった。
じわぁとわきあがってきた涙が、ほろほろ。
後から後から溢れて行く。


ボクは乗り切ってきた。
でも、平気になったわけじゃなかった。


「ボクの両親、死んじゃってる話はしたでしょ。」
うん、ってまた頭が返事する。
入学してしばらくして、カナがうちにご飯食べにくることになって。その時にカナに話した。
両親が既に亡くなっていること。
祖父母と暮らしていたが、その祖父も亡くなり今は祖母と住んでること。亡くなった理由は、話していなかったけど。
「幼稚園の時の運動会の朝に、お父さんの仕事が急に入っちゃって。お母さんがボクを幼稚園に送った後お父さんを仕事に送りに行くことになって。」


お父さんのごめんな、って眉毛下げて心底済まなそうに謝る顔だとか。お母さんがパタパタ、ボクのお弁当の準備と、お父さんの仕事に行くための準備。それから、自分の準備に、あっちこっち動き回ってる姿。リビングに差し込む、明るい日差し。天気のいい日だった。空も青くて、雲ひとつなくて本当にいい日だった。
お母さんの運転で幼稚園に向かい、3人で手を繋いで園舎に歩きながら、すぐに仕事片付けて見に行くからって。
ボクの頭を撫でて。
行ってきますまたあとで、って。




喉がひくって。
ひくって、鳴って。

「みに、いくからってっ。いって、だけど。事故でっ。」
「アオっ。」

カナがボクを抱きしめる。
ボクはカナにしがみつく。

ただ2人。必死にしがみついた。
ボクの目からは涙がぽろぽろ止まんない。
頭の上の、カナの口からも嗚咽が溢れる。
何年経っても、あの日のことは忘れられない。
まだ年中さんだった。ちいちゃな子供だった。
でもあの時の、世界が真っ暗になった瞬間はボクの脳に焼きついて一生。忘れることはできない。



「だから、いや。嫌い。でも、バカみたいだけど、2人がいたらと思って、最後は、頑張るんだぁ。」


見て欲しかったなぁなんて、思いながら。


「そっかぁ、そっかぁ。」
鼻を啜る音。ボクの頭に、ぐりぐり押し付けられるカナの頭。だからボクはカナの肩に、いつまで経ってもとまらない涙を擦り付ける。
お互いに、縋り付くよう腕は離せないままに。

「次の年の運動会の日、おばぁちゃん達行くって言ったんだ。見に行くって。ボクそれ聞いたらパニック起こしちゃって、運動会行かないって暴れて振り回した腕ぶつけて手首捻挫して休んだ。」
ぐって、カナが息を飲んだのがわかる。
暴れて怪我したボクを想像したのかも。

笑うな。
あの日のボクは必死だったんだ。

「見にきたら死んじゃう!って暴れたから、それ以来見に行かないって。 おばぁちゃん、だから言うんだ。」
「そっかぁ。」
カナは今度は、ボクの頭にすりすり頭を寄せる。
それから、びっくりするくらい優しい声で、言ったんだ。

「ちいちゃなアオは、守りたかったんだねぇ。」





ボクはその日、泣いた。
たくさん泣いた。
ちいちゃなあの日のボクみたいに、ただひたすら涙を流した。
カナはそのあとはもうなにも言わず、ボクを抱きしめてくれた。
ボクの頭を胸に、まるでボクの丸ごと全部を、守るみたいに。
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