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10話 額【10年前⑧】
しおりを挟む「エルヴィン、ごめんなさい……!」
ぽたり、ぽたり。
エルヴィンの頬に、アンの涙が落ちては流れていく。
アンはエルヴィンの手から包丁を取り上げ、押し倒すような姿勢でエルヴィンを見下ろした。
まるで出会った日と同じだと、エルヴィンはまだ何日も経っていないあの時の攻撃を懐かしく思い出す。
あの瞬間のことは、きっと一生忘れないだろう。
エルヴィンにとって、初めて人から『守られた』思い出だった。
ぽたり、ぽたり。
落ちる雫に、赤い色が混ざり始める。
アンの額にはたった今できた傷が赤く線を引き、傷口から血がゆっくりと流れていく。
ゆっくりとアンの顔が血 赤く濡れていった。
「エルヴィン、聞いて……私は、エルヴィンのことを大切だと思ってる。思っているから……だから、ここには置けないの」
アンの頭の中は真っ白だった。
あれだけ色々と考えていたのに、肝心な時にその脳は働くことを辞めてしまったらしい。
自分が何を話そうとしているのかも分からないまま、アンは出るに任せて話し続ける。
「エルヴィンは普通の人とは違う。半魔でしょう。それはどうしても変わらないし、完全に隠すことは無理じゃない。なら、半魔として、エルヴィン自身の存在を、認めさせないといけない」
血がどれだけ垂れようが、アンは自分の怪我に気付いてないみたいにエルヴィンだけを見つめ続ける。
そんなアンから、エルヴィンも視線が外せなくなっていた。
「あなたは強い戦士になれる。これまでの経験だって無駄じゃない。絶対に活きてくる。辛い思いをしたことだって、糧にできるの。……そうなったら、誰も、あなたを馬鹿にはできない。あなたを利用することだって、出来なくなる。そのためには、強くならないと……いけないって、思っちゃったんだ……」
ぐらりとアンの身体が崩れ、床に倒れ込む。
額から流れる血はゆっくりと床に染みを作り始めた。
それでもアンはエルヴィンから視線を外さない。
ゆっくり伸ばした手で、エルヴィンの顔についた自分の血を手で拭う。
「エルヴィンは絶対に幸せになれるから。……絶対、あなた自身を認めて、大切にして、心から愛してくれる人と必ず出会うから。……だから、エルヴィンには、誰より強くなって欲しくて……」
そう呟いた後、アンは意識を手放した。
ゆっくりと大きくなっていく血溜まりの中、エルヴィンは包丁をまた手に取ると、無言で自分の手を切り付け、すぐに溢れ出す血液をアンの傷に落とす。
傷が回復する度に、何度も、何度も、エルヴィンは自分に包丁を向けては、その血をアンの傷口へ落とし続けた。
エルヴィンの傷がすぐに回復するのは、エルヴィンの血液に非常に強い治癒力があるからだった。
そしてそれは、アンの傷を治すにも有効だった。
アンの額の傷は徐々に消え、流れる血もすっかり止まった。
次にエルヴィンはアンの左手を手に取ると、その包帯を解いてゆく。
そして現れた傷口にも同じように自分の血を使う。
「…………」
じっとエルヴィンが見下ろす先。
アンの額と左手には傷跡だけが残っていた。
◇◇◇
「ん……?」
次にアンが目覚めた時、外はすっかり明るくなっていた。
記憶を辿り、気を失う前の出来事を思い出したアンは真っ青になって部屋を見渡す。
いつの間にか自分はベッドに寝かされており、部屋も綺麗に片付けられている。
ただしその部屋はがらんと静けさが覆い、すっかり慣れ親しんだエルヴィンの姿はどこにもない。
「エルヴィン……!?」
慌ててベッドから立ち上ったアンだったが、途端足元に力が入らずベッドに蹲る。
視界は真っ暗になり、まるで身体が振り子になってしまったような目眩を感じた。
「ゔ……」
「おい、あんなに出血したんだから貧血を起こすに決まってるだろ。大人しくしてろ」
「エルヴィン……!? 良かった……!」
棚の影からひょっこり顔を出したエルヴィンに、アンは安堵の涙をこぼす。
そんなアンの元に、エルヴィンはゆっくりと近づいた。
「傷。額と……手。治しといたけど、跡が残った。悪い……」
「そんなことはどうでもいいの、私の方こそ、エルヴィンをすごく傷つけて……ごめんなさい。ちゃんと、正直に話して……エルヴィンと相談をすれば良かった」
「いい。……あと三日は、居てもいいんだろ」
「……帰るの?」
「帰れって、アンが言ったんだろ」
くすりと笑うエルヴィンはすっかり元通りで、アンはそれ以上深く聞いていいものか判断がつかなかった。
エルヴィンもそれ以上は何も言わず、今まで通りにアンに接してくる。
それが「何も言うな」と言われているようで、アンはそれをただ受け入れた。
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