恋情を乞う

乙人

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人生 弐

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(なんて事。)
 足元には、倒れた椅子が転がっていた。魖賢妃が、蹴り飛ばした。
 まさか、冗談だと言ってくれ。
 賢妃は首をつってしまった。
 慌てて裱を引っ張って、魖賢妃の身体を床に下ろす。
「闉黤!闉黤!」
 魖賢妃はまだ微かに息をしていた。ほっと胸を撫で下ろし、賢妃を寝台に寝かせる。
(ごめんなさい、ごめんなさい、闉黤。私のせい。)
 目頭が熱い。泣いているのだと、暫くしてから理解した。


「誰かある!」
 いつもならこれで人は来るのに、誰も来ない。侍女は皆、辞めていった。永寧大長公主が離縁状を書き、二度と魖家に関わらないと誓わせたらしい。
「誰も来や、しませんよ。」
 女の声がした。
 室に入って来たのは、赤い女官服(この国の女官としては、高位だろう。)を着た、若い女。
(此奴!)
 覚えがあった。確か、永寧大長公主の侍女だ。そして、魖家が潰した豪商の娘だった。小明とか云った。
「永寧大長公主様が、手を回しましたから。」

『だから言ったじゃない。』
 しゃがみ込む太后。背後から、子供の声がする。振り向いてみると、青い襖裙を召し、銀の簪を挿した少女だった。幼い日の永寧大長公主だ。
『卑しい女ね、と。』
 子供に似つかない、落ち着いた口調だ。
 何が卑しいのだろう。わからない。分かっているかもしれない、でも、知りたくない。
『魖家の名を背負う、皇太后だなんて。』
 理不尽だ。そんなの、自分がどうにか出来るわけない。
『私の母は、郡主よ?』
 それがどうしたのか、と嘲笑う。
『私は貴妃腹だわね。でも、その母は大長公主腹なのよ。』
 要は、二人とも血筋はよろしいわけである。しかも、血が繋がっていることにもなる。
『血筋じゃないわ。』
 確かに、その面では、太后は卑しくなどない。だが、卑しいという言葉には、身分が低いという意だけではないというのを、太后は忘れている。
『下品よね。』
 それに-と話を続ける。
『何故、魖家が疫病神の名を付けられたか、知っている?』
 いいえ、と太后。
『可哀想ね。それだけは、哀れだわ。』
 そう言って、永寧大長公主は昔語りをする。

 魖家は、元々、宗教的な家だった。この国では、宗教らしいものはない。宗室である、龗家を神のように敬い讃えるのだ。例外として、下界からやって来た者は、信じる宗教を持っていたりする。
 下界からやって来た者は論外。龗家とは別のものを敬う魖家は、異端者なのだ。
 昔、魖家が広めていた宗教は、民衆に人気があった。それだけなら、まだ、良かった。
 しかし、随分としてから、天災が起こった。そして、その日は、魖家の宗教の儀式があったらしい。
 魖家は、追放された。罪人として。
 大半は殺されたが、それでも逃げた者がおり、一度下界に下ってから、時を待ち、上って来た様だ。
 魖家-疫病神-と呼ばれるのは、宗室龗家に災いをもたらしたからなのである。
 そして、魖家が龗家を恨むのは、迫害された過去を持つからであろう。理由としては、十分である。

 魖家は、明麗郡主の父を殺害した。皇族殺しは、極刑だ。
 彼が殺された理由は分からない。だが、どうせ殺されるなら、今までの恨みを晴らそう、そう、思ったのだろう。
 菫児は、丁度良い、駒だった。母郡主は龗家を憎んでいたのだから-
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