前世腐女子、今世でイケメン攻略対象者二人から溺愛されるなんて聞いてません!

湊未来

文字の大きさ
73 / 93
幕間

セス・ランバンの思惑

しおりを挟む

「何なのよ!! あの女は!!!!  私はこの世界のヒロインよ! モブでもないくせに……、キースもリアムも、私を差し置いて、アイシャ、アイシャって!!  あぁぁぁぁ、ムカつく!!!!」

 部屋から聴こえてくるグレイスの金切り声に、セスの口元に浮かんだ笑みが深くなる。

(どうやら、計画は上手くいっているようだ)

 もうすぐ己の手の中へと堕ちてくるであろう少女のことを思えば、セスの笑いは止まらない。漏れそうになる笑いを堪え、荒れ狂うグレイスの奇行を影からつぶさに観察する。

 ドンファン伯爵といい、グレイスといい、血の繋がりはないはずなのに、どこか似たところを感じるのは、二人が根っからの悪だからなのだろうか。

 王城から遣わされた使者がもたらした命令書に、荒れ狂ったドンファン伯爵の奇行を思い出し、セスはそんなことを考える。

(王太子殿下も、酷なことをなさる)

 真の主人あるじである王太子の顔を頭に思い浮かべ、苦笑をもらす。

 セスがドンファン伯爵家で執事見習いとして働きだしたのには、ある特殊な経緯がある。ランバン子爵家の長子であるセスは、伯爵家如きの執事として働く必要など全くないのだが、ランバン子爵家は、一般的な子爵家とは立場が異なる。

 ランバン子爵家は王家の諜報活動を一手に担う、裏の顔を持つ。もちろん、王家にはお抱えの諜報部隊も存在するが、時の王がランバン子爵家当主と『血の契約』を交わす事でのみ得られる情報は、多岐に渡り、治世をも左右する力があると言われている。
 
 しかし、ランバン子爵家当主は、主人あるじとなる王を、仕えるに足る者として認めなければ、『血の契約』を交わす必要はない。代々の当主の中には、時代の王と契約を交わさなかった者もいるらしい。その時の王は、ランバン子爵家に見捨てられ、早々に失脚したと伝えられている。

 情報を制する者が、世界を制す。それを示す良い教訓でもある。

 セスは、王命にて、ドンファン伯爵家へ執事として潜入し、内部情報を探るよう、当主である父から命じられていた。昔から黒い噂の絶えないドンファン伯爵の弱味を握り、奴を手駒とするための布石を打つ潜入だった。長子として、次期ランバン子爵としての力を試すための任務でもあったのだろう。
 
 執事見習いとして潜入し、着実にドンファン伯爵の信頼を得ていったセスは、裏界隈のボスとの伝令役を頼まれるまでになっていた。あれから数年が経ち、執事見習いからドンファン伯爵家を取り仕切る執事へと昇格した頃、ある小さな村に住むグレイスという少女が『白き魔女』かもしれないという情報を耳にした。

 伝説的な白き魔女の噂など眉つばモノだと思い、放置していたセスだったが、何処で耳にしたのかドンファン伯爵が、彼女を養女にすると騒ぎ出した。噂の真相がどうであれ、ドンファン伯爵にとっては、利用価値のある良い獲物だったのだろう。グレイスという少女が、奴の毒牙にかかろうと所詮は他人事。あの時までは、憐れな少女に何の感情も抱いていなかった。

――――そう、ドンファン伯爵と共に訪れた小さな村で、グレイスに出会うまでは。

 グレイスを見て衝撃を受けた。ピンクブロンドの髪に、エメラルド色の瞳の少女は、みすぼらしい格好をしているにもかかわらず、絵画の中から飛び出してきた女神かと見紛うほどに美しかった。

 一目惚れだった。

 ドンファン伯爵の卑しい笑みに晒されて、エメラルド色の瞳が不安で揺れる。母親らしき女の影に隠れ、今にも泣き出しそうな顔でドンファン伯爵を見つめるグレイスの姿を目で捉えた時、セスは二度目の衝撃に襲われた。

 あぁぁぁぁ、あの少女を支配したい……

 セスの中の凶器が、目を覚ました瞬間だった。

 『愛と凶器は紙一重』か……
 もうすぐ、グレイスの恐怖に歪む顔を見ることが出来る。

 信頼していた私に裏切られたと知った時、彼女は私を詰るのだろうか?
 私に囚われ、一生私だけに支配されると知った時、彼女は恐怖に怯えるのだろうか?

 ノア王太子と『血の契約』を交わした。グレイスの人生をもらい受ける代わりに……

 あの男は、狡猾な側面を持つ。ウェスト侯爵家のリアムがリンベル伯爵家のアイシャに想いを寄せているのを利用して、グレイスの白き魔女としての真価を探るためだけに、グレイスの婚約者に据えた。

 グレイスへの執着をノア王太子が知っていたかどうかは分からない。しかし、結果として奴は『血の契約』を結ぶことに成功した。

(王になるには、運も必要か……)

 あの男は、次期王としての狡猾さも、運の強さも兼ね備えている。この国の未来は安泰だろう。しかし、ノア王太子の黒く濁ったあの瞳は、己の欲と同類のモノ。あの瞳の奥に見え隠れするモノは、醜い嫉妬心と支配欲。奴もまた、こちら側の人間だということだ。

――――手に入らないなら壊して仕舞えばいい。

 そんな欲望が見え隠れする狂気的な瞳。果たして、あの瞳を向けられているのは誰なのか。

(まぁ、グレイスさえ手に入れば、ノア王太子の治世がどうなろうと、私には関係ない)

 怒り狂っていたグレイスを思い出し、笑いが込み上げてくる。
 
 アイシャが一人で町に出掛ける日時を掴み、その情報をグレイスに流した。奇しくも、裏界隈のボスとリアムが密会する日と重なるなんて、運命の悪戯としか言いようがない。

 グレイスの怒り狂った叫び声を聞く限りだと、アイシャをゴロツキに襲わせる計画は失敗したようだ。もしかしたら、リアムかナイトレイ侯爵家のキース当たりが助けに入ったのかもしれない。

 アイシャにも色々と影の者がついているようだし、グレイスが考える計画など、所詮は穴だらけ。上手く行くはずもない。

 さて、今後グレイスの立場は着実に悪くなって行くだろう。ドンファン伯爵の命も風前の灯火だ。

 あとは、転落したグレイスが、己の手の中へと堕ちてくるのを待つのみ。

『チリンチリン』

 グレイスがセスを呼ぶベルの音が、静まり返った廊下に響く。

(今は忠実な執事を演じてあげよう。貴方が、私の手に堕ちるまでは……)

 今後の展開を想像し、黒い笑みを浮かべたセスは、グレイスの部屋の扉をノックした。


しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

処理中です...