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獣と化す夜
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獲物を前に舌なめずりする獣の如く残忍な色を瞳に宿し、目の前の男がにじり寄る。その男の顔をシンシアは知っていた。
エクレシア中央教会の門扉を守る聖騎士の一人――蛇のように絡みつくあの視線をシンシアは、忘れられなかった。その男が、目の前にいる。全身を駆け巡る悪寒に震えだす。
「お前を見たときから目をつけてたんだ。エリシエル神の彫像を睨みつける女なんて、そうそういない。あの顔が屈辱に歪む。愉快でたまらないね。大人しくしていれば、少しは気持ちよくしてやらぁ」
ずりずりと後ろへと逃げるが、狭い車内では限界がある。あっという間に背中は側面にあたり、それ以上逃げられなくなる。
焦るシンシアを弄ぶかのように、足首をつかまれ引き戻されてしまえば、抵抗むなしく男の腕に囚われるしかない。
「いや、離しなさい!! あなた達に神エリシエルへの信仰心はないの!? エリシエルは慈愛の神。こんな強姦まがいの行為、許されるはずない」
「強姦まがいの行為? 笑わせる。オメガを性搾取する教会に、そんな倫理観があるわけねぇだろう。なぁ、知っているか? 教会の管理下に置かれたオメガの末路を?」
クツクツと笑いながら、シンシアに馬乗りになった男の狂気が牙をむく。
「オメガはな、教会関係者の慰みものになるんだよ。薄暗い地下牢に入れられ、一生搾取され続ける。もちろん貴族だろうと関係ない」
父の言っていたことは本当だった。
オメガと断定され教会の管理下に置かれたら最後、搾取され続ける人生から抜け出すことは出来ないのだ。
「あんまりよ……あんまりだわ。あなた達は人間なんかじゃない。人の皮をかぶった獣よ!!」
「ははっ! 獣だって? お前こそ、獣に堕ちるんだよ。精を欲しがり咆哮をあげる、獣にな」
ははは、と高らかに笑う男にとって自分は性の対象でしかない。そこに人間の尊厳を尊重する意思はないのだ。
「おしゃべりはこれくらいにしようか。どうせ搾取される日々が始まるんだ。お前も楽しめばいい」
「いや……いやぁぁぁ、やめて!!!!」
ビリっと派手な音をあげ首元を覆うレースが裂け、目の前の男が首筋に喰らいつく。ねっとりと伝う舌に怖気が走る。
「あぁぁぁ、いい。甘い香りがする。たまんねなぁ……噛み切りたくなる」
恍惚とした表情を浮かべ首筋を甘噛みする男の存在に、肌は粟立ち、恐怖で身体が強張っていく。それでも男との距離を取ろうと抵抗するが力の差は歴然、かえって己を窮地に追い込むだけだった。
このまま、犯されてしまうの?
こんな下衆な男に弄ばれ、尊厳を踏みにじられ、ボロボロにされてしまうの?
――そんなの、嫌だ!!
誰でもいい。……誰か、誰か、助けて!!!!
ガタン、と大きな衝撃が走り、地面が揺れたと感じた次の瞬間、身体にのしかかっていた重みが消えた。
男が消えている。
身体を弄んでいた男が消えているのだ。
――何が、起こったのか理解できない。
身体を起こし、開け放たれた扉の先に見た光景に息をのんだ。
今まさに、自分を貪っていた男の首が跳ね飛び、崩れ落ちる瞬間が目に飛び込む。
そして、剣を持ち佇む黒髪の男――彼の後ろ姿を、シンシアはよく知っていた。
うそよ。そんなはずない。
だって……彼は、今、王城にいるのだから。
現実を受け入れたくない。
受け入れてしまえば、心を保つことができない。
シンシアは逃げるように、俯きギュッと目をつぶる。ブルブルと震える手は助かった安堵からなのか、それとも怒りなのか。――それすらも、わからない。
意思とは関係なく流れ出した涙に、感情が制御できない。しかし、無情にもザクザクと足を踏み鳴らし、近づいてくる音が響いてくる。
逃げなければと思えば思うほどに、身体は言うことを聞いてくれない。
「シンシア・ノクスフェル子爵令嬢か?」
