34 / 577
第二章
13『宿屋にて』
しおりを挟む
ミハイルの閉店作業に付き合い、宿屋に戻った頃にはすっかり日が落ちて暗くなり始めていた。
「嬢ちゃん! こんな時間まで何してたんだい。心配してたんだよ!」
ミハイルと2人で中に入ると、女将が飛び出してきた。
「サリー、悪い。俺が引き止めちまって……送りがてら飯を食いにきた」
女将の名はサリーさんと言うようだ。
「おや、まあ、そうかい。
それよりも嬢ちゃん、あたし、さっき名前を聞くのも忘れて送り出しちまって、宿帳に書きたいので教えてくれるかい?」
「ああ、では自分で書きます」
びっくりしている女将の手からペンを取って宿帳に向かう。
「ここでいいの?」
前回の宿泊から20日経っていて、今日はアンナリーナ以外宿泊客はいない。
「ああ」
宿帳の名前の記入欄に見事な手蹟で、これから名乗る偽名の【リーナ】と書き入れた。
「字、書けるんだね……」
アンナリーナの後ろでミハイルが笑いを浮かべている。
「……それから、連れ、と言うかペットがいるんですけど」
そう言ったアンナリーナが懐のポケットから取り出したのは。
「トカゲかい……
あんた、いやリーナは変わったもんをペットにしてるんだね。
いいよ。そんなにちっこかったら何の悪さもしないだろうしね。
ただ、踏んづけないように気をつけておくれよ」
一度ぺしゃんこになったセトをそんな目に遭わせたりしない。
セトだって御免だ。
「ありがとう、女将さん。
あの、食事も一緒にいいですか?」
女将はアンナリーナの、上から下まで見回して、笑った。
「変わった子だね。好きにしていいよ」
そう言って女将は2人を席に案内しようとした。
ミハイルは勝手知ったる何とやら、でもういつもの席に着こうとしている。
「あの、私……一度部屋に行って、荷物を置いてきたいのですが」
「あ~ 俺は先にやってるから。
ごゆっくり」
女将は心得たもので、湯の入ったやかんと底の浅い桶を持ってアンナリーナを案内する。
「泊まり客はリーナだけだから気を使わなくていいよ。
あ、タオルはここから好きなだけ取って使っとくれ」
廊下の途中にある棚から2枚取って渡すと部屋のドアを開けた。
中はさほど広くない。
日本で言う4畳半くらいだろうか。
家具はシングルサイズのベッドと、机と椅子。
壁には造り付けのクローゼット。
奥にあるドアを開けると洗面台とトイレがあった。これは嬉しい。
アンナリーナがそうこうしているうちに女将が桶に湯を張り、少しの水を注いで湯温を下げた。
「下で夕食を用意して待ってるよ。
何、あいつは酒さえ出しとけばうるさい事は言わないからね」
女将を見送ったあと、アンナリーナはこの部屋のすべてのもの……自分やセトを含めて【洗浄】をかけた。
そしてベッド横の小卓にセトを下ろし、アイテムバッグに手を入れる。
そこから取り出されたのはセトの寝床、藤蔓で編まれた籠だ。
「お疲れ様……お水飲む?」
小さな器に【ウォーター】で水を出し、飲んでいるのを見つめる。
「ご飯は一緒に下に行くでしょ?」
その答は頭を左右に動かして表した。
「じゃあ……何かお肉を出したげるね。何がいいかな……森猪の焼いたのでいいかな」
指先ほどの焼いた肉を出し、小さな皿に乗せる。
そうしておいて、ベッドに腰掛けブーツを脱いだ。
「あ~ 疲れた……今日は結構歩いたから脚が張ってるね。
ちょっとマッサージしとこうかな」
部屋に結界を張り、服を脱ぐ。
下着だけになったアンナリーナは香油を手に取り脹脛を揉みはじめた。
香油を洗い流す湯が気持ち良い。
アンナリーナはこの後、改めて全身に念入りに【洗浄】をかけ、着替えて下に降りていった。
宿屋の一階は食堂兼酒場になっている。
今はそこに、雑貨屋の主人ミハイルが1人杯を傾けていた。
「よう、やっぱりここにいたか!
