冷やし上手な彼女

カラスヤマ

文字の大きさ
上 下
33 / 63
二章

お引っ越し

しおりを挟む
今日から俺は、七美が手配してくれた高級マンションで寝泊まりすることになった。ちなみに前に住んでいたボロアパートは、敵の攻撃にあい、焼失した。(心がブチ切れたのも原因の一つ)


俺の部屋は、忠実に元の形(テレビ等の位置や散らかり具合)が再現されていた。七美は、嬉しそうに胸を張り、俺に自慢した。

「タマちゃんの部屋を完璧に再現したの。あの、どこかから漂うくちゃい臭いから、壁の劣化具合まで全部ね。だから少し時間かかっちゃった」

誉めて誉めて~と言わんばかりに、小さな頭を俺の前に突き出す。

「いやっ……ん~………あんな部屋、わざわざ再現しなくても良かったのに……。ってか、そもそもこのマンションの広さに比べて、俺の部屋だけ間取りとかおかしくない? 隣の部屋に比べて明らかに狭そうだし」

「再現したって言ったでしょ?  あのアパートの専有面積も合わせたから、そりゃ狭いよ~。そこ合わせる為に、少し改築したし」

アホなの? このお嬢様は。

「タマちゃんが喜ぶと思ったのに……。狭い方が、いっぱいくっつけるし……」

明らかにテンションがガタ落ちした七美が、項垂れながら部屋を出ようとする。俺は、咄嗟にその左手を掴み、抱き寄せた。

「あ!  ありがと。っ…………と、俺の為にここまでしてくれて、嬉しいよ……。この後さ、二人で飯食べに行かない? 確か駅前に食べ放題の店出来たよな。そこ、行こうよ」

心に向日葵が咲いた彼女に抱きしめられた。

「タマちゃんのそういう所、大好き。ちなみに、最上階にはメイドのコロちゃんがいるから、何かあったら奴隷のようにこき使ってね。じゃあ、私は出かける準備してくる」

玄関で見送った七美の後ろ姿。

そのあとすぐ、隣家のドアが開いた音がした。七美は、吸い込まれるようにその中に消える。

「………………」

ピンポーン。ピンポーン。

「どうしたの?  忘れ物?」

「……七美が、どうして俺の部屋の隣に住んでる?」

「引っ越したからだよ。スゴく頼んで、やっとパパが許してくれたの」

金持ちの考えていることは、俺の理解の外。

その時、スマホに見知らぬ番号から電話がかかってきた。

「あっ、その電話出て! 早く、早く」

やけに慌てた七美に促され、俺は渋々電話に出た。

「はい。青井~」

『久しぶりだね。青井君』

ーーーーーーーーえっ!?

その声の主を思いだし、背筋がビンッ!
 と伸びた。眠気が吹き飛ぶ。七美の父親が、俺に直接電話してきた。神華一族、あの凶悪な狂人達を束ねる長。影の支配者が。

「ど、ど、ど、ど、どうされたんですか?」

『七美が、君の近くにいたいって駄々こねるからね。仕方なく、そっちに行かせた。さすがに同棲は早いから、一緒の部屋ではないが………。そこまで娘の心を支配する君にまた会いたくなってね。今度の土曜日に少し会えないかな?』

「えっ!?  いや、僕のような人間に貴重な時間を割いてもらうのは申し訳なく……だから………」

『あれ?  電波の調子が悪いな。もう一度、言ってくれないかな』

「あの………だから……」

『もう一度』

電話口から放たれた槍に頭を貫かれたような恐怖。イメージが、襲う。

「土曜日ですねっ!! わっかりました」

『うん。楽しみにしてるよ。じゃあ、またね』

電話を切り、スマホを投げ捨て、俺は慌てて自室に戻ると台所の流しに吐いた。拒絶反応が、半端ない。

「はぁ…はぁ……はぁ……」

そんな俺の背中をさすり、泣きながら謝る七美。

「大丈夫だから。心配するな」

しばらく無言のまま、二人で抱き合った。
しおりを挟む

処理中です...