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本当に愛していました。
しおりを挟む「リューはあたしとけっこんするんだよ」
「うん、シャーリーのダンナさんになるのはボクだよ」
「やくそく、だよ」
「うん。やくそく」
貴方は、この約束を覚えていますか。
* * * * *
「リュー、お待たせ」
「ああ」
久しぶりに、街に来ていました。
日差しを遮るための日傘を差して、侍女と護衛を連れて刺繍の糸でも買おうと思っていました。
ゆっくりと手芸屋さんに向かっている途中、私の最愛の人の声が聞こえてきました。
仲睦まじく歩く二人の姿は、恋人同士のようで、
───信じたく、ありませんでした。
はっと自分の息を呑む音が、大きく聞こえました。震えて、日傘ががたがたと揺れます。
「あそこのカフェはどう?」
「ああ、いいな」
「そうしましょう!」
ふわりと彼女に微笑む彼の姿は、ここ最近私には見せてくれなくなったもので、
「リュー、早く行きましょう!」
無邪気に彼に笑いかける彼女は、とてもキラキラとしていました。
醜く軋む胸が嫌で、彼があちらに行ってしまうのが嫌で、いたたまれなくなって、私はくるりと彼等に背を向けました。
もう、見たくありませんでした。
最愛の彼は彼女を選んだのだと目の前に突きつけられて、目の前が真っ暗になりました。
────そこからの記憶はありません。
いつの間にか家に帰っていました。部屋に、閉じこもっていました。
食欲など、ありませんでした。食べてしまえば戻してしまいそうだったからです。
彼は、初恋の人でした。
ぶっきらぼうで不器用なところもありましたが、優しい人でした。
目を瞑ればあの仲睦まじい光景が思い出されて、またも胸が苦しくなりました。
醜い心がまたも飛び出してしまいそうで、そんな自分も嫌でした。
どうして彼は私には笑いかけてくれなくなったのでしょうか。
どうして彼は私と話す時は嫌そうな顔をするのでしょうか。
どうして彼は彼女の所に行ってしまったのでしょうか。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして···
私が、悪かったのでしょうか。
もっと勉強を頑張れば良かったのでしょうか。
彼に見合う淑女になる努力をもっとすれば良かったのでしょうか。
笑顔の素敵な女性に、なれば良かったのでしょうか。
私には、わかりません。
───そしてふと、彼は私を必要としていないことに、やっと気がつきました。
気づきたくなどありませんでした。
けれど、今まで見て見ぬふりをし続けてきた自分の心は、やはり限界だったようです。
それは今までの私の思いと心が、砕け散るかのように私を襲いました。
思えば、彼は私ではない彼女とここ最近ずっといました。
自分の鈍さを痛感しました。
刃物がグサリと刺さったように胸が痛みました。
···気づけば、眠っていました。深く、深く眠っていました。
起きたくなど、ありませんでした。
こんなに自分が弱かったことなど気づきたくありませんでした。
私だけの彼への愛称だったそれを呼ぶ彼女と、それを受け入れる彼が憎くてたまりませんでした。
そしてそんなことを思っている自分も、嫌で嫌でたまりませんでした。
全て、忘れてしまいたかったです。
彼との小さな頃の思い出も、
彼との初めてのキスも、
彼と笑いあった日々も、
彼とコソコソ話をしたことも、
彼の恋人だったという事実も、
彼の隣には私ではない彼女がいた事も、
彼は私ではない彼女にだけ笑いかけるということも、
全て、すべて忘れてしまいたかったです。
全部無くなってしまえばいいと思いました。
───けれど、私の想いも虚しく、朝はやってきました。
侍女がいつもの様に私の着替えを手伝ってくれます。
それを虚ろな目で私は見ていました。
姿見に姿を表せば、そこには青白い顔をした女性が立っていました。
泣いて魘されるようにして眠った、私の顔です。
すごく、不細工でした。
食事の後にダンスパーティーの準備をするからと侍女にお風呂に入れられました。
いい香りのするお湯は、強ばった私の心を少しずつ溶かしてくれるようでした。
お風呂上がりのマッサージや髪の毛の手入れをされて、香油をたっぷり塗られました。
昨日のお陰で青白く不細工だった顔が、血色よくなった気がします。
侍女が手馴れた様子で髪の毛を結わえてくれます。
私の平凡な栗色の髪の毛が、綺麗に纏まりました。
童顔だと言われるこの顔が、少し大人っぽくなるようにうっすらと化粧を施してもらいます。
そうすれば、昨日のことなどなかったかのようにいつもの私がいました。
頬紅を加えたことで、青白かった顔が赤みを帯びていました。
ダンスパーティーの会場は王宮でした。皇太子主催の、パーティです。
多くのご令嬢が美しく着飾ってそこへ赴いてました。
キラキラと光り輝いている大きなシャンデリアと、たくさんの料理、耳障りのいい音楽が流れた大きく広い部屋で、それは開催されました。
皇太子様のお言葉から始まり、ゆったりとそれは始まりました。
エスコート役は、私にはいません。
いつもは彼が隣にいますが、今日は彼に会わないように早く来たからです。
昨日の今日で、平常な心で彼と顔を合わす自信がなかったのです。彼と顔を合わせてしまえば、私の中の醜い心が、口からとび出てしまいそうでした。
このパーティは運のいいことにエスコートなしで入場することを良しとしていました。皇太子様曰く、ただお遊びのような、娯楽のパーティとして今日のパーティを開催したそうです。
皆が踊り始めたのを合図に私は壁の花と化しました。
できる限りニッコリと笑みを浮かべながら、数曲を乗り越えました。
時たまダンスに誘われることもありましたが、失礼ながらお断りしました。
