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第3章
半信半疑
しおりを挟むさて、どうしたものか……
多勢に無勢。正面切って打つかるのは余りにも悪手だ。
(やはり、あのヒョロ男どちらかの脇腹に短剣を突き刺し、怯んだ所を体当たりして道を作るしかない。まさかアイツらも私が短剣を持っているなんて思わないだろう)
チャンスは一度きり。
背中に隠し持った短剣の柄を強く握り締めたアイシャは、狙いを定めヒョロ男を見据え走り出した。
♢
「いやぁぁぁぁ!!!!」
空虚な空に、アイシャの叫び声が響き渡る。
懐に飛び込むと同時に、ヒョロ男の脇腹目掛け短剣を突き出したアイシャだったが、ヒョロ男に短剣を持った腕をいとも簡単に掴まれ、上へと捻り上げられてしまった。
アイシャの口から苦痛の叫び声がもれる。
「危ねぇ、危ねぇ……、普通の嬢ちゃんじゃねぇって、聞かされた時はまさかと思ったが、短剣仕込んでいるなんてなぁ。知らなかったら、斬り付けられてたわ」
「あぁぁぁ……」
捻り上げられた手首が悲鳴をあげ、握っていた短剣が地面へと落ち転がる。
(こんなヒョロ男に何でこんな力があるのよぉ)
頭上に捻り上げられた手を更に上へと持ち上げられたアイシャは、足のつま先が地面を離れ宙に吊り上げられてしまう。そして、次の瞬間には、宙へと投げられ、背中から地面へと叩きつけられていた。
「――――っ、かはっ!!」
地面へと叩きつけられた反動で、肺が上手く呼吸をしない。捻り上げられた手も、打ちつけられた背中も、全身が痛みに悲鳴をあげる。ヒョロ男に投げられた時に、地面を転がり、足も手も剃り傷が出来、ジクジクと痛みを訴える。
「おいおい、あんまり手荒に扱うなよ。一応これでも、お貴族様だろう」
「はぁ? 俺達にコイツをめちゃめちゃにするように依頼したのも、お貴族様だろうよ」
「お前も可哀想だよな。女の嫉妬は怖いよなぁ~。お貴族様は自分達の手は汚さずに、俺達みたいなゴロツキを顎で使う」
コイツらは誰かの依頼を受けて私を襲ったとでも言うの?
グレイスとリアムらしき男が、アイシャの目の前に現れた状況から考えても、この男達を雇ったのはグレイス。いや、リアムの可能性もある。
(本当、馬鹿みたい。まんまと罠に嵌るなんて)
辺りを見回し、逃げ道を必死に探すアイシャだったが、人の気配がない建物に狭い路地、もちろん辺りには誰もいない。絶望的な状況に、焦りだけがせり上がり、息苦しさすら感じる。そんなアイシャを嘲笑うかのように、落ちていた短剣を男が拾い上げ、ゆっくりと近づいて来る。
「まぁ、命まで奪わんさ。ただし、あんたが協力してくれればの話だが。抵抗すれば、この短剣を持つ手が滑るかもしれないなぁ。大人しくしていたら、良い思いもさせてやるよ。俺たちの気分が乗ればな」
こんな男達の好きに扱われるなんて、絶対に嫌よ! どうにか、逃げる手立てを考えなくちゃ。
従順なフリをして、油断した所を急所を蹴り上げ逃げるか。それだと一人は倒せても、残り二人を倒すことは不可能だ。こんな事になるなら、剣だけではなく、護身術も習っておくべきだった。
アイシャは近づいて来る男を見据え、ずり下がるが逃げ道なんてない。
今さら、己の迂闊な行動を悔やんだところで仕方ない。
万事休すか……
絶望的な状況にあきらめかけた時、脇道から一人の男がフラッと出て来て、アイシャへと向かい歩いて来る。目深に帽子を被っているため、表情までは分からない。しかし、その男はしっかりとした足取りでアイシャへと近づいてくる。まるで、彼女自身が目的であるかのように真っ直ぐと。
(アイツらの仲間ってこと、ないわよねぇ?)
わずかな希望と、胸に巣くった大きな不安がせめぎ合い、アイシャの喉がゴクリっと鳴る。アイシャを卑下た笑みを浮かべ見据えている男達は、背後からゆっくりと近づいて来る男に気づかない。
敵なのか味方なのか、様子を伺うしかないと思った瞬間、突如帽子の男が走り出し、一番近くにいた巨漢男に足払いをかけ倒すと、低い姿勢のままヒョロ男のわき腹目掛けてパンチを繰り出す。余程深く入ったのか腹を抱え苦悶の表情を浮かべた男が膝から崩れ落ちる。そこを、間髪いれずに、くず折れた男の顔面を蹴り上げ、その横で起き上がろうとしていた巨漢男の首を抱えると、捻りあげた。首があらぬ方向へと曲がり、息が出来ないのか巨漢男は白目をむき、泡を噴いてそのまま倒れた。
二人が倒されるまでにわずか数分。華麗な攻撃に、アイシャは自身の状況も忘れ見入っていた。
目の前のヒョロ男も、この時になり、ようやく異変に気づいた。背後を振り向き、仲間二人が倒れているのを見て顔色が変わる。瞬時に、帽子の男との実力差を感じたのだろう。
「――――っひっ!!」
アイシャが気づいた時には、ヒョロ男に羽交い締めにされ、首元に短剣の刃を当てられていた。
「……こ、この女がどうなってもいいのか? 一歩でも近づいてみろ。こ、殺すぞ!!」
アイシャを羽交い締めにしたヒョロ男は、アイシャを引きずりながら、帽子男と距離をとる。
「その女性に少しでも傷をつけてみろ……、殺す!!」
目の前の帽子の男の殺気が膨れ上がる。
羽交い締めにしているヒョロ男の手が小刻みに震え出す。実力差は明らかだが、今なら逃げられるかもしれない。
ヒョロ男の腹目掛け、アイシャは力一杯、肘鉄を喰らわせた。
短剣を持ったヒョロ男の手が、突然の攻撃に驚き、短剣を取り落とす。その一瞬の隙を逃さず、無我夢中で暴れヒョロ男の腕から逃れたアイシャは、帽子男の方へ駆け出す。
帽子男とすれ違い、振り向いた時には決着がついていた。アイシャを羽交い締めにしていたヒョロ男は脇腹から血を流し、倒れていた。
帽子が地面を転がり、赤髪が風になびく。
「――――っ嘘……、リアムなの……」
倒れたヒョロ男の脇に立ち、アイシャの短剣を握っていたのは、紛れもなくリアムだった。
(なぜ、貴方が私を助けるのよ……)
短剣を持つリアムと視線が絡み合う。
アイシャは、目の前の光景が信じられず、茫然自失のまま立ち尽くす。
――――貴方は私を捨てたはずじゃなかったの?
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