彼の問いに答えられない。――いいや、答えたくないのだ。
冷たくも、澄んだ低い声。
何度も、何度も聞いた彼の声を忘れるなんて出来なかった。
ダレン――どうして、あなたなの。
その答えを教えてくれる者は誰もいない。
頭では、回帰前とは違うと理解している。
彼がシンシアのことを覚えているなんてこと、あるはずないとわかっている。
――でも、心が納得しない。
自分を裏切った過去のダレンも、シンシアという存在を覚えてもいない今のダレンも許せない。
でも、こんなにも心は……
ダレン――、あなたを求めている。
出会いたくなんてなかった。あなたを恨むことが出来たら、どんなに楽か。
どうか、この場から立ち去ってほしい。
答えないシンシアに呆れ、部下にでも後始末を頼めばいい。
しかし、願いも虚しく、ダレンがシンシアの前から立ち去ることはなかった。
見たくない。
一度でも、彼の顔を見てしまえば荒れ狂う心を、もう抑えられない。
シンシアは現実から逃れるように床板にうずくまり身を小さく丸める。そんなことでしか彼から逃げる術がない自分が愚かで惨めで仕方がなかった。
唯一の救いはシンシアの身体を隠すように被せられたマントだろうか。
これで、ダレンの姿を見なくても済む。そう思う反面、マントから香った懐かしい匂いに心が切ないほどに痛んだ。
深い森を思わせる針葉樹の香りの中に混ざる柑橘の爽やかな香り。この匂いが大好きだった。
まるでダレンに抱きしめられているかのような錯覚に涙が止まらない。
しかし――それは、偽りでしかない。
マントから逃れようと身動きした瞬間。
針葉樹を思わせる香りの中にわずかに香った獰猛な"匂い"に身体が震えた。
本能を揺さぶるようなその香りにドクンっと身体の奥深くが弾け、狂おしいまでの熱が肌を焦がす。荒い呼吸を繰り返すたびに、鋭く、深く、身体の奥深くまで香りに満たされ理性がとろけていく。
「ひぃ……はぁぁ、あぁ……」
自分の身体の変化が理解できない。
そんなシンシアの心を置き去りに、本能が身体の変化を受け入れろとそそのかす。
掻きむしりたくなるような熱も、痛いくらいに疾駆する鼓動も、変化を受け入れさえすれば楽になるのだろうか。
呼吸をするたびに漏れ聞こえる声は、自分のものとは思えないほどに甘く切ない色をまとう。マントをギュッと握った手は汗ばみ震え、身体の変化に耐えることで精一杯だった。
馬車内に床板を踏む靴音が響く。
初めての身体の変化に戸惑うシンシアには、扉が閉められる音さえも聞こえてはいなかった。
「シンシア……辛いのか?」
グイッと身体を持ち上げられ、マントが落ちる。
同時に香った濃密な香りに本能が歓喜の叫びをあげた。
涙でにじむ視界でも至近距離で見下ろされてしまえば、嫌でもダレンと視線が絡む。
獰猛な獣の色を宿した瞳の奥に確かな欲望を読み取り、シンシアの喉がゴクリと鳴った。
ゆっくりと重なった唇の熱に本能が満たされていく。しかし、満たされたと感じた次の瞬間にはさらなる欲を求め身体が疼き出す。
際限なく膨らみ続ける欲望のトリガーは何なのか。その答えをシンシアは本能的に理解していた。
ダレンから発せられるむせ返るような獣の"匂い"が、シンシアの理性を奪う。
「逃げようとしても無駄だ。一度、発情したオメガは、ここを満たしてもらわねば、その熱は治らない」
「ひっ!? やぁぁぁ!!」
真っ白なドレスの上から下腹部を弄られ、シンシアは喉をのけぞらせ叫声を放つ。その甘やかな叫びにダレンの身体もビクッと揺れ呼吸が荒くなった。しかし、初心なシンシアが彼の反応の意味に気づくことはない。
「シンシア、君の熱を抑えることが出来るのは俺だけだ。身をゆだねろ」
耳元でささやかれる言葉が甘い毒となりシンシアの身体を蝕んでいく。しかし、わずかに残った理性がダレンの言葉を受け入れるなと叫ぶ。
ダレンの言葉を受け入れたら最後、私は私ではなくなってしまう。
過去の裏切られた自分だけが、とろけそうになる理性を繋ぎ止める最後の砦だった。
「シンシア……今、楽にしてやる。君を苦しませるものは、全部――俺が、奪う」
