主さん、ほんに、おさらばえ〜初恋に敗れた花魁、遊廓一の遊び人の深愛に溺れる

湊未来

文字の大きさ
23 / 24
番外編

雛菊の心

しおりを挟む
 勝手知ったる玉屋。宗介はトントンと軽快に階段を登ると二階の廊下を奥へ奥へと歩いていく。
 遊女の稼ぎ時、真っ只中の玉屋の二階の廊下は料理の乗った台物を運ぶ仕出し屋から、酔っ払って千鳥足の客に肩をかす若い衆、そして客を案内する回し番と、ごたごたと賑わっている。
 それでも道すがらに宗介の存在に気づいた者は、道を開け丁寧に頭を下げるあたり、玉屋の客に対する教育は行き届いているのだろう。さすが、吉原遊廓の一、二を競う大店と言える。
 その玉屋の中でも花魁と呼ばれる遊女の扱いは別格である。しかも玉屋一の売り上げを誇る雛菊は持ち部屋を三つも与えられている。他に類をみない待遇ではある。
 宗介も雛菊を待つ間、いつもの持ち部屋へと案内されたが、待てど暮らせど来ない雛菊にしびれを切らし、暇つぶしに銀次の番頭部屋へと向かったのだった。

 袂から腕を抜いた着流し姿は、ざんばら髪の宗介だからこそ似合う粋な格好だ。今も行き違った遊女が惚けた顔してすれ違い様に視線を送っている。
 しかし、宗介がその遊女に視線を投げることはない。

(さて、じじいと消えてから三時間。そろそろ解放してもいい頃合いだよなぁ)

 宗介は頭の中で雛菊奪還作戦をあれこれと考えながら、廊下を奥へ奥へと進む。そして、廊下の突き当たり、菊の紋様が描かれた襖を前に一呼吸おくと取手に手をかけた。

「大旦那さま、あっちの勝ちでありんすね」
「ほぉぉ、八勝一敗。わしに、囲碁で一勝でもしたら解放する約束だったね」

 座敷の中から聞こえる雛菊の声に、宗介は取手にかけた手を止める。

(じじいも大人気おとなげねぇなぁ)
 
 どうやら、二人は雛菊の自由を賭け、勝負をしていたようだ。しかも、大旦那の趣味の囲碁での勝負とは、はなから大旦那は雛菊に勝たせるつもりはなかったのだろう。
 しかし、雛菊も負けるとわかっていながら勝負にのってやるとは人がいい。

 宗介は、大旦那の無理難題に困り顔を見せたであろう雛菊を想像し、小さく吹き出す。思ったより響いた笑い声に慌てて口元をおさえ座敷の様子に耳をすませば、中の二人が宗介の存在に気づいている様子はない。

「では大旦那さま、あっちは失礼させていただきんす」
「まぁまぁ、慌てなさんな。寂しい年寄りの唯一の楽しみなんじゃ。一杯でいい、付き合ってくれんかのぉ?」
「大旦那さま……、では一杯だけ」

 雛菊の返事に宗介は天を仰ぐ。本当、人がいいというか、なんというか。
 あの狸じじいの策にまんまと嵌りやがって。今頃、心の中でほくそ笑んでいることだろうよ。

 三時間も待たされた宗介の我慢も限界を迎えようとしていた。
 今度こそ座敷に立ち入るため、襖の取手にかけた指に力を込めた時だった。中から聞こえた雛菊と大旦那の会話に宗介は息をのんだ。

「雛菊や、おまえにしては珍しいのぉ。銀のかんざしとは」
「あぁ、これでありんすね」
「しかし、形がだいぶ古いようではないか。新しい銀のかんざしを贈ろうかい」
「大旦那さま、ありがとうござりんす。ただ……、銀のかんざしは、あっちの心でございやす。これ以外の銀のかんざしは刺さないと心に決めておりんす。申し訳ありんせん」
「ほっほっほ、そうかい、そうかい。今の雛菊の言葉聞いたかい、宗介や」
「えっ……!? 宗介さま?」

 ちっ! しまらねぇなぁ、クソじじいが!

 宗介の存在に気づいていた大旦那の言葉に舌打ちをし、襖をパンっと開ける。

「おい、クソじじい! さっさと、雛菊を放しやがれ!!」

 座敷へと乱入した宗介が威勢よく悪態をついたのは、雛菊の言葉に赤くなった顔を誤魔化すため。そんな宗介の態度も想像の範疇だったのか、好々爺のように笑み崩れる大旦那の顔を見た宗介の機嫌は急降下していく。

「宗介も……、まだまだ青いのぉ」
「うるせぇ!!」
「きゃ!? そ、宗介さま……、待って!!」

 座敷へと乱入した宗介は囲碁盤を蹴倒す勢いで雛菊の前へと歩みを進めると問答無用で彼女を抱き上げた。

「ちょ、ちょっと……、待ってくんなんし!!」
「もう充分に待った。これ以上は待てねぇ!」
「短気な男は嫌われるぞ、宗介や」
「ふん! 嫌われたって、逃すつもりはねぇよ、クソじじい」
「ほっほっほっ、さて……、邪魔者は退散するかのぉ。また来るよ、雛菊」
「さっさと、帰ぇれ、帰ぇれ。つぅか、もう来んな!」

 悪態にも動じず、のんびりと茶をすする大旦那に背をむけた宗介は、焦る雛菊を抱きかかえ座敷を飛び出した。

 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

罰ゲームで告白されたはずなのに、再会した元カレがヤンデレ化していたのですが

星咲ユキノ
恋愛
三原菜々香(25)は、初恋相手に罰ゲームで告白されたトラウマのせいで、恋愛に消極的になっていた。ある日、職場の先輩に連れていかれた合コンで、その初恋相手の吉川遥希(25)と再会するが、何故かヤンデレ化していて…。 1話完結です。 遥希視点、追記しました。(2025.1.20) ムーンライトノベルズにも掲載しています。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...