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雨傘が繋いだご縁は紅茶の香り
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土砂降りの雨の日だった。住宅街の軒先で、ひとりの女性が困ったように空を見上げている。
彼女は華やかなドレスをまとい、どうやらパーティーに向かう途中らしい。
そういえばこの先に邸宅型のレストランがあって、貸し切りでオシャレなパーティーが催されてるのを見たことがある。
深紅のドレスは雨の暗がりでも際立ち、柔らかく巻かれた髪からはふんわりとした品のある香りが漂ってきた。
透き通るような肌に長いまつげ、映画のワンシーンから抜け出してきたような女性だった。
というかちょっと前にそんな映画を見たのを思い出した。
女性に傘を貸し、自らは颯爽と濡れて立ち去る英国紳士の映画だ。
そんなことを考えながら思わず見とれてしまい、ちょっと目が合うとお互いちょっと気まずくなった。
俺は彼女に近寄ると、何を思ったのか手に持っていた傘を差し出した。
我ながらスマートな動作だ。
「よかったら、これ使ってください。俺のことは構わず行ってください。きっと貴女を待っているお友達がいるんでしょう?」
彼女は驚いたように俺を見たが、すぐに小さく首を振った。
「いえ、大丈夫です。知らない人にそんな…」
「安心してください。変なものはついてません。」
紳士気取りで冗談めかして言ってみるが、彼女はまだ迷っているようだった。
「爆弾も付いていませんよ。」
思わず彼女がフッと笑う。
「俺、すぐ近所に住んでるんです。返すときは玄関先に置いてもらえればいいので、気にしないでください。ほら、これ俺の連絡先です。困ったら連絡してください」
そう言って名刺サイズのメモに走り書きをした。
「○○(俺の名前)— 傘のレンタル業者ではありません」と住所、電話番号を書いた。
「それでも……」
まだ躊躇する彼女に、俺はクールに傘を地面に置いた。
「じゃあ、置いておきますね。僕は今ここに傘を忘れる。貴女はそれを拾う。たったそれだけのことです。」
そう言うと、俺は颯爽と走り出した。
雨が容赦なく降り注ぎ、シャツがすぐに肌に貼り付く。
それでも、俺は後ろを振り返らずに走った。カッコいい俺の姿を見せつけたかった。
間違いなく、彼女は感謝しているはずだ。
僕を見送りながら頬を赤らめる美しい彼女の表情が目に浮かぶ。
俺って、なかなかイケてるんじゃないか? そんな自己満足に浸りながら、走るが思ったより距離がある。
びしょ濡れで帰宅した。
翌日、スマホにショートメッセージが届いた。彼女からだ。
「昨日は本当に助かりました。お礼がしたいので、伺ってもよろしいですか?」
期待はしてたけどやっぱり来た。これは理想的な流れだ。
俺は勝手に妄想を膨らませた。彼女が玄関先で「傘、ありがとうございました」と微笑み、俺が「どういたしまして。黙って置いておくだけでも良かったのに。」とクールに応える。
「でも…あなたのことがどうしても忘れられなくて…。」「そうですか、まあお上がりください。」
そして、紅茶を飲みながらそこから自然に会話が弾み、彼女が「あなたとこれっきりにしたくない…もっと…」と言い出し、そして俺たちは……。
そういう流れ、映画なら全然あるな。
うん、現実でもたまにはあると思う。
急に部屋が散らかっているのが気になり、大掃除を開始した。
さらに、洒落たもてなしを準備することにした。
輸入食品店でとっておきのスリランカ紅茶と英国のクッキーを急いで買ってきて、紅茶の蘊蓄を念入りに調べた。
そして、少し話を盛ることにする。商社勤務でイギリスと縁が深いことにしよう。本当はただの観光旅行だったが、バレることはないだろう。
