はじまりは朝焼け

もっくん

文字の大きさ
1 / 6

賑やかな居酒屋にて

しおりを挟む
春の夜、アスファルトの端でタイヤに踏まれた桜の花びらがピンク色の残骸となって溶けかかっている。
そんな夜、大学内の二つのゼミが合同でコンパを開いていた。

自分から動ける学生は去年までにとっくにゼミ内やサークル内で既にくっついたり既に別れたり。
二つのゼミの親睦の名の下に残ってる男女の組み合わせの選択肢を広げよう、と誰かが考えたんだろう。
彼氏彼女持ちのゼミ生は欠席が多く、暗黙の了解でこのコンパにいる男女はいい人がいればの条件付きで恋人募集中だ。

居酒屋のざわめきとともに、あちこちから笑い声や乾杯の音が響く。ハジメはテーブルの端っこに座り、唐揚げをつつきながら、心の中でひっそりと呟いた。
(来てはみたもののこーいうの苦手…早く帰りたい...)
気まずさを隠すように、ウーロン茶をちびちび飲むハジメ。向かいの席では、みんながワイワイと楽しそうに話している。

その中には、どこか他の女子より柔らかい雰囲気をまとったナナの姿があった。
ナナは艶のある黒髪、赤い薄手のラメの入ったニットに白いスカート、黒いストッキング、細いネックレス、目もパッチリしていて可愛らしい。精一杯がんばった風のナチュラルメイク。
でもカジュアルに肩の力が抜けた他の女子達と比べるとちょっと垢抜けない。
(いやちょっと待て。自分はこうして女子の品定めを出来る立場なのか。)

ハジメはというと朝、新しい薄手のジャケットに袖を通しておきながら考え直した。
コンパに浮かれてると思われたくなくていつもの黒パーカーとジーンズに落ち着いた。
春先からコンタクトデビューしたのでさらに急激な変化で色気づいたと冷笑されるのを避けたのだ。
(冷笑?だれに?そもそも風貌の変化に気づくほど俺に注目してる人なんかいるわけ。)
ハジメはそんなことを考えながら一人の世界にいた。

いっぽうナナは、友達と一緒に笑顔で盛り上がっているふりをしながら、実際はテーブルに置かれたメニューの隅に書かれたカロリー表をじっと眺めていた。
(唐揚げって、こんなにカロリー高いんだ...でも、ちょっと食べたいかも
みんな食べてないのに私だけガツガツ食べてるのを男子に見られたら恥ずかしい。
でも恥ずかしいって誰に?私ってここにいる中から彼氏探すって決めたことあったっけ。)

お互いそんなことを考えていると、ナナの視線が不意にハジメの方へ向いた。
視線に気づいた瞬間、ハジメは驚いて手元の箸を落としそうになった。
(や、やばい...目が合った!なんか話した方がいいのか?)
お互いぎこちない空気が流れる中、ナナが小さく微笑んだ。
「あの、何か飲んでますか?」
「え?あ、いや、ウーロン茶だけで...」
「そうなんですね。お酒、苦手なんですか?」
「う、うん、まあ、そんな感じで...」
話はそれっきりだった。その瞬間だけ二人だけが賑やかな会話の輪から取り残されていた。

沈黙が訪れ、ハジメは何か言葉を続けようと必死だったが、何も思い浮かばない。
一方のナナも、どう話を広げればいいのかわからず、視線をテーブルに落とした。
(なんか、逆に気まずい思いさせちゃった...でも、悪い人じゃなさそう)
ナナはそんな印象を抱きつつも、声を掛けられて再び友人たちの輪に戻った。
ハジメはというと、目の前で会話が終わったことにひどく落ち込んでいた。
(俺、ほんとダメだな...なんであんな普通の会話すらできないんだよ...)

コンパが進むにつれ、徐々に酔いつぶれる人が増えていった。
その中で、さっきまで立ち上がって盛り上げていた一人の男子が完全にダウン。テーブルに突っ伏して動かなくなった。
お開きの時間になってもそのままだ。
「えっ、これどうするの?」
誰ともなく発せられた声に、周囲は一斉に沈黙。誰も手を挙げようとしない。
「こいつ東横線だったよな。誰かいたっけ?ナナは?」
(えっ、誰が送るの?私?)とナナが目で訴えるように友人に助けを求めたが、その友人は即座に視線をそらした。
(え、これって俺の出番...?)
東横線民のハジメもまた、内心でパニック状態だった。
しかし、なんとなく周囲の空気に押されて、「では俺が...」と手を挙げてしまう。
「ありがとう!じゃ、じゃあ、私も一緒に行きます!」
ナナがそう言った瞬間、ハジメの心臓は大きく跳ねた。
(え、マジで?二人で送るの?なんかすごい展開なんだけど...)

こうして、酔っぱらい氏を連れてハジメとナナの奇妙な帰り道が始まった。
居酒屋を出た後、酔いつぶれた男子を支えながら二人は駅へ向かった。重たい男子を抱えるたびに、ハジメとナナの肩が触れ合う。そのたびにハジメは、(やばい、近い...)と心の中で動揺していた。
まあナナに一番近いのは酔っ払い氏なのだが。
一方、ナナはというと、そんなハジメの不器用さに気づきながらも、(この人、さっきは変な会話に終わっちゃったけど結構真面目なんだな)と少し安心感を覚えていた。
「私が一人で送るの、絶対無理だったし...助かるなぁ」
ろれつの回らない酔っ払い氏の誘導に振り回されながら無事に家まで送り届けることができた。
「あざらましら~おひゃすめ~。」
ガチャン

玄関に倒れ込むと重さで勝手に扉が閉まり即座に内側から鍵を掛けられた。
二人とも疲労困憊であきれた様子で顔を見合わせる。
ナナが小さく呟いた。
「...お疲れさまでした。」
その声は柔らかく、どこか温かみがあった。

ハジメはその声に妙に胸がドキドキしてしまい、思わず(えっ、なんか優しい声...)と感じてしまった。
「じゃあ、急がないと...」
ナナが軽く頭を下げ、駅の方向へ歩き出す。ハジメも「じゃあ」と一言だけ返すが結局は一緒に駅に向かうことになる。
”酔っ払いの介抱”という共通の話題が無くなると途端に沈黙になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

処理中です...