曼珠沙華 -御伽噺は永遠に-

乙人

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隠居

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 事件から幾日か。姫君は珠寿と少ない女房を連れて、吉野の別邸に発った。
「姫様…………」
 女房は、喪服姿の姫君を見ては、哀しくなる。
「仕方がなかったのです。もう、私は都には帰れません、きっと。私が帰れば、皆が後ろ指を指して噂するのよ。そうに、決まっているわ。」
 姫君は溜め息をついて、車の壁に寄りかかっている。
(嗚呼、いっそ、この長い髪も、切ってしまおうか。そして、出家しましょう。もう、生きている意味もないわ。)
 姫君には、明日の希望さえ、残されなかった。

 邸に着いた一向は、忙しく準備を始めた。
 姫君はその邪魔にならない場所で、ぼぅっと、外を眺めていた。
「美しいわね。此処は、現し世?それとも、黄泉の国なの?」
 姫君は冗談交じりでそう珠寿に問うた。
「此処は、現し世ですよ。でもまあ、何て美しい景色でしょう。この世界で、一番清らかな場所なのでしょうね…………」
 その台詞を言いつつ、珠寿は姫君の心を見透かしてしまったのだ。
(まぁ、何てこと。姫様は、出家なさりたいのだわ。)
 珠寿はバッと振り向いて、姫君を見つめた。
 その姫君は、独り悲しく、何処かを見て、泣いていた。

「姫様。」
 数日して、珠寿が一通の文を持ってやって来た。
「誰からなの?これを寄越してきたのは。」
「久光の叔父様からで御座います。」
「叔父様から?」
 姫君はその文を珠寿から受け取り、開いた。
『ご愁傷様です。家族が亡くなり、私もとても寂しいです。さて、独りで過ごすというのも、寂しいでしょう。喪があけたら、是非、私共の邸へいらっしゃい。』
 文には、そう書かれていた。
 姫君は一通り文を読み終えると、それを置いて、溜め息をついた。
「嬉しいことだけれど…………そんな気にはなれないわね。そう、御返事しておいて。」
 珠寿は、残念そうに文を受け取り、背を向けた。
(叔父様のことは嫌いじゃないけれど……そこの大君がね…………)
 大君とは長女のことで、姫君の従姉にあたる人だ。
(だからと言って、避けられることではないわ。)

「お父様、先程お文を出されていましたが、誰に出されたのです?」
 大君は、父君(琴乃の姫君の叔父)に、問うた。
「姪にだよ。御家族が皆、亡くなってしまってね。吉野かなにかの別邸に移られたそうだ。」
「姪?」
「貴女の従妹だよ。琴乃、と呼ばれているらしい。喪があけたら、此処にいらっしゃい、と申したのだよ。」
「ふぅん。」
 大君は嫌だとは言わなかったが、好ましい顔は、全くしなかった。

 渡り廊下に座り込んだ姫君は、長い髪を引っ張って、それを見つめていた。
(私はこれから、どうしようか。このまま生きているのも、嫌たこと。)
 姫君は何処からか小刀を持ち出して来て、掴んだ髪の毛を切ろうとする。
(全てを、このまま、私の心から消し去ってしまおうか………………久光……………)
 隠居生活の中で、姫君は絶望しか味わえなかった。
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