約束の時間。チャイムが鳴った。
俺は心を落ち着けながらドアを開けた。そこには、控えめな笑顔の彼女。
昨日の雨の日とは違い、シンプルで上品なワンピース姿だった。柔らかく巻いた髪を下ろし、穏やかな雰囲気をまとっている。
「昨日は本当にありがとうございました。ドレスを濡らさずに済みました。」
丁寧にお辞儀してくれる。
でも……彼女の隣には、見知らぬ男。
「夫です。あのときは本当にありがとうございました」
隣に立つ夫は、スーツが完璧にフィットした洗練された男性だった。整った顔立ちに落ち着いた物腰、あまりにもお似合いな二人。二人の薬指には指輪が光る。
確かに…別に独身とは限らないよな。
結婚指輪も確認したわけでもないし。
予想外の展開に俺は軽くがっかりしたが、すぐに作り笑いを浮かべて家に招き入れた。
せっかく淹れた最高級のスリランカ紅茶を、二人の前に並べる。自分の分は、慌てて用意した100円ショップのティーバッグだ。
「すごくいい香りですね」
「そうでしょう? 実はこれ、スリランカの高地で特別に栽培された茶葉で……あっ、いや、まあ、その……」
用意していた蘊蓄を披露するも、夫の視線に冷や汗が滲む。もしや付け焼き刃と見抜かれたのか?
違った。夫はイギリス通だったらしい。
「私もよくイギリスに出張するんです!フォートナム&メイソンのアールグレイが絶品なんですよね。」
「おお、フォートナム! もちろん知ってますよ! あそこの……あの……缶がオシャレですよね!」
夫は軽く笑い、「ははは缶もいいですが、紅茶そのものも素晴らしい。」と知識を披露してくれる。
俺は動揺しながらも、「いや、缶が素晴らしい!」を連呼した。
彼女は夫と俺の会話を横で見て微笑んでいるだけだ。
夫のほうはすっかりリラックスした様子で、「いやあ、紅茶好きの人と話せるのは楽しいですね」と言い始める。
…俺は、何をやっているんだ。
結果として、彼女とはそれきりになったが、夫とは妙に意気投合し、今ではたまに飲みに行く仲になっている。
…俺は、本当に何をしているんだろう。まあ、いいけど。
彼女は華やかなドレスをまとい、どうやらパーティーに向かう途中らしい。
そういえばこの先に邸宅型のレストランがあって、貸し切りでオシャレなパーティーが催されてるのを見たことがある。
深紅のドレスは雨の暗がりでも際立ち、柔らかく巻かれた髪からはふんわりとした品のある香りが漂ってきた。
透き通るような肌に長いまつげ、映画のワンシーンから抜け出してきたような女性だった。
というかちょっと前にそんな映画を見たのを思い出した。
女性に傘を貸し、自らは颯爽と濡れて立ち去る英国紳士の映画だ。
そんなことを考えながら思わず見とれてしまい、ちょっと目が合うとお互いちょっと気まずくなった。
俺は彼女に近寄ると、何を思ったのか手に持っていた傘を差し出した。
我ながらスマートな動作だ。
「よかったら、これ使ってください。俺のことは構わず行ってください。きっと貴女を待っているお友達がいるんでしょう?」
彼女は驚いたように俺を見たが、すぐに小さく首を振った。
「いえ、大丈夫です。知らない人にそんな…」
「安心してください。変なものはついてません。」
紳士気取りで冗談めかして言ってみるが、彼女はまだ迷っているようだった。
「爆弾も付いていませんよ。」
思わず彼女がフッと笑う。
「俺、すぐ近所に住んでるんです。返すときは玄関先に置いてもらえればいいので、気にしないでください。ほら、これ俺の連絡先です。困ったら連絡してください」
そう言って名刺サイズのメモに走り書きをした。
「○○(俺の名前)— 傘のレンタル業者ではありません」と住所、電話番号を書いた。
「それでも……」
まだ躊躇する彼女に、俺はクールに傘を地面に置いた。
