恋情を乞う

乙人

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准后

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「取り入って下さいませんか?―様。」

 榮莉鸞。その女が后になったことに対し、不満を表す人間は、少なくなかった。
 特に上流貴族に多い。権力を握る為に、自分や親族の娘を後宮に入れ、后にしたいと願うからだ。
 現在、その筆頭には、賢妃と淑儀を輩出した、圓家がいる。圓家当主が、后にする為に育ててやっていたのに、四夫人の賢妃止まりなのを気に入らないらしい。

「あら。当主様、ご機嫌よろしゅう。」
 圓家当主は、特別に許可を取り、圓稜鸞淑儀に面会していた。
「淑儀。最近、どうですか?」
「そうですね。寳………賢妃は相変わらずです。登花宮に引き籠って、俐霽娟充媛と毎日茶会をしている程度でしょうね。」
 当主は顔を顰める。登花宮と言えば、後宮でも下級の宮だ。格下の稜鸞の方が、余程格上の宮に住んでいる。
「本当なら、お前を皇后にしたいくらいだがな。それも、無理な話なんだよ。だって、お前は、私の姪とは言え、妾腹だからなぁ。」
 賢妃は郡主腹。だから、后になるに相応しいと言いたいわけだ。

「何をしているの!?」
 物置に化した室。小明は永寧に頼まれた物を探していた。埃くさくて、あまり人が寄り付かない場所である。
 其処に、人の気配を感じた。おかしい。
「ちょっと!聞いているの!来なさい!」
 小明は侵入者の肩を掴んだ。小柄だ。女だろうか。
 小明は侵入者の襟を掴んで引きずる。纏足では速く歩けない。だが、女は怯えてしまって、動けずにいる。だから、連れてゆくのは簡単だ。
 狭い室に連れ込むと、外に護衛の官を配置してから、取調をする。
「貴女、畏れ多くも、永寧大長公主様の宮に忍び込むなんて。」
「………」
「何処かの貴人の差金かしら!ねぇ!聞きなさい!」
 首を絞められて、女は声にならない声で、やっと口を開いた。
『圓家……当主』

「圓家の下女が、侵入したですって?それは、本当なの?」
「はい。本人が、申しておりましたから。」
 小明は、懐から何か、小さな包を取り出した。
「これが目的だった、みたいです。」
「これって…………」
 其処にあったのは、薬だ。永寧が愛用している。いつも、煙管で吸っていた物だ。
「どうして、こんな物を盗みたがるの。私にとっては薬でも、普通、毒として扱われるのよ!?」
 毒。正確には、麻薬だ。芥子の花から作られる。本来なら、鎮痛剤として用いられるはずだ。
「でも、これ。禁止されていますよね。阿片って。」
 問題は、そこだ。
「大長公主様が使われているのですもの。まさか、禁止されているだなんて、知りませんでした。」
「でも、医療として使うのは、特別に許可されていたはずよ。」
 実際、永寧はそれが目的で使っていた。
「私、貧民街から来たから、知っています。これを売ると、結構な額になるんですよ。」
 小明は手にある包に目を向けた。
「違いますよ、大長公主様。」
 聞き慣れない声。だが、覚えている。昔、己に無礼を働いた男の物だ。
「圓氏か。」
 御丁寧に膝を折り、頭を垂れて礼する。永寧はそれを上から見下ろしていた。
「何故、此処に其方がいるのですか。此処は私の宮です。許可を下ろした覚えはありません。」
 そうです、と当主は笑う。永寧の顔が引きつる。
「これを、貴女様は、普段からお使いになられていたそうですね。でも、不思議な話です。この薬は、負傷時等に使われる物。そもそも、医官でもない貴女様がお持ちなのは、本当に、おかしきことだと。」
 当主は笑う。にこやかだ。
 侮れない。流石、妻であった郡主や、娘の想い人を殺す様な男だ。目的の為ならば、手段を選ばない。
「で。黙ってくれるのでしょう。何が欲しいの。」

 殆どの貴族達が、どう思ったのか。それを、今更知ろうとは思えない。
 圓賢妃が、准后になった。榮皇后に次ぐ位だ。
 本来皇后が召す紅い鳳凰の衣裳ではなく、格下の青色に鳳凰をあしらった物を召していた。これを召したのは、後にも先にも准后が初めてである。

「これで良かったのだろうか。」
 女は煙管を口にくわえた。
 少しの時で良い。今の、辛く無情な世界を忘れて、楽になりたい。
 ふと、煙管の彫りに目がいく。
 曼珠沙華。
 彼岸花の別名。確か、後に付けられた花言葉は『悲しき思い出』。
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