7 / 126
永寧公主
しおりを挟む
永寧公主は溜め息をついた。
(如何して、私ばかり、こうなの?)
簪を引き抜いて、ほおり投げた。壁に刺さった。
(こんなの、要らない………)
永寧には三人の妹公主がいる。それぞれ、既に降嫁済みだ。残るは永寧公主だけだった。
永寧公主はずっと前に、降嫁が決まっていた。名家の櫖家に嫁ぐはずだった。
しかし、降嫁相手は、永寧公主の降嫁する前日に自害してしまった。永寧公主が気に入らなかったらしい。
何でも、儚げな美しさをもつ第二公主を望んだのに、全く正反対の第一公主が選ばれたのだ。それが、気に入らなかったらしい。永寧公主は自我が強く、扱いずらいからだ。
櫖家は面子を潰された永寧公主にせめてもの贈り物をした。
公主がたかが臣下に面子を潰されるなど、あってはならなかった。
その頃、既に永寧は二十三だった。完全なるいき遅れだった。
すぐに、第二、第三公主の降嫁が決まった。永寧は妹公主は全員嫌いだった。
特に嫌いな第三公主の降嫁が決まったとき、花嫁衣裳をズタズタに切り裂いてやったことがあった。誰も、止めなかった。特に、父は永寧に同情していた。
それから、二年が過ぎたこの頃である。
「ご機嫌麗し………」
「そんなことあるわけないじゃないのよ。五月蝿いわね。」
第三公主、寗玻公主がご機嫌伺いに来た。ご丁寧に、夫君まで連れて。
「姉さん、まだ後宮に残っているの?」
つまり、まだ結婚出来ないの、の意だ。公主は婚姻後、公主府にて生活する。そのため、後宮を出るのだ。
「それの何が悪いのよ。」
「姉さん、公主の役目って、婚姻でしょ?姉さんそしたら、単なる穀潰しじゃない。二十五にもなって結婚出来ないなんて、家の恥晒しでしょ。」
永寧は黙った。眉間に皺を寄せる。
「“公主”の身分があっても降嫁出来ないのなんて、おかしいじゃない。どう見ても、姉さんがおかしいわよ。何処かに欠陥でもあるの?それとも、“公主”じゃないとか?」
ププッと第三公主は吹き出して、腹を抱えて笑い続けた。
永寧公主はフラリと立ち上がった。第三公主の目の前に立つ。
「如何したのよ、姉さん。」
永寧公主はじっと第三公主を見つめた。
「あたしが、羨ましい?だって、そうよねぇ。二十五になっても独りなんて、恥ずかしいわよねぇ~。まして、公主様が…………」
ガリッと削る様な音がした。長い爪が、白い頬に傷をつけていた。皮は抉れ、血が流れていた。
「黙れ。」
聞いたことの無い、低い低い声であった。威厳があった。だが、美しくなかった。
「黙れ!」
永寧は手当り次第、近くにあった物を第三公主とその夫君に投げつけた。
「ど、如何したのよ………」
「黙れ黙れ黙れ!」
永寧公主の顔は、酷く歪んでいた。
「疾くと去ね!」
永寧公主はそれだけ言い捨てて、長椅子に突っ伏してしまった。
その夜、旲瑓は永寧宮を訪れた。
(何これ………………)
床には色んなものが転がっていて、ぐちゃぐちゃになっていた。近くの帳も引き裂かれていた。壁には簪が刺さっていた。
「姉さん、如何したんだよ。」
「………誰よ。私、去ねと言ったでしょ。何で来てんのよ。第三公主だったら承知しないわよ。」
永寧公主は此方を向こうとしない。まだ、突っ伏していた。
「私だ。旲瑓だよ。」
(え………)
永寧公主は顔を上げた。目に映ったのは、優しい吾が弟だった。
「三の姉上が来ていたね。また、結婚について何か言われたの。」
公主は何も言わなかった。黙り込んでいるのを見て、やはりそうだったと旲瑓は読んだ。
「何が駄目だったのかしらね。」
ぐずりと鼻をすする音がした。永寧公主は泣いていた。
「こんなことで泣くような人間じゃなかったはずなのに。やはり、歳かしら。」
公主は顔を袖で覆ったままに、そう言った。
「私がもしたおやかな第二公主だったら、降嫁出来たのかしら。こんなに生き恥をかかなくても生きて行けたのかしら。」
永寧公主は妹公主を名で呼ばない。それだけ、劣等感を抱いているのだろう。自分には身分も何もない、と。
「それは違う。姉さんは姉さんだ。二の姉上の真似をしたって、それは永寧公主じゃないだろう?」
旲瑓は永寧公主の背中をポンポンと軽く叩いた。
「旲瑓、私、もう、二十五よ。」
永寧は笑った。自嘲の様な笑を浮かべていた。
「もう、夢を見るには、遅すぎる。」
ぷい、と一度旲瑓から目をそらし、何処か遠くを眺めていた。
「でも………」
永寧はもう一度此方を振り返った。
「最後にもう一度、夢を見ることが赦されるのならば……………」
永寧は旲瑓の頬にそっと手を添えた。
灯もなく、破れた帳の隙間から漏れる光に照らされた永寧公主は、二十五という歳に相応しく、とても艶やかに美しかった。
旲瑓は、十近くも歳上の姉を憐れに思った。
互いに疲れてしまっていた。
彼はもう、彼女に心を病んで欲しくなかった。いつもの様に笑って側にいて欲しかった。
その日は帰らなかった。
(如何して、私ばかり、こうなの?)
