【R18】どうぞ運命の番さまとお幸せに〜二度目の人生はしたたかに

湊未来

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第一章

絶望の先

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 不安定に揺れるボート。
 見開かれた目。そして、生まれたわずかな隙。
 決死の思いで立ち上がったシンシアは、己の首筋へと刃をむけた。

「シンシア、やめろ!?」
「ダレン! 一歩でも近づけば、首を切るわ」

 シンシアの気迫に、伸ばしかけたダレンの手が止まる。

「もう、いいのよ。ダレン……あなたの心を欲した私が、馬鹿だった」
「心を欲した? ……シンシア。何を、言って」

 あふれ出した涙が視界を遮り、ダレンの表情さえわからない。
 ――そして、焦りを滲ませた彼の声さえも、シンシアには届かない。

「ダレン……さようなら……」

 滲んだ視界の中、空の青だけが鮮明に映る。
 それは、神が最期に見せた慈悲だったのか。

 湖へと落ちた身体は、水底へと落ちていく。
 身体へとまとわりつくドレスも、溢れていく息も、どうでもよかった。
 ただ、水面に写る青だけが鮮明だった。

 青が、遠ざかっていく。

 きっと、生まれ変われないわね。――でも、それでいい。
 ダレンのいない世界へ行けるのなら、それで……

 水の重みに身をまかせ力を抜く。

 そして――
 最期にもう一度だけ、水面で輝く青を見つめ瞳を閉じた。

 ゆっくり、ゆっくりと、落ちていく。
 口から気泡がこぼれ、頭が霞がかり、死期が近いことを悟る。

 処刑されたときは一瞬だった。
 でも、死って……本当は、ゆっくりなものなのかもしれないわね。

 そんな馬鹿げた考えが脳裏をかすめるくらいには、死を受け入れていたはずなのに――

 一気に肺へと流れ込む空気。
 激しく咳き込み、水を吐き出す。
 ぽたぽたと落ちてくる雫はいったい誰のものなのか。

 ぼやけた視界が晴れる。
 同時に、今、自分の見ている光景が信じられず、まばたきを繰り返す。

 また……あなたから、逃れられなかった……

 ダレンの髪から滴る雫に、顔が濡れる。
 見上げている状況ですら嫌で、視線を逸らした。
 しかし、彼があきらめるわけもなく、強い力で抱き寄せられてしまった。

 身体をかき抱く力強い腕。
 耳元で響く激しい息遣い。
 香るはずなんてない、ダレンの匂い。
 彼のすべてに翻弄される自分が、嫌で、嫌で、仕方がない。

 死を覚悟した。
 死を選ぶことになっても、決別したかった。
 ――なのに、死を選んでなお、心はダレンを求めている。
 その事実が悔しいほどに、恨めしい。

 腕に抱かれていることさえ辛く、力の限り暴れるが、ダレンの腕の力が弱まることはなかった。

「はなして……はなしてよ!!」
「なぜだ……なぜ、死のうとした?」
「死のうとした? ふざけないで!! 何度も言ったわ。白の離宮に軟禁されている私は死んでいるのと同じだって! でも、ダレンは私の言葉なんて本気にしなかった。私がオメガだから執着しているだけなんでしょ!! オメガだったら、私じゃなくたっていいじゃない!!」
「違う!! オメガだから君を選んだんじゃない。シンシア……君だから俺は――」
「――もう、いいの。あなたの欲する従順な獣に堕ちた方が楽ね。ダレン、好きにするといいわ。でもね……心だけは、あげない。貴方が何をしようとも、何を言おうとも、心だけは、絶対に……」
「それでもいい。シンシア、君の心が手に入らなくたっていい。生きていてくれさえすれば……」

 強まる腕の力に、シンシアが抵抗することはない。
 青空が物悲しく写り、目尻から涙が落ちていく。

 そう――これで、いい。
 心だけはダレンに渡さない。
 それが、私の出来る最期の抵抗。
 死んでいるように生きればいい……

「……また、君を死なせるくらいなら、シンシア。君の心なんて、いらない」

 ――時が止まる。

 今、ダレンは何て言ったの?
 君を死なせるって……
 まるで、わたしが一度死んだことを知っているみたいじゃない。
 まさか、最初から知っていたなんてこと……

「どうして、知っているの。私が……私が、一度、死んだって」
「……あぁ、始めから知っていた。時間を巻き戻したのは――俺なんだ」

 時間を巻き戻したのが、ダレン?
 意味がわからない。
 だって、あの時ダレンは聖女リディアの番だったのよ。
 私を死に追いやった張本人が、なぜ時間を巻き戻す必要があるのよ……

 あまりの衝撃に頭の中が混乱する。
 ひどいめまいに襲われ、吐き気と頭痛で、目を開けているのも辛い。
 許容範囲を超えた脳は考えることを放棄した。

 ゆっくりと意識が混濁していく。
 そして、全てが夢であって欲しいと願いながらシンシアは意識を手放した。
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