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賑やかな居酒屋にて
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春の夜、アスファルトの端でタイヤに踏まれた桜の花びらがピンク色の残骸となって溶けかかっている。
そんな夜、大学内の二つのゼミが合同でコンパを開いていた。
自分から動ける学生は去年までにとっくにゼミ内やサークル内で既にくっついたり既に別れたり。
二つのゼミの親睦の名の下に残ってる男女の組み合わせの選択肢を広げよう、と誰かが考えたんだろう。
彼氏彼女持ちのゼミ生は欠席が多く、暗黙の了解でこのコンパにいる男女はいい人がいればの条件付きで恋人募集中だ。
居酒屋のざわめきとともに、あちこちから笑い声や乾杯の音が響く。ハジメはテーブルの端っこに座り、唐揚げをつつきながら、心の中でひっそりと呟いた。
(来てはみたもののこーいうの苦手…早く帰りたい...)
気まずさを隠すように、ウーロン茶をちびちび飲むハジメ。向かいの席では、みんながワイワイと楽しそうに話している。
その中には、どこか他の女子より柔らかい雰囲気をまとったナナの姿があった。
ナナは艶のある黒髪、赤い薄手のラメの入ったニットに白いスカート、黒いストッキング、細いネックレス、目もパッチリしていて可愛らしい。精一杯がんばった風のナチュラルメイク。
でもカジュアルに肩の力が抜けた他の女子達と比べるとちょっと垢抜けない。
(いやちょっと待て。自分はこうして女子の品定めを出来る立場なのか。)
ハジメはというと朝、新しい薄手のジャケットに袖を通しておきながら考え直した。
コンパに浮かれてると思われたくなくていつもの黒パーカーとジーンズに落ち着いた。
春先からコンタクトデビューしたのでさらに急激な変化で色気づいたと冷笑されるのを避けたのだ。
(冷笑?だれに?そもそも風貌の変化に気づくほど俺に注目してる人なんかいるわけ。)
ハジメはそんなことを考えながら一人の世界にいた。
いっぽうナナは、友達と一緒に笑顔で盛り上がっているふりをしながら、実際はテーブルに置かれたメニューの隅に書かれたカロリー表をじっと眺めていた。
(唐揚げって、こんなにカロリー高いんだ...でも、ちょっと食べたいかも
みんな食べてないのに私だけガツガツ食べてるのを男子に見られたら恥ずかしい。
でも恥ずかしいって誰に?私ってここにいる中から彼氏探すって決めたことあったっけ。)
お互いそんなことを考えていると、ナナの視線が不意にハジメの方へ向いた。
視線に気づいた瞬間、ハジメは驚いて手元の箸を落としそうになった。
(や、やばい...目が合った!なんか話した方がいいのか?)
お互いぎこちない空気が流れる中、ナナが小さく微笑んだ。
「あの、何か飲んでますか?」
「え?あ、いや、ウーロン茶だけで...」
「そうなんですね。お酒、苦手なんですか?」
「う、うん、まあ、そんな感じで...」
話はそれっきりだった。その瞬間だけ二人だけが賑やかな会話の輪から取り残されていた。
沈黙が訪れ、ハジメは何か言葉を続けようと必死だったが、何も思い浮かばない。
一方のナナも、どう話を広げればいいのかわからず、視線をテーブルに落とした。
(なんか、逆に気まずい思いさせちゃった...でも、悪い人じゃなさそう)
ナナはそんな印象を抱きつつも、声を掛けられて再び友人たちの輪に戻った。
ハジメはというと、目の前で会話が終わったことにひどく落ち込んでいた。
(俺、ほんとダメだな...なんであんな普通の会話すらできないんだよ...)
コンパが進むにつれ、徐々に酔いつぶれる人が増えていった。
その中で、さっきまで立ち上がって盛り上げていた一人の男子が完全にダウン。テーブルに突っ伏して動かなくなった。
お開きの時間になってもそのままだ。
「えっ、これどうするの?」
誰ともなく発せられた声に、周囲は一斉に沈黙。誰も手を挙げようとしない。
「こいつ東横線だったよな。誰かいたっけ?ナナは?」
(えっ、誰が送るの?私?)とナナが目で訴えるように友人に助けを求めたが、その友人は即座に視線をそらした。
(え、これって俺の出番...?)
