曼珠沙華 -御伽噺は永遠に-

乙人

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失踪

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「姫様、姫様。朝でございますよ?」
 翌朝、女房が帳台の前に座して、そう告げた。
(あら?返事がない。どうかしたのかしら。)
 女房は心配になって、「失礼致します」と、中を覗いた。
「ッ!?」
 彼女は驚いて腰を抜かし、尻餅をついた。
「どうかしたの?」
 同僚の女房がやって来て、手を貸してやった。
「姫様が………姫様がいらっしゃらないのよ!!」
 何ですって、と女房達が騒ぎ始めてしまった。

「楽しかったわ。」
 その頃、叔母君や大君が帰宅して来てしまった。
「誰か、ある!」
 大君が叫んだ。しかし、誰も来ない。
「どうかしたのかしら。中の君の部屋が騒がしいわね。何かあったのかしら。」
 叔母君は冷静にそう考えて、部屋へ足を運ぶ。
「どうか、したの?」
 入り口で叔母君が女房に声をかけた。
「お方様……………姫様が、姫様が…………!」
 女房は泣きじゃくって、顔を涙でクシャクシャにしていた。
「中の君が、どうかしたの?」
「しっ、失踪なさってしまわれて!御髪も箱に入っておりました………って、お方様?」
 叔母君は目を丸くした。そして、バタリ、と倒れた。

(疲れた……)
 なかなか歩いたことも、馬に乗ったこともない深窓の姫君たる琴乃の姫君は、早くも息を切らしていた。
 姫君は、旅装に似た格好をして、頭に衣を被っていた。
 馬上にいるため、少しは身分が分かるように、皆の視線が痛い。
(出家してしまいたかったから………でも、縁の寺もないし。このまま、姿を消してしまおうか。)

「え?姫様が、失踪なさったですって?それ、本当なの?」
 同僚に噂話として聞いたのだが、珠寿はかなり気が動転してしまっていた。
「そんな…………しかも御髪を切られてしまったの?嗚呼、姫様、ついに出家なさる決心をして仕舞われたので。」
 珠寿は、うなだれてしまう。姫様、姫様、と連呼して、寝込んでしまった。
(姫様に縁の寺は、もう無くなったはず。となると、元のお邸に御座すのでは?)

 珠寿の予想は的中し、姫君は元の自分の邸に住み着いていた。
 何があっても、あの意地の悪い大君のいる邸には戻らないと、決心した。
 でも、女房達に心配されたくなかったため、独り、出て来た姫君であった。

 その後、叔父叔母君は数月、姫君を探したが、見つからなかった。
 流石の二人も、廃屋となり、ボロボロの邸に住むとは、思わなかったのだ。
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