嬢ちゃんはどこだ?」
挨拶もそこそこに同じテーブルについたのはお馴染みの門番、ジャージィだ。
「嬢ちゃんは上だ。そろそろ降りてくるんじゃないか?」
ジャージィの目配せにミハイルは黙って杯を渡し、顔を近づけた。
そんな中、階段を降りてきた姿に男たちは目を見張る。
ローブを脱ぎ去ったアンナリーナは、その細い身体を淡い紫色のAラインのロングワンピースを着て、柔らかそうな布製の室内ばきを履いている。
梳られた髪からは良い匂いがしていた。
「お待たせしました。
あれ? ジャージィさん?」
そうして3人はテーブルを囲む事になったのだ。
「嬢ちゃん! こんな時間まで何してたんだい。心配してたんだよ!」
ミハイルと2人で中に入ると、女将が飛び出してきた。
「サリー、悪い。俺が引き止めちまって……送りがてら飯を食いにきた」
女将の名はサリーさんと言うようだ。
「おや、まあ、そうかい。
それよりも嬢ちゃん、あたし、さっき名前を聞くのも忘れて送り出しちまって、宿帳に書きたいので教えてくれるかい?」
「ああ、では自分で書きます」
びっくりしている女将の手からペンを取って宿帳に向かう。
「ここでいいの?」
前回の宿泊から20日経っていて、今日はアンナリーナ以外宿泊客はいない。
「ああ」
宿帳の名前の記入欄に見事な手蹟で、これから名乗る偽名の【リーナ】と書き入れた。
「字、書けるんだね……」
アンナリーナの後ろでミハイルが笑いを浮かべている。
「……それから、連れ、と言うかペットがいるんですけど」
そう言ったアンナリーナが懐のポケットから取り出したのは。
「トカゲかい……
あんた、いやリーナは変わったもんをペットにしてるんだね。
いいよ。そんなにちっこかったら何の悪さもしないだろうしね。
ただ、踏んづけないように気をつけておくれよ」
一度ぺしゃんこになったセトをそんな目に遭わせたりしない。
セトだって御免だ。
「ありがとう、女将さん。
あの、食事も一緒にいいですか?」
女将はアンナリーナの、上から下まで見回して、笑った。
「変わった子だね。好きにしていいよ」
そう言って女将は2人を席に案内しようとした。
ミハイルは勝手知ったる何とやら、でもういつもの席に着こうとしている。
「あの、私……一度部屋に行って、荷物を置いてきたいのですが」
「あ~ 俺は先にやってるから。
ごゆっくり」
女将は心得たもので、湯の入ったやかんと底の浅い桶を持ってアンナリーナを案内する。
「泊まり客はリーナだけだから気を使わなくていいよ。
あ、タオルはここから好きなだけ取って使っとくれ」
廊下の途中にある棚から2枚取って渡すと部屋のドアを開けた。
中はさほど広くない。
日本で言う4畳半くらいだろうか。
家具はシングルサイズのベッドと、机と椅子。
壁には造り付けのクローゼット。
奥にあるドアを開けると洗面台とトイレがあった。これは嬉しい。
アンナリーナがそうこうしているうちに女将が桶に湯を張り、少しの水を注いで湯温を下げた。
「下で夕食を用意して待ってるよ。
何、あいつは酒さえ出しとけばうるさい事は言わないからね」
女将を見送ったあと、アンナリーナはこの部屋のすべてのもの……自分やセトを含めて【洗浄】をかけた。
そしてベッド横の小卓にセトを下ろし、アイテムバッグに手を入れる。
そこから取り出されたのはセトの寝床、藤蔓で編まれた籠だ。
「お疲れ様……お水飲む?」
小さな器に【ウォーター】で水を出し、飲んでいるのを見つめる。
「ご飯は一緒に下に行くでしょ?」
その答は頭を左右に動かして表した。
「じゃあ……何かお肉を出したげるね。何がいいかな……森猪の焼いたのでいいかな」
指先ほどの焼いた肉を出し、小さな皿に乗せる。
そうしておいて、ベッドに腰掛けブーツを脱いだ。
「あ~ 疲れた……今日は結構歩いたから脚が張ってるね。
ちょっとマッサージしとこうかな」
部屋に結界を張り、服を脱ぐ。
下着だけになったアンナリーナは香油を手に取り脹脛を揉みはじめた。
香油を洗い流す湯が気持ち良い。
アンナリーナはこの後、改めて全身に念入りに【洗浄】をかけ、着替えて下に降りていった。
宿屋の一階は食堂兼酒場になっている。
今はそこに、雑貨屋の主人ミハイルが1人杯を傾けていた。
「よう、やっぱりここにいたか!