東横線民のハジメもまた、内心でパニック状態だった。
しかし、なんとなく周囲の空気に押されて、「では俺が...」と手を挙げてしまう。
「ありがとう!じゃ、じゃあ、私も一緒に行きます!」
ナナがそう言った瞬間、ハジメの心臓は大きく跳ねた。
(え、マジで?二人で送るの?なんかすごい展開なんだけど...)
こうして、酔っぱらい氏を連れてハジメとナナの奇妙な帰り道が始まった。
居酒屋を出た後、酔いつぶれた男子を支えながら二人は駅へ向かった。重たい男子を抱えるたびに、ハジメとナナの肩が触れ合う。そのたびにハジメは、(やばい、近い...)と心の中で動揺していた。
まあナナに一番近いのは酔っ払い氏なのだが。
一方、ナナはというと、そんなハジメの不器用さに気づきながらも、(この人、さっきは変な会話に終わっちゃったけど結構真面目なんだな)と少し安心感を覚えていた。
「私が一人で送るの、絶対無理だったし...助かるなぁ」
ろれつの回らない酔っ払い氏の誘導に振り回されながら無事に家まで送り届けることができた。
「あざらましら~おひゃすめ~。」
ガチャン
玄関に倒れ込むと重さで勝手に扉が閉まり即座に内側から鍵を掛けられた。
二人とも疲労困憊であきれた様子で顔を見合わせる。
ナナが小さく呟いた。
「...お疲れさまでした。」
その声は柔らかく、どこか温かみがあった。
ハジメはその声に妙に胸がドキドキしてしまい、思わず(えっ、なんか優しい声...)と感じてしまった。
「じゃあ、急がないと...」
ナナが軽く頭を下げ、駅の方向へ歩き出す。ハジメも「じゃあ」と一言だけ返すが結局は一緒に駅に向かうことになる。
”酔っ払いの介抱”という共通の話題が無くなると途端に沈黙になった。
そんな夜、大学内の二つのゼミが合同でコンパを開いていた。
自分から動ける学生は去年までにとっくにゼミ内やサークル内で既にくっついたり既に別れたり。
二つのゼミの親睦の名の下に残ってる男女の組み合わせの選択肢を広げよう、と誰かが考えたんだろう。
彼氏彼女持ちのゼミ生は欠席が多く、暗黙の了解でこのコンパにいる男女はいい人がいればの条件付きで恋人募集中だ。
居酒屋のざわめきとともに、あちこちから笑い声や乾杯の音が響く。ハジメはテーブルの端っこに座り、唐揚げをつつきながら、心の中でひっそりと呟いた。
(来てはみたもののこーいうの苦手…早く帰りたい...)
気まずさを隠すように、ウーロン茶をちびちび飲むハジメ。向かいの席では、みんながワイワイと楽しそうに話している。
その中には、どこか他の女子より柔らかい雰囲気をまとったナナの姿があった。
ナナは艶のある黒髪、赤い薄手のラメの入ったニットに白いスカート、黒いストッキング、細いネックレス、目もパッチリしていて可愛らしい。精一杯がんばった風のナチュラルメイク。
でもカジュアルに肩の力が抜けた他の女子達と比べるとちょっと垢抜けない。
(いやちょっと待て。自分はこうして女子の品定めを出来る立場なのか。)
ハジメはというと朝、新しい薄手のジャケットに袖を通しておきながら考え直した。
コンパに浮かれてると思われたくなくていつもの黒パーカーとジーンズに落ち着いた。
春先からコンタクトデビューしたのでさらに急激な変化で色気づいたと冷笑されるのを避けたのだ。
(冷笑?だれに?そもそも風貌の変化に気づくほど俺に注目してる人なんかいるわけ。)
ハジメはそんなことを考えながら一人の世界にいた。
いっぽうナナは、友達と一緒に笑顔で盛り上がっているふりをしながら、実際はテーブルに置かれたメニューの隅に書かれたカロリー表をじっと眺めていた。
(唐揚げって、こんなにカロリー高いんだ...でも、ちょっと食べたいかも
みんな食べてないのに私だけガツガツ食べてるのを男子に見られたら恥ずかしい。
でも恥ずかしいって誰に?私ってここにいる中から彼氏探すって決めたことあったっけ。)
お互いそんなことを考えていると、ナナの視線が不意にハジメの方へ向いた。
視線に気づいた瞬間、ハジメは驚いて手元の箸を落としそうになった。
(や、やばい...目が合った!なんか話した方がいいのか?)
