冷やし上手な彼女

カラスヤマ

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再び現代

変異

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「魅月。こんな場所まで私を連れ出して、どうするつもり?」

私は、両手を未だに拘束された状態で車から降ろされ、ある施設まで連行された。ガラス張りの部屋に閉じ込められる。

「あんたには、大事な彼氏が死ぬ様子を間近で見てもらうから」

モニターに映し出される映像。タマちゃんが白い部屋に閉じ込められていた。床に数本のナイフが突き刺さっている。

「………………」

「今から、一分おきにナイフを落とすから。もし叫んだら、あなたを殺すって言ってある。ちなみに助けることは不可能だからね。そのガラスは特注の強化ガラスだから。戦車レベルじゃないと傷一つ付かないし」


ガラスに触れて初めて分かる、その硬度。

「っ!!?」

空から落ちたナイフが、タマちゃんの足に突き刺さった。それでもタマちゃんは口を必死に押さえ、叫び声一つあげない。

私は、覚悟を決めた。腕を思い切り、噛んだ。全身を黒い怒りが支配し、熱くて我慢出来ない。筋肉が盛り上がり、まるで変成岩のような硬さを感じた。腕の太さは、前の五倍以上はありそうだ。そんな凶暴な腕が体から生えており、体のバランスが異様だった。

その腕で、ガラスを思い切り殴り付けた。

何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度もーーー。

砕け散るガラス。

「死にな。この化け物」

爆竹の何倍もの強烈な破裂音が響いた。その後すぐに鼻に焦げた臭いが飛び込んできた。
魅月の右手には、しっかりと拳銃が握られていた。その銃口から白い煙が出ている。私の口には大きな黒い穴が開いており、飛び散った肉片で周囲を真っ赤に染めていた。

ーーーーーーーーーーーーーーー。

俺にしか見えない角度で壁に設置されたモニター。そこに映し出された映像。

撃たれた七美。
聞いたことのないミシリ、ミシリと言う音と共にその体は、どんどんと大きくなっていく。腕だけでなく、全身の筋肉が重曹のように膨れあがり、すぐに背筋で魅月の姿が見えなくなった。


これが……七美?


魅月の水鉄砲のように無意味な攻撃。死を覚悟した彼女は、拳銃をこめかみに当て、躊躇なく死を選んだ。

「地獄で待ってるね~。早く来てよ? 化け物の七美ちゃん。キャハハハハハハハ」

ダァンッ!!


ボキッ、ボキッ。くちゃくちゃ。

魅月は、呆気なく死んだ。声がしなくなると七美の咀嚼音だけがいつまでも部屋に響いた。

その後すぐに俺がいる部屋の壁に大きな穴が空いた。壁の外から中に入ってきたのは、俺が知っている七美だった。


「七美……?」

「あんな化け物の姿、タマちゃんに見られたくなかった……。今まで騙してて………ごめんなさい。わたし……」

全裸の七美。その目は、悲しみに満ちていた。露出した肌は、相手の血で真っ赤に染まっている。血と肉片が飛び散り、足元もテラテラと赤黒く濡れていた。

壁の外。
以前ここにいたであろう魅月は、跡形もなく消えていた。


「……わたし…化け物…」


「七美……」


「化け物になった私が、魅月を食べた……。人間を。なんなんだろうね、これって……」

「俺には、どうして七美があの化け物に変異したのか、正直さっぱり分からない。………だけどさ、七美が嫌で仕方なかったあの姿になったのは………そうしたのはさ、俺をここから助ける為だろ? だからさ、そんなに自分を責めないでくれ。頼む…………。でもさ、心臓に悪いから、こういう隠し事はもう無しにしてくれよ?」

「…………うん。分かった」

俺は、全裸の七美と抱き合った。足の傷を手当てした後、施設内にあった従業員用の簡易シャワーを一緒に浴びた。丁寧に七美の体をスポンジで洗う。赤い泡が、排水溝に吸い込まれていく。

でもーーーーー。

どんなに体をゴシゴシしてもこの罪までは洗い流してはくれない。この罪は、死んでも体を離れないだろう。

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