その言葉は、祈りのように甘く、毒のように深く心の砦を壊し、身体を蝕んでいった。
エクレシア中央教会の門扉を守る聖騎士の一人――蛇のように絡みつくあの視線をシンシアは、忘れられなかった。その男が、目の前にいる。全身を駆け巡る悪寒に震えだす。
「お前を見たときから目をつけてたんだ。エリシエル神の彫像を睨みつける女なんて、そうそういない。あの顔が屈辱に歪む。愉快でたまらないね。大人しくしていれば、少しは気持ちよくしてやらぁ」
ずりずりと後ろへと逃げるが、狭い車内では限界がある。あっという間に背中は側面にあたり、それ以上逃げられなくなる。
焦るシンシアを弄ぶかのように、足首をつかまれ引き戻されてしまえば、抵抗むなしく男の腕に囚われるしかない。
「いや、離しなさい!! あなた達に神エリシエルへの信仰心はないの!? エリシエルは慈愛の神。こんな強姦まがいの行為、許されるはずない」
「強姦まがいの行為? 笑わせる。オメガを性搾取する教会に、そんな倫理観があるわけねぇだろう。なぁ、知っているか? 教会の管理下に置かれたオメガの末路を?」
クツクツと笑いながら、シンシアに馬乗りになった男の狂気が牙をむく。
「オメガはな、教会関係者の慰みものになるんだよ。薄暗い地下牢に入れられ、一生搾取され続ける。もちろん貴族だろうと関係ない」
父の言っていたことは本当だった。
オメガと断定され教会の管理下に置かれたら最後、搾取され続ける人生から抜け出すことは出来ないのだ。
「あんまりよ……あんまりだわ。あなた達は人間なんかじゃない。人の皮をかぶった獣よ!!」
「ははっ! 獣だって? お前こそ、獣に堕ちるんだよ。精を欲しがり咆哮をあげる、獣にな」
ははは、と高らかに笑う男にとって自分は性の対象でしかない。そこに人間の尊厳を尊重する意思はないのだ。
「おしゃべりはこれくらいにしようか。どうせ搾取される日々が始まるんだ。お前も楽しめばいい」
「いや……いやぁぁぁ、やめて!!!!」
ビリっと派手な音をあげ首元を覆うレースが裂け、目の前の男が首筋に喰らいつく。ねっとりと伝う舌に怖気が走る。
「あぁぁぁ、いい。甘い香りがする。たまんねなぁ……噛み切りたくなる」
恍惚とした表情を浮かべ首筋を甘噛みする男の存在に、肌は粟立ち、恐怖で身体が強張っていく。それでも男との距離を取ろうと抵抗するが力の差は歴然、かえって己を窮地に追い込むだけだった。
このまま、犯されてしまうの?
こんな下衆な男に弄ばれ、尊厳を踏みにじられ、ボロボロにされてしまうの?
――そんなの、嫌だ!!
誰でもいい。……誰か、誰か、助けて!!!!
ガタン、と大きな衝撃が走り、地面が揺れたと感じた次の瞬間、身体にのしかかっていた重みが消えた。
男が消えている。
身体を弄んでいた男が消えているのだ。
――何が、起こったのか理解できない。
身体を起こし、開け放たれた扉の先に見た光景に息をのんだ。
今まさに、自分を貪っていた男の首が跳ね飛び、崩れ落ちる瞬間が目に飛び込む。
そして、剣を持ち佇む黒髪の男――彼の後ろ姿を、シンシアはよく知っていた。
うそよ。そんなはずない。
だって……彼は、今、王城にいるのだから。
現実を受け入れたくない。
受け入れてしまえば、心を保つことができない。
シンシアは逃げるように、俯きギュッと目をつぶる。ブルブルと震える手は助かった安堵からなのか、それとも怒りなのか。――それすらも、わからない。
意思とは関係なく流れ出した涙に、感情が制御できない。しかし、無情にもザクザクと足を踏み鳴らし、近づいてくる音が響いてくる。
逃げなければと思えば思うほどに、身体は言うことを聞いてくれない。
「シンシア・ノクスフェル子爵令嬢か?」
彼の問いに答えられない。――いいや、答えたくないのだ。
冷たくも、澄んだ低い声。
何度も、何度も聞いた彼の声を忘れるなんて出来なかった。
ダレン――どうして、あなたなの。
その答えを教えてくれる者は誰もいない。
頭では、回帰前とは違うと理解している。