お互いぎこちない空気が流れる中、ナナが小さく微笑んだ。
「あの、何か飲んでますか?」
「え?あ、いや、ウーロン茶だけで...」
「そうなんですね。お酒、苦手なんですか?」
「う、うん、まあ、そんな感じで...」
話はそれっきりだった。その瞬間だけ二人だけが賑やかな会話の輪から取り残されていた。
沈黙が訪れ、ハジメは何か言葉を続けようと必死だったが、何も思い浮かばない。
一方のナナも、どう話を広げればいいのかわからず、視線をテーブルに落とした。
(なんか、逆に気まずい思いさせちゃった...でも、悪い人じゃなさそう)
ナナはそんな印象を抱きつつも、声を掛けられて再び友人たちの輪に戻った。
ハジメはというと、目の前で会話が終わったことにひどく落ち込んでいた。
(俺、ほんとダメだな...なんであんな普通の会話すらできないんだよ...)
コンパが進むにつれ、徐々に酔いつぶれる人が増えていった。
その中で、さっきまで立ち上がって盛り上げていた一人の男子が完全にダウン。テーブルに突っ伏して動かなくなった。
お開きの時間になってもそのままだ。
「えっ、これどうするの?」
誰ともなく発せられた声に、周囲は一斉に沈黙。誰も手を挙げようとしない。
「こいつ東横線だったよな。誰かいたっけ?ナナは?」
(えっ、誰が送るの?私?)とナナが目で訴えるように友人に助けを求めたが、その友人は即座に視線をそらした。
(え、これって俺の出番...?)
東横線民のハジメもまた、内心でパニック状態だった。
しかし、なんとなく周囲の空気に押されて、「では俺が...」と手を挙げてしまう。
「ありがとう!じゃ、じゃあ、私も一緒に行きます!」
ナナがそう言った瞬間、ハジメの心臓は大きく跳ねた。
(え、マジで?二人で送るの?なんかすごい展開なんだけど...)
こうして、酔っぱらい氏を連れてハジメとナナの奇妙な帰り道が始まった。
居酒屋を出た後、酔いつぶれた男子を支えながら二人は駅へ向かった。重たい男子を抱えるたびに、ハジメとナナの肩が触れ合う。そのたびにハジメは、(やばい、近い...)と心の中で動揺していた。
まあナナに一番近いのは酔っ払い氏なのだが。
一方、ナナはというと、そんなハジメの不器用さに気づきながらも、(この人、さっきは変な会話に終わっちゃったけど結構真面目なんだな)と少し安心感を覚えていた。
「私が一人で送るの、絶対無理だったし...助かるなぁ」
ろれつの回らない酔っ払い氏の誘導に振り回されながら無事に家まで送り届けることができた。
「あざらましら~おひゃすめ~。」
ガチャン
玄関に倒れ込むと重さで勝手に扉が閉まり即座に内側から鍵を掛けられた。
二人とも疲労困憊であきれた様子で顔を見合わせる。
ナナが小さく呟いた。
「...お疲れさまでした。」
その声は柔らかく、どこか温かみがあった。
ハジメはその声に妙に胸がドキドキしてしまい、思わず(えっ、なんか優しい声...)と感じてしまった。
「じゃあ、急がないと...」
ナナが軽く頭を下げ、駅の方向へ歩き出す。ハジメも「じゃあ」と一言だけ返すが結局は一緒に駅に向かうことになる。
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