恋情を乞う

乙人

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人生 壱

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『憐れな女ね。』
 それだけは、言われぬよう、生きてきたつもりだ。

「太后様!」
 魖太后は虚ろに、窓の外を眺めていた。隣では、魖賢妃が肩を揺さぶっている。
「叔母上!」
 やっと気がついた。はっとした太后が、キョロキョロと周りを見渡している。
「闉黤。」
「どうするんですか?」
 珍しく賢妃が頭を使っている。命の危機かもしれない、だからだろうか。
「あたくしのせいなの?」
「……それは、違う。」
 太后はいつもの威厳は何処へやら。膝を抱えて、顔を埋めている。

「如何しましたか?」
 旲瑓の元には、妟纛が来ており、妟纛は溜息をつきながら、窓の外、太后の居る宮の方角を見ている。
「憐れな女だな、と思ってな。」
「母上のことですか?」
 あぁ、と低い声で返事をし、下、足元をじっと見つめている。
「愛など、なかったのでしょう?ならば、何故、そう、心配なさるのですか?」
「愛……………か。太后が、菫児が言ってたのか?」
 旲瑓はこくりと頷く。
「そうか。」
 どこか、哀愁漂う妟纛。
「後宮には、愛も恋も、存在してはならない。そうだ。」
 目を細め、口を閉じた。
「私なりには、愛したと思うよ。」
 妟纛が本当に愛したのは、永寧大長公主の母、櫖姮殷コウアンなのに。それは、皆、知っていることなのに。
「如何してだろうな。」
 永寧大長公主そっくりな、悲しげな笑みを浮かべる。
「私達は、そんな、寂しい世界でしか、生きられないんだ。」

 父の言葉が、頭の中で繰り返される。そうだ。分かっている。寂しい世界、後宮のこと。
 旲瑓を想えば、不幸になる。何も望まない、寳闐の様な女ならば幸せであろうが、あの女は別件で色々抱えている。
 旲瑓が一番愛している女。それは、永寧大長公主だ。
 だが、彼女は近いうちに不幸になるだろう。
 ふと、永寧大長公主の腹で気になった。この人は華奢で、少しの変化さえ、わかりやすい。そんな女が、少し、ふくよかに見えた。
(莉鸞と同じだ………)
 旲瑓は恐ろしくなった。だが、まだ、そうと決まったわけではない。
(そうだ、成人の儀の夜も、何もなかったじゃないか。)
 だが、その当時、彼は数えの十五、満十三歳だったことを失念している。

「太后様。」
 賢妃と太后は同じ室に閉じ込められている。寝台が二つあるだけだ。食事が日に二回、運ばれてくる。それ以外に、人と顔を合わせることはない。
「このまま、終わってしまうのでしょうか。」
 太后は何も言わなかった。
「最悪。」
 二十歳を過ぎたと言うのに、本に、子供の様に不貞腐れる。
「ほんっっと最悪だわ!」
 言動が幼すぎる点については、触れないこととしておこう。うん。言ったところで直しはしない。
「どうせ、見世物に処刑されるならば、もう、此処で、果ててしまいたいわね。」
 柱に裱を巻き付けて、輪を作る。
「やめなさい!」
「楽しかったです、太后様。貴女といる時だけは。あとは、退屈だった。」
 魖賢妃は椅子を運んできて、それに乗り、裱をピンと引く。
「でも、最悪な、人生だったわ。」
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