簪を引き抜いて、ほおり投げた。壁に刺さった。
(こんなの、要らない………)
永寧には三人の妹公主がいる。それぞれ、既に降嫁済みだ。残るは永寧公主だけだった。
永寧公主はずっと前に、降嫁が決まっていた。名家の櫖家に嫁ぐはずだった。
しかし、降嫁相手は、永寧公主の降嫁する前日に自害してしまった。永寧公主が気に入らなかったらしい。
何でも、儚げな美しさをもつ第二公主を望んだのに、全く正反対の第一公主が選ばれたのだ。それが、気に入らなかったらしい。永寧公主は自我が強く、扱いずらいからだ。
櫖家は面子を潰された永寧公主にせめてもの贈り物をした。
公主がたかが臣下に面子を潰されるなど、あってはならなかった。
その頃、既に永寧は二十三だった。完全なるいき遅れだった。
すぐに、第二、第三公主の降嫁が決まった。永寧は妹公主は全員嫌いだった。
特に嫌いな第三公主の降嫁が決まったとき、花嫁衣裳をズタズタに切り裂いてやったことがあった。誰も、止めなかった。特に、父は永寧に同情していた。
それから、二年が過ぎたこの頃である。
「ご機嫌麗し………」
「そんなことあるわけないじゃないのよ。五月蝿いわね。」
第三公主、寗玻公主がご機嫌伺いに来た。ご丁寧に、夫君まで連れて。
「姉さん、まだ後宮に残っているの?」
つまり、まだ結婚出来ないの、の意だ。公主は婚姻後、公主府にて生活する。そのため、後宮を出るのだ。
「それの何が悪いのよ。」
「姉さん、公主の役目って、婚姻でしょ?姉さんそしたら、単なる穀潰しじゃない。二十五にもなって結婚出来ないなんて、家の恥晒しでしょ。」
永寧は黙った。眉間に皺を寄せる。
「“公主”の身分があっても降嫁出来ないのなんて、おかしいじゃない。どう見ても、姉さんがおかしいわよ。何処かに欠陥でもあるの?それとも、“公主”じゃないとか?」
ププッと第三公主は吹き出して、腹を抱えて笑い続けた。
永寧公主はフラリと立ち上がった。第三公主の目の前に立つ。
「如何したのよ、姉さん。」
永寧公主はじっと第三公主を見つめた。
「あたしが、羨ましい?だって、そうよねぇ。二十五になっても独りなんて、恥ずかしいわよねぇ~。まして、公主様が…………」
ガリッと削る様な音がした。長い爪が、白い頬に傷をつけていた。皮は抉れ、血が流れていた。
「黙れ。」
聞いたことの無い、低い低い声であった。威厳があった。だが、美しくなかった。
「黙れ!」
永寧は手当り次第、近くにあった物を第三公主とその夫君に投げつけた。
「ど、如何したのよ………」
「黙れ黙れ黙れ!」
永寧公主の顔は、酷く歪んでいた。
「疾くと去ね!」
永寧公主はそれだけ言い捨てて、長椅子に突っ伏してしまった。
その夜、旲瑓は永寧宮を訪れた。
(何これ………………)
床には色んなものが転がっていて、ぐちゃぐちゃになっていた。近くの帳も引き裂かれていた。壁には簪が刺さっていた。
「姉さん、如何したんだよ。」
「………誰よ。私、去ねと言ったでしょ。何で来てんのよ。第三公主だったら承知しないわよ。」
永寧公主は此方を向こうとしない。まだ、突っ伏していた。
「私だ。旲瑓だよ。」
(え………)
永寧公主は顔を上げた。目に映ったのは、優しい吾が弟だった。
「三の姉上が来ていたね。また、結婚について何か言われたの。」
公主は何も言わなかった。黙り込んでいるのを見て、やはりそうだったと旲瑓は読んだ。
「何が駄目だったのかしらね。」
ぐずりと鼻をすする音がした。永寧公主は泣いていた。
「こんなことで泣くような人間じゃなかったはずなのに。やはり、歳かしら。」
公主は顔を袖で覆ったままに、そう言った。
「私がもしたおやかな第二公主だったら、降嫁出来たのかしら。こんなに生き恥をかかなくても生きて行けたのかしら。」
永寧公主は妹公主を名で呼ばない。それだけ、劣等感を抱いているのだろう。自分には身分も何もない、と。
「それは違う。姉さんは姉さんだ。二の姉上の真似をしたって、それは永寧公主じゃないだろう?」
旲瑓は永寧公主の背中をポンポンと軽く叩いた。
「旲瑓、私、もう、二十五よ。」
永寧は笑った。自嘲の様な笑を浮かべていた。
「もう、夢を見るには、遅すぎる。」
ぷい、と一度旲瑓から目をそらし、何処か遠くを眺めていた。
「でも………」
永寧はもう一度此方を振り返った。
「最後にもう一度、夢を見ることが赦されるのならば……………」
永寧は旲瑓の頬にそっと手を添えた。
灯もなく、破れた帳の隙間から漏れる光に照らされた永寧公主は、二十五という歳に相応しく、とても艶やかに美しかった。
旲瑓は、十近くも歳上の姉を憐れに思った。
互いに疲れてしまっていた。
彼はもう、彼女に心を病んで欲しくなかった。いつもの様に笑って側にいて欲しかった。
その日は帰らなかった。
0
あなたにおすすめの小説
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる