恋情を乞う

乙人

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 帳の隙間から、明るい光が漏れ、影はゆらりと揺らめいて。
 女は、帳を開けて、窓を覗く。
 其処に、知っている世界は広がっていなかった。

「貴妃様!」
 侍女が目を丸くしている。あまりに吃驚したのか、持っていた陶器の花瓶を落として割ってしまった。
「あら、おはよう。」
 三年振りの、朝である。
 三年経ち、榮氏は二十二になっていた。娘の霛塋公主も、五つになっていた。
「長い夢を見ていたわ。」
 榮氏は語った。

 不思議な話よね。妾は、元いた場所に、還っていたみたい。供養してくれる人もいないから、彷徨っていた、あの場所よ。
 其処で、もう一度、旲瑓様にお逢いしたの。
 寂しかったわ。だから、戻りたいと思ってしまった。変ね。妾。こんな後宮生き地獄には、戻って来たくなかったはずなのにね。

 女達は噂好きらしい。あっという間に、榮氏が目を覚ましたことは後宮に広がった。
「莉鸞!」
 公務を後回しにして走って来た旲瑓は、榮氏の元に飛び込んだ。
「生き返ったのか!?」
「いえ、元々妾は死んでいるから、違いますよ。」
 榮氏が笑う。
 だが、その目は笑っていない様に見えた。何故だろう。
 最後に逢った際より、榮氏は痩せていた。元々華奢だったのに、骨が浮き出るまでになってしまったのを、旲瑓は痛々しく思った。
「すまなかった。」
 三年前、床に崩れ落ちる榮氏を思い出した。息をしていなかった。真っ青だった。
 後悔した。
「其方は待ちぼうけをくらってしまったのだね。だから、私を恨んだろう。構わない。私はそれだけのことをした。当然だ。憎んでくれ。それで、おあいこだよ。」

 榮氏が倒れて落ち込んだ旲瑓を、永寧大長公主は励ました。
『きっと、目を覚ますわ。平気よ。』
 永寧大長公主は離宮を離れることは出来ないため、いつも旲瑓が訪ねていた。泊まる日も多かった。
『ごめんね、旲瑓。』
 永寧大長公主が口にした言葉は、榮氏にとって、一番酷だったろう。
『榮氏に、言わないないやうに』
 文が届いたのを、思い出した。
『私にとって、これが人生で最後の仕事だわね、きっと。』
 永寧大長公主は三十になった。夢で見た、彼女の寿命まで、あと二年をきっている。
 いや、もう、春は近い。そう。彼女の寿命はあと一年と少しなのだ。

「お疲れのようですね。」
 圓寳闐の登花宮に行くと、いつもの通りに茶を出された。
「榮貴妃様がお目覚めのようですね。噂に聞きました。」
「知っていたのか………情報が早いな。」
「そんなものですよ。」
 寳闐は他の妃とは違い、旲瑓に何も求めない。彼女の心は、いつまで、尸の転がる路傍に留まって、動かない。
「寳闐。お前、大丈夫かい?」
「何がです?」
 彼女は人と、必要以上に接したがらない。今でこそまだ話してくれるようになったが、昔は感情のない、まさにお人形だった。榮氏には感謝せねばならない。
「独りぼっちは寂しくないのかい?」
「別に、平気ですよ。」
 素っ気ない。随分と、素っ気ない。
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