推しよ、ここはBLゲームの世界です!〜属性:腐女子のモブは、推しも世界も救いたい〜

はちよ

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12話 ルーカス

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 その日の客はやけに浮き足立っていた。

 アンはこの世界に転生してから10年間、ずっとジュディのパン屋で働き続けている。

 様々な種類のパンを焼き、そして表に並べていくのがアンの仕事だ。
 ジュディのパン屋は元々人気があった上、アンの元いた世界の記憶からメロンパンやあんパンなどこの世界には無いパンをどんどん生み出し、今や行列の出来る人気店になっていた。
 店内が混み合うことはいつもの事なのだが、それにしても今日の客の様子はいつもと違う。

 何が違うのかと言われたら言葉に困るが、とにかく全員がどこか空を見つめるよな瞬間があったり、重くないため息をついたり、そしていつも買うものにプラスしてやたら甘いものをトレーに乗せていたり。

 とにかく、何かが『違う』のだ。

「(売上はものすごい好調っぽいからいいけど……何があったんだろう……)」

 アンは焼きたてのクリームパンを店頭に並べながら不思議そうに店内を見回し、厨房に戻る扉を開けた。

 その時、カランと扉が開く音が響き、店の中の空気が一変した。

 店の客全員が息を飲む気配が続き、アンも思わず振り返る。

 店内の視線を集めたその正体は、1人の青年だった。
 その青年はスラリと長い脚を見せつけるように細身のパンツを履きこなし、オーバーサイズのジャケットは個性的なデザインだったが、それがやけに似合っていた。

 少し長めの金髪がさらりと揺れ、済んだブルーの瞳が光を受けて煌めく。

 少女漫画に出てくる王子様をそのまま人間にしたようなその人は、店内を見渡すとふわりと微笑んだ。
 その瞬間、無言の黄色い悲鳴が確かに上がった。

「ルッ……」

 全員が頬を染め、心の中で黄色い悲鳴をあげている間、唯一頬を染めなかったのがアンだ。

「(ルーカス!? なんで!?)」

 口で手を抑え、思わず出そうになった呟きを押し込める。

 一瞬にしてその場の女性のハートを奪ってしまったその美しい青年は、『愛の華』のメインキャラクターの1人『ルーカス』だった。

 店内をゆったりと見渡すルーカスはアンと目が合うとにっこりと微笑み、真っ直ぐアンの元へ足を向ける。

「こんにちは、チャーミングな店員さん。ここに『アン』って名前のお嬢さんがいるって……」

 ルーカスはアンの顔を見ると少し驚いたような顔をした。

「これはこれは。もしかしなくても、貴女がアンさんですか?」
「えっ!? あっ……この店で『アン』は私のことですけど」
「やっぱりね」

 アンの言葉に、ルーカスはまるで花が開くように笑う。
 あまりの眩しさに、アンは思わず目を細めた。

「とても素敵な店員さんがいたから思わず声をかけたくなっちゃったんだけど……まさか君なんて。これは運命かな?」

 ルーカスはアンの手を両手で包むように握り、王子様のような笑顔をアンに向けた。

「お仕事中にごめんね。でも、君にどうしても会いたかったんだ。お仕事が終わる頃、また迎えに来るよ。何時に終わるの?」
「なっ……えっ……」
「あぁ、突然で驚かせてしまったよね。僕はルーカス。覚えて、僕の名前を呼んで欲しいな」
「ヒェッ……」
「……アンちゃん?」

 ルーカスの圧倒的な輝きにフリーズしてしまったアンを見かねたように、奥から店主のジュディが姿を表す。

 ジュディはアンをルーカスから離すように割って入ると、時が止まったような店内に大きくため息をついた。

「お兄さん、仕事中の子をナンパするのはやめとくれ。この子はうちの大切なパン職人なんだ、仕事が出来なくなったら困るよ」
「マダム、申し訳ありません。あまりに運命を感じてしまったのでつい……。あと、ナンパではなく、アンさんに大切な用事があるのも事実なのです。ここではお話できないのですが……」

 そう言って、ルーカスはジュディ越しにアンを見つめてくる。
 その瞳に見つめられて、釘付けにならない女性がこの世にいるのだろうか。

「(リアルルーカス美形過ぎない!?!?!? えーーーーんルーカスが美形ってことしか分からない……破壊力……!!!)」

 アンは視線はルーカスから外したものの、脳内はルーカスに支配されてしまったようだった。

「ご迷惑をお掛けしてしまったお詫びに、今ここに並んでいるパンと今奥で焼いていらっしゃるパン、全て僕に買わせてください」
「はぁ!? アンタ、うちの店は安くないよ? これでも人気店なんだ、奥でも山ほどパンを焼いている」
「このお店が特別美味しいことは入った瞬間からするこの香りとここに集う素敵なレディ達の表情を見れば分かりますよ。お代も今すぐにお支払いします、もちろん迷惑料を上乗せして、こちらを受け取ってください」

 ルーカスはいくらパンの量があったとしてもお釣りしか出ない位金貨が入った袋をジュディに差し出した。

「こんな大金、受け取れないよ!」
「迷惑料も込みですから、受け取ってください。そうだな……パンをひとつずつ、全種類いただいてもよろしいでしょうか? 残りは全て、今いらっしゃるお客様とこれからいらっしゃるお客様へ僕からのプレゼントということで。あと……宜しかったら、アンさんのお時間もいただきたいのですが」
「……アンちゃん、どうする?」
「い、いちじかんください……」


 ◇◇◇


 ジュディを盾にするようにルーカスの前から逃げた後、アンは店員用の休憩室でずっと頭を抱えていた。
 元々今日のパンは全て焼きあがったところで、後はそれを捌くだけだったのだ。
 そして、商品は全てルーカスがお買い上げ。

 来る人来る人に好きなパンをルーカスからのプレゼントという形で提供することになったが、ルーカスが店頭に立った瞬間町中の女性が押しかけたのではと思う位の人が列をなし、そしてついさっき全ての商品が無くなったらしい。
 どうやらルーカスは少し前にこの町に着いており、今日の客がみんな浮き足立っていたのはルーカスに声をかけられたり姿を見てきたからだと。

「(売り切れたって、まだあれから1時間も経ってないけど!? っていうかルーカスが私になんの用!? なんで認知されてんの!?!?)」

 ルーカスのキャラクターは一言でいうと『チャラ男系王子様』。
 どんな女性もお姫様扱いし、飛び抜けて優しい。
 その美貌もあり、ゲームのキャラクターで最もモテるキャラクターだった。

 ルーカスは国内トップの実力を持つ魔法使いであり、その実力は歴代1位とも言われている。
 ルーカスを巡って各所が争ったとも言われているが、結局ルーカスは主人公のタツミが現れるまではどこの派閥にも団体にも属さず、気ままな自由人のスタイルを貫いている。

「(ルーカス……というかメインキャラが私に用なんて、エルヴィン関係しか有り得ないだろうけど……ただ、エルヴィンとルーカス、特に関係ないんだよね……)」

 エルヴィンとルーカスはどちらもゲームの攻略対象であり、主人公である救世主の眷属となる。

 そのためゲームの中ではエルヴィンもルーカスも仲間同士にあたるのだが、眷属として出会う前から繋がりがあった描写はどこにも無かった。

 特に原作ゲームの方ではエルヴィンはスタート時点では一匹狼の立ち位置であり、誰かと元々つるんでいた訳では無い筈だ。

「こんなモブになんの用よ……」

 アンのため息が重くその場に落ちた。
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