彼がシンシアのことを覚えているなんてこと、あるはずないとわかっている。
――でも、心が納得しない。
自分を裏切った過去のダレンも、シンシアという存在を覚えてもいない今のダレンも許せない。
でも、こんなにも心は……
ダレン――、あなたを求めている。
出会いたくなんてなかった。あなたを恨むことが出来たら、どんなに楽か。
どうか、この場から立ち去ってほしい。
答えないシンシアに呆れ、部下にでも後始末を頼めばいい。
しかし、願いも虚しく、ダレンがシンシアの前から立ち去ることはなかった。
見たくない。
一度でも、彼の顔を見てしまえば荒れ狂う心を、もう抑えられない。
シンシアは現実から逃れるように床板にうずくまり身を小さく丸める。そんなことでしか彼から逃げる術がない自分が愚かで惨めで仕方がなかった。
唯一の救いはシンシアの身体を隠すように被せられたマントだろうか。
これで、ダレンの姿を見なくても済む。そう思う反面、マントから香った懐かしい匂いに心が切ないほどに痛んだ。
深い森を思わせる針葉樹の香りの中に混ざる柑橘の爽やかな香り。この匂いが大好きだった。
まるでダレンに抱きしめられているかのような錯覚に涙が止まらない。
しかし――それは、偽りでしかない。
マントから逃れようと身動きした瞬間。
針葉樹を思わせる香りの中にわずかに香った獰猛な"匂い"に身体が震えた。
本能を揺さぶるようなその香りにドクンっと身体の奥深くが弾け、狂おしいまでの熱が肌を焦がす。荒い呼吸を繰り返すたびに、鋭く、深く、身体の奥深くまで香りに満たされ理性がとろけていく。
「ひぃ……はぁぁ、あぁ……」
自分の身体の変化が理解できない。
そんなシンシアの心を置き去りに、本能が身体の変化を受け入れろとそそのかす。
掻きむしりたくなるような熱も、痛いくらいに疾駆する鼓動も、変化を受け入れさえすれば楽になるのだろうか。
呼吸をするたびに漏れ聞こえる声は、自分のものとは思えないほどに甘く切ない色をまとう。マントをギュッと握った手は汗ばみ震え、身体の変化に耐えることで精一杯だった。
馬車内に床板を踏む靴音が響く。
初めての身体の変化に戸惑うシンシアには、扉が閉められる音さえも聞こえてはいなかった。
「シンシア……辛いのか?」
グイッと身体を持ち上げられ、マントが落ちる。
同時に香った濃密な香りに本能が歓喜の叫びをあげた。
涙でにじむ視界でも至近距離で見下ろされてしまえば、嫌でもダレンと視線が絡む。
獰猛な獣の色を宿した瞳の奥に確かな欲望を読み取り、シンシアの喉がゴクリと鳴った。
ゆっくりと重なった唇の熱に本能が満たされていく。しかし、満たされたと感じた次の瞬間にはさらなる欲を求め身体が疼き出す。
際限なく膨らみ続ける欲望のトリガーは何なのか。その答えをシンシアは本能的に理解していた。
ダレンから発せられるむせ返るような獣の"匂い"が、シンシアの理性を奪う。
「逃げようとしても無駄だ。一度、発情したオメガは、ここを満たしてもらわねば、その熱は治らない」
「ひっ!? やぁぁぁ!!」
真っ白なドレスの上から下腹部を弄られ、シンシアは喉をのけぞらせ叫声を放つ。その甘やかな叫びにダレンの身体もビクッと揺れ呼吸が荒くなった。しかし、初心なシンシアが彼の反応の意味に気づくことはない。
「シンシア、君の熱を抑えることが出来るのは俺だけだ。身をゆだねろ」
耳元でささやかれる言葉が甘い毒となりシンシアの身体を蝕んでいく。しかし、わずかに残った理性がダレンの言葉を受け入れるなと叫ぶ。
ダレンの言葉を受け入れたら最後、私は私ではなくなってしまう。
過去の裏切られた自分だけが、とろけそうになる理性を繋ぎ止める最後の砦だった。
「シンシア……今、楽にしてやる。君を苦しませるものは、全部――俺が、奪う」
その言葉は、祈りのように甘く、毒のように深く心の砦を壊し、身体を蝕んでいった。
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