嬢ちゃんはどこだ?」
挨拶もそこそこに同じテーブルについたのはお馴染みの門番、ジャージィだ。
「嬢ちゃんは上だ。そろそろ降りてくるんじゃないか?」
ジャージィの目配せにミハイルは黙って杯を渡し、顔を近づけた。
そんな中、階段を降りてきた姿に男たちは目を見張る。
ローブを脱ぎ去ったアンナリーナは、その細い身体を淡い紫色のAラインのロングワンピースを着て、柔らかそうな布製の室内ばきを履いている。
梳られた髪からは良い匂いがしていた。
「お待たせしました。
あれ? ジャージィさん?」
そうして3人はテーブルを囲む事になったのだ。
17
あなたにおすすめの小説
罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です
結城芙由奈@コミカライズ連載中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】
私には婚約中の王子がいた。
ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。
そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。
次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。
目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。
名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。
※他サイトでも投稿中
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
母は何処? 父はだぁれ?
穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。
産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。
妹も、実妹なのか不明だ。
そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。
父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。
母は、どこへ行ってしまったんだろう!
というところからスタートする、
さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。
変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、
家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。
意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。
前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。
もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。
単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。
また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。
「小説家になろう」で連載していたものです。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
婚約者を姉に奪われ、婚約破棄されたエリーゼは、王子殿下に国外追放されて捨てられた先は、なんと魔獣がいる森。そこから大逆転するしかない?怒りの
山田 バルス
ファンタジー
王宮の広間は、冷え切った空気に満ちていた。
玉座の前にひとり、少女が|跪い《ひざまず》ていた。
エリーゼ=アルセリア。
目の前に立つのは、王国第一王子、シャルル=レインハルト。
「─エリーゼ=アルセリア。貴様との婚約は、ここに破棄する」
「……なぜ、ですか……?」
声が震える。
彼女の問いに、王子は冷然と答えた。
「貴様が、カリーナ嬢をいじめたからだ」
「そ、そんな……! 私が、姉様を、いじめた……?」
「カリーナ嬢からすべて聞いている。お前は陰湿な手段で彼女を苦しめ、王家の威信をも|貶めた《おとし》さらに、王家に対する謀反を企てているとか」
広間にざわめきが広がる。
──すべて、仕組まれていたのだ。
「私は、姉様にも王家にも……そんなこと……していません……!」
必死に訴えるエリーゼの声は、虚しく広間に消えた。
「黙れ!」
シャルルの一喝が、広間に響き渡る。
「貴様のような下劣な女を、王家に迎え入れるわけにはいかぬ」
広間は、再び深い静寂に沈んだ。
「よって、貴様との婚約は破棄。さらに──」
王子は、無慈悲に言葉を重ねた。
「国外追放を命じる」
その宣告に、エリーゼの膝が崩れた。
「そ、そんな……!」
桃色の髪が広間に広がる。
必死にすがろうとするも、誰も助けようとはしなかった。
「王の不在時に|謀反《むほん》を企てる不届き者など不要。王国のためにもな」
シャルルの隣で、カリーナがくすりと笑った。
まるで、エリーゼの絶望を甘美な蜜のように味わうかのように。
なぜ。
なぜ、こんなことに──。
エリーゼは、震える指で自らの胸を掴む。
彼女はただ、幼い頃から姉に憧れ、姉に尽くし、姉を支えようとしていただけだったのに。
それが裏切りで返され、今、すべてを失おうとしている。
兵士たちが進み出る。
無骨な手で、エリーゼの両手を後ろ手に縛り上げた。
「離して、ください……っ」
必死に抵抗するも、力は弱い。。
誰も助けない。エリーゼは、見た。
カリーナが、微笑みながらシャルルに腕を絡め、勝者の顔でこちらを見下ろしているのを。
──すべては、最初から、こうなるよう仕組まれていたのだ。
重い扉が開かれる。
留学してたら、愚昧がやらかした件。
庭にハニワ
ファンタジー
バカだアホだ、と思っちゃいたが、本当に愚かしい妹。老害と化した祖父母に甘やかし放題されて、聖女気取りで日々暮らしてるらしい。どうしてくれよう……。
R−15は基本です。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる