【R18】どうぞ運命の番さまとお幸せに〜二度目の人生はしたたかに

湊未来

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第一章

儚い夢

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 湖を囲む樹々の緑とキラキラと輝く水面、そして時折り吹く爽やかな風が、死にゆく心をわずかに癒す。

 目にも鮮やかな光景は白の離宮に軟禁されていたシンシアにとって、久々に感じる命の息吹きだった。

「シンシア、気にいったか?」
「はい。美しい湖ですわね」

 スラックスに白シャツという簡素な服装のダレンは、腕をまくりオールを力強く漕いでいる。
 爽やかな笑みを浮かべるダレンの顔からは、シンシアを疑っている様子はない。

 陽射し避けの帽子に、動きやすいデイドレス。――そして、上脚に隠し持った短剣は母からたくされたもの。

 もちろん、ダレンを傷つけるつもりはない。己の死をちらつかせ、自由を勝ち取る。

 一か八かの大勝負。

 自分でもわかっている。
 こんな脅すような真似をしたところで自由なんて手に入らないと。

 ――でも、馬鹿げた希望に縋ってしまう。

 ダレンがアルファの本能ではなく、心で"シンシア"を欲しているのなら、訴えを聞いてくれるかもしれない。

 回帰前のダレンの姿が脳裏をよぎる。

 聖女リディアが現れるまでの幸せな記憶。
 愛し、愛され、心からダレンを愛していたあの時、彼からの愛を疑うことはなかった。

『俺は一生、シンシアを愛し続ける。本能よりも大事なのは心だ。たとえ、運命の番が現れようとも、シンシア、君だけを愛すると誓う』

 ベータに番という概念はない。アルファとオメガのように"番"という強固な関係を築くことは出来ない。

 アルファであるダレンとベータであったシンシアの間にあるのは、心に刻まれた愛と信頼だけだ。

 番の刻印もなく永遠を誓う行為は、相手を信じる気持ちだけで成り立つ。回帰前のシンシアに、その脆くも儚い愛を信じる力はなかった。

 あの時――
 本能より"心"だと言ったダレンの言葉を信じていたら、運命は変わったのだろうか。
 
 薄暗い牢に囚われ絶望の中、何度も自問自答した。でも、死ぬ間際まで、その答えは出なかった。

 そして、今もわからない。

 回帰前と今のダレンは違うと分かっている。回帰前の記憶がないダレンは、シンシアを心から愛していた以前の彼とは違う。

 心など関係ない。
 本能がオメガを求めている。
 そう言われた方が、よっぽど楽なのだろう。本能のまま獣に堕ちれば、これ以上心が傷つくことはない。

 ――でも、諦められない。
『本能より心だ』と言ったダレンの言葉を。

「どうした? 難しい顔をしている……」

 ダレンが手を伸ばす。
 頬を撫で、髪を一房取り、離れていく。

 うつむくシンシアから、ダレンの表情はわからない。けれど、ここで躊躇えば、きっと後悔する。

 シンシアは両手を握りしめ、意を決し、顔をあげた。

「ダレンさま、お願いがあります!」
「お願い?」
「……はい。どうか、白の離宮から出してください」

 ダレンの表情がみるみる険しいものへと変わっていく。それでも、引くわけにはいかなかった。

 ここで怯めば後に待ち受けるのは獣へと堕ちる未来だけ。

 シンシアは折れそうになる心を奮い立たせ、言葉を紡いだ。

「隣国へと逃げるのは、あきらめます。もちろん、偽装番を演じろというなら、そうします。でも、白の離宮からは出してください」
「シンシア、言ったはずだ。離宮から出たら最後、エリセア教会から君を守るのは難しいと」
「それは、何処にいようと変わらないのではありませんか? 白の離宮は、石で出来た堅牢な要塞とは違います。逆に、同じ場所にとどまれば危険性は増す。違いますか?」

 ダレンの視線が揺れる。

 彼もわかっているのだ。
 白の離宮は護りを重視して造られた要塞とは違う。森に囲まれ侵入しづらい造りではあるが、離宮と名の付く通り要塞とは違うのだ。同じ場所にとどまり続ければ、相手の思うつぼ。いつか侵入を許すことになる。

「ダレンさま、図星ですか? 白の離宮に居ようが、居まいが危険性は変わらない。それなのに、なぜ貴方は、私を出そうとしないのですか?」
「それは――」
「――私に味方をつくらせたくない。違いますか?」
「違う!? そんなつもりはない!」
「それなら、なぜ!? 家族に合わせてくれないの?」

 一瞬、驚きの表情を浮かべ、ダレンが俯く。
 
 今、彼はどんな表情をしているの?
 今までの行いを恥じ、後悔している?
 それとも、反旗を翻した私に怒っている?
 
 ――願わくは、ダレンに心が残っていて。

 祈るように待つシンシアの耳に、絶望を宿す笑い声が聞こえた。

「な、何がおかしいのよ……」

 俯き肩を震わせ笑うダレンの不気味さに、背が震える。得体の知れない恐怖に後退るも狭いボートの中では限界だった。

 一気に距離をつめられ、ダレンに押し倒される。

「はっ、離して!!」
「シンシア、暴れるな。落ちるぞ。……まぁ、俺はシンシアと落ちるなら、本望だがな」
「馬鹿なこと、言わないで! そんなこと、思ってないくせに」
「そんなことはない。番を失った者の後追いは、珍しくもない。あぁ、白の離宮にとどめる理由だったか? シンシアの想像通りだよ。シンシアに味方がいなければ、君は俺を頼るしかない。だから、閉じ込めた」
「それは……それは、私がオメガだからなの!?」
「――あぁ、……」

 オメガだから、オメガだから、オメガだから……
 言葉が心を黒く、染めていく。

 頭の中では、何度も想像していた。けれど、心のどこかでダレンを信じていた。
 "シンシア"自身を愛して――いいや、違う。
 とうの昔に、心は壊れていたのだ。
 ダレンの心を得られない絶望に、壊れてしまっていた……

 溢れ出した涙を止めることなんて、もう、出来ない。
 頬を伝い流れていく涙と同じように、この想いも消え去ってくれたらいいのに……

 いつかダレンさまと、ボート遊びをしたいわ。
 泉で二人きりでボートに乗って過ごすの。素敵よね……
 きっとよ。きっと、叶えてくださいね。

 回帰前の記憶が走馬灯のように頭をめぐる。

 ――最期に夢が叶うなんて、皮肉ね。

 覚悟を決め、短刀を手につかみ、ダレンへと刃を向けた。
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