「じゃあ、置いておきますね。僕は今ここに傘を忘れる。貴女はそれを拾う。たったそれだけのことです。」
そう言うと、俺は颯爽と走り出した。
雨が容赦なく降り注ぎ、シャツがすぐに肌に貼り付く。
それでも、俺は後ろを振り返らずに走った。カッコいい俺の姿を見せつけたかった。
間違いなく、彼女は感謝しているはずだ。
僕を見送りながら頬を赤らめる美しい彼女の表情が目に浮かぶ。
俺って、なかなかイケてるんじゃないか? そんな自己満足に浸りながら、走るが思ったより距離がある。
びしょ濡れで帰宅した。
翌日、スマホにショートメッセージが届いた。彼女からだ。
「昨日は本当に助かりました。お礼がしたいので、伺ってもよろしいですか?」
期待はしてたけどやっぱり来た。これは理想的な流れだ。
俺は勝手に妄想を膨らませた。彼女が玄関先で「傘、ありがとうございました」と微笑み、俺が「どういたしまして。黙って置いておくだけでも良かったのに。」とクールに応える。
「でも…あなたのことがどうしても忘れられなくて…。」「そうですか、まあお上がりください。」
そして、紅茶を飲みながらそこから自然に会話が弾み、彼女が「あなたとこれっきりにしたくない…もっと…」と言い出し、そして俺たちは……。
そういう流れ、映画なら全然あるな。
うん、現実でもたまにはあると思う。
急に部屋が散らかっているのが気になり、大掃除を開始した。
さらに、洒落たもてなしを準備することにした。
輸入食品店でとっておきのスリランカ紅茶と英国のクッキーを急いで買ってきて、紅茶の蘊蓄を念入りに調べた。
そして、少し話を盛ることにする。商社勤務でイギリスと縁が深いことにしよう。本当はただの観光旅行だったが、バレることはないだろう。
約束の時間。チャイムが鳴った。
俺は心を落ち着けながらドアを開けた。そこには、控えめな笑顔の彼女。
昨日の雨の日とは違い、シンプルで上品なワンピース姿だった。柔らかく巻いた髪を下ろし、穏やかな雰囲気をまとっている。
「昨日は本当にありがとうございました。ドレスを濡らさずに済みました。」
丁寧にお辞儀してくれる。
でも……彼女の隣には、見知らぬ男。
「夫です。あのときは本当にありがとうございました」
隣に立つ夫は、スーツが完璧にフィットした洗練された男性だった。整った顔立ちに落ち着いた物腰、あまりにもお似合いな二人。二人の薬指には指輪が光る。
確かに…別に独身とは限らないよな。
結婚指輪も確認したわけでもないし。
予想外の展開に俺は軽くがっかりしたが、すぐに作り笑いを浮かべて家に招き入れた。
せっかく淹れた最高級のスリランカ紅茶を、二人の前に並べる。自分の分は、慌てて用意した100円ショップのティーバッグだ。
「すごくいい香りですね」
「そうでしょう? 実はこれ、スリランカの高地で特別に栽培された茶葉で……あっ、いや、まあ、その……」
用意していた蘊蓄を披露するも、夫の視線に冷や汗が滲む。もしや付け焼き刃と見抜かれたのか?
違った。夫はイギリス通だったらしい。
「私もよくイギリスに出張するんです!フォートナム&メイソンのアールグレイが絶品なんですよね。」
「おお、フォートナム! もちろん知ってますよ! あそこの……あの……缶がオシャレですよね!」
夫は軽く笑い、「ははは缶もいいですが、紅茶そのものも素晴らしい。」と知識を披露してくれる。
俺は動揺しながらも、「いや、缶が素晴らしい!」を連呼した。
彼女は夫と俺の会話を横で見て微笑んでいるだけだ。
夫のほうはすっかりリラックスした様子で、「いやあ、紅茶好きの人と話せるのは楽しいですね」と言い始める。
…俺は、何をやっているんだ。
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