体調が優れないと嘘をつきました。
──そして数分後、少し場酔いした私はキラキラとした会場から抜け出そうと、ゆっくりと歩きだしました。
会場から抜け出して、やって来たのは広い庭園でした。
いつもは王族以外の入場は許されていないそこは、静かで、穏やかでした。
会場である王宮からは、こちらにまで賑やかな声が聞こえてきます。
夜風に当たりながらふうと息を吐けば、先程まで窮屈だった心が少し緩まったような気がしました。
「───っ?」
「───から···」
ふと、誰かの声が聞こえました。
それは聞き馴染みのない、初めて聞くものでした。
「···で、絞めればいいのか?」
「ああ、そうだ」
男が二人、そこにはいるようでした。低く、不快な声で話し合いをしている彼らは、どうやら私には気づいていないようです。
「気分が酔った王宮の中で、とは、なんともまあ」
「まあ、今日の仕事完了したら飲もうぜ」
「そうだなあ。カロリーナとか言うやつを殺すとか、この王宮では楽勝だろ」
「違いねぇ」
はっと男の言葉に悲鳴をあげてしまいそうでした。物騒な話をしていたからです。
それも、男達の話の中に出てきたそれにも、驚きました。
王宮の警備がどうなっているのかは分かりませんが、このような不審者を易々と入れるあたり、警戒は厳重ではないようです。
ドレスの裾に注意しながらゆっくりと後ずさります。
休憩などしている暇はありませんでした。
男達がどこかへ消えていくのと同時に私は走り出しました。
ドレスがぐちゃぐちゃに汚れてしまうのも構わずに、会場まで走りました。
淑女としてあるまじき行為だと言うことは理解しています。
彼がこんな私の姿を見たら、またも嫌そうな顔をすることは間違いないでしょう。
会場に入ると相変わらず皆は踊っていました。きらきらとしたシャンデリアも、音楽も、そのままでした。
息を整えながら会場を歩きます。
少し乱れた髪やドレスのスカートについた泥を見て、幾人が眉をひそめているのが見えましたが、そんなことどうでもよかったです。
私がある人を探して会場を歩いていると、目の前に彼がやって来ました。
彼は、私の一番会いたくない人でした。
目の前に彼がいるという現実が昨日のことをまたも思い出させて、震えて泣き叫んでしまいそうでした。
なんとかそれを表に出さないように固く笑みを浮かべて彼を見れば、彼は腕を組んで私を見下ろしていました。
不機嫌そうに眉を顰めているのは、あまりにも私の格好が滑稽だからでしょうか。
「その格好はどうした」
「···少し運動してましたの」
「もっと淑やかに出来ないのか?」
「···少し急用がありまして」
私がキョロキョロと目的の人を探していると、彼がまたも顔を顰めます。
「···なぜ、先に行った」
「···なんのことでしょうか」
「今日のパーティだ」
絞り出すように言う彼は、私から視線を反らします。
何を言い始めるかと思えば、どうやら私が彼と一緒にパーティに赴かなかったことが気に食わないようです。
少し、困りました。表情にも出てしまったと思います。
けれど誰が、言えるでしょうか。
彼と彼女の中に嫉妬した、と。
そんな幼稚な理由で先に行った、と。
「···てっきり彼女と行くと思って」
つい刺々しい言い方で彼に言葉を発してしまった自分が情けないです。
けれど、彼は彼女のことが好きなのですから当たり前ではないですか。
ここは私から身を引いた方がいいのだと思うのです。
じくじくと痛む心は気づかぬ振りをして。
「彼女?彼女は···」
ふと、彼の背後で怪しい動きをしたものが見えました。
──あの、男達です。顔ははっきりとは見えませんでしたが、そう確信させる何かがありました。
私は彼が何かを言いかけている時に駆け出しました。
彼が私の手を掴もうとするのが視界の端に写りました。けれどそれも構わず私は走ります。
他の令嬢方や令息方が私を嘲笑うかのようにこちらを見ています。
でも私はそれを気にせずに重いドレスを引きずりながら走りました。
目的の場所は、あの方のところです。
あの方の───
「王女様っ!」
王女様の前に立ちはだかるようにして割込めば、ブスりと何かが私の中に突き刺さる音がしたような気がしました。
それは冷え切ったように冷たい、鋭利な刃物でした。
私にそれが遮られたことで慌てふためく男達が面白いです。
王女様の殺害計画が私によって狂ったことを悟ったのでしょう。
不思議と痛みがないまま、ドレスに赤いシミができていました。
それを私は、ぼーっと眺めていることしか出来ませんでした。
どんどん溢れる私のそれは、真っ赤でとても、綺麗で···
「シャーリー!」
なぜだか焦ったような彼の声が聞こえてきました。
あの方の最愛の彼女の声も聞こえるような気がします。
彼の最愛の人、カロリーナ様。
この国の王女であり、美しく可愛らしい彼女は私の恋人だった彼の、最愛の人で、
あの日に街で見かけた彼らは誰が見ても仲睦まじい様子で、お似合いでした。
なんの特徴もない私なんかよりもずっと二人はキラキラとしていて、
そんな彼の、最愛の人を守れたことを嬉しく思います。
そして私のこれが、彼の、彼女のトラウマになってしまえばいいと思いました。
相変わらず卑怯で、最悪な自分に笑ってしまいたくなりました。
憎くて憎くて、
彼女と一緒に楽しそうに歩いていた彼が、
私と話す度に不機嫌そうにする彼が、
憎くてたまりませんでした。
───愛しくてたまりませんでした。
ふと、視界がぼやけてきます。
涙が···出ているのでしょうか。
生温かいそれが、私の頬を伝っていきます。
───彼の泣きそうに必死な顔が、最期に私の視界に写りました。
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