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再び行くことは無かったうどん屋
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それなのに家に帰ってしばらくすると、腹の中でさっきまでタプタプしていたあの感覚が徐々に静かになってきた。徐々に。ほんとうに、徐々に。
昼間はあれほど死線をさまよっていたというのに。
夕方になる頃には、まるで別の人間のように、体調がすっかり元通り。
うどんって、本当に消化がいいのだ。胃袋の中で暴れ狂っていた1.5キロの麺があっという間にただの思い出になっていった。
そして、夕飯も普通に食べられた。
だったらあのチャレンジの最後のあとひと口ぐらい、いけたんじゃないのか?
しかし僕は考え直した。
あの店員が差し出したストップウォッチ。
24分58秒の救済の目。あれを前にして、僕の胃袋は全てを拒否した。
喉元までスープが迫り、腹の奥から逆流の気配がこみ上げ、前に傾くだけでリバースしそうだった。紛れもなく限界だった。誇張でもなんでもない。あの瞬間、僕は一滴たりとも体に入れられなかったのだから時間を巻き戻して再チャレンジしたとしても同じだろう。
というか再チャレンジを想像しただけでもう無理だ。
25分。この制限時間がまた絶妙だった。
仮にもし30分ならクリアしていたかもしれない。
ゆっくり咀嚼し、最初に食べたうどんが少しでも消化に回ればあとひと口分のスペースが腹のどこかにできた可能性もゼロではない。たった5分の違いなのにその5分が天国と地獄を分けていた。
どうしてもクリアしたかったら僕がすべきことはもっと前から準備することだった。1週間以上前から敢えて大食いをして胃を大きくする。そして当日も無理して絶食して臨まず少量の食事で胃を活性化した状態で臨む。
そして僕の胃が異常な物量に気がつく前に完食してしまう。それなら可能性が少しはあったかもしれない。
2000円は惜しくない。むしろ、あれだけ食べて2000円なら、むしろ安い。
問題はそこじゃないのだ。
さて、そのうどん屋の味が何の変哲もなかったのはいうまでもないしスープも薄い。
それでもまあ、安いことは安いのでその後も「たまにはカロリー補給に寄る」という選択肢が、全く無かったわけではない。
でもあの大盛りチャレンジで死にかけながら食べた光景を思い出すたび、あの麺の山、あの科学調味料スープ、あのわかめ地獄を思い出すたび、僕の中のうどん欲が、一気にしぼんでしまうのだった。
だから、あの店が閉店するまでの半年間、僕は一度たりとも足を運ぶことはなかった。
店の前を通りかかるたび、中を横目で覗いたがその後の店はいつもガラガラだった。
昼時でさえ、客が一人、もしくはゼロ。
そしてある時期を境に、壁の達成者ボードの顔写真が増えなくなった。
半年あるうちの、半分以上の期間見た感じ一枚も増えなかった。
なんらかの理由で、大盛りチャレンジ自体が廃止されたのだろうか。
例えばチャレンジ中に盛大に丼に戻してしまった猛者が現れたとか。
あの尋常じゃないプレッシャーの中で、僕が寸前まで行ったことを思い返すとそんな事件が起きてもまったく不思議ではない。
あるいは、逆だ。最初に達成者が出すぎて店側が赤字を恐れ、途中から難易度を跳ね上げた可能性もある。
麺を2キロに増量。わかめを倍盛り。制限時間を20分に短縮。そんな改悪の数々も、十分に考えられる。
僕が味わったあのギリギリのライン。あとひと口の地獄。あれが絶妙なチャレンジラインだったことは、間違いない。僕より胃袋の大きい猛者たちなら、ギリギリ届く。でも、店側がそれを恐れれば、当然、柵を高くする。
とにかく真相は闇のままだ。
僕のチャレンジから半年ほど経ったある日突然、店は静かに閉店した。
シャッターには、素っ気ない貼り紙が一枚。
理由の説明もなくただ「長らくのご愛顧ありがとうございました」とだけ書かれていた。
「だろうね」僕は納得した。
昼間はあれほど死線をさまよっていたというのに。
夕方になる頃には、まるで別の人間のように、体調がすっかり元通り。
うどんって、本当に消化がいいのだ。胃袋の中で暴れ狂っていた1.5キロの麺があっという間にただの思い出になっていった。
そして、夕飯も普通に食べられた。
だったらあのチャレンジの最後のあとひと口ぐらい、いけたんじゃないのか?
しかし僕は考え直した。
あの店員が差し出したストップウォッチ。
24分58秒の救済の目。あれを前にして、僕の胃袋は全てを拒否した。
喉元までスープが迫り、腹の奥から逆流の気配がこみ上げ、前に傾くだけでリバースしそうだった。紛れもなく限界だった。誇張でもなんでもない。あの瞬間、僕は一滴たりとも体に入れられなかったのだから時間を巻き戻して再チャレンジしたとしても同じだろう。
というか再チャレンジを想像しただけでもう無理だ。
25分。この制限時間がまた絶妙だった。
仮にもし30分ならクリアしていたかもしれない。
ゆっくり咀嚼し、最初に食べたうどんが少しでも消化に回ればあとひと口分のスペースが腹のどこかにできた可能性もゼロではない。たった5分の違いなのにその5分が天国と地獄を分けていた。
どうしてもクリアしたかったら僕がすべきことはもっと前から準備することだった。1週間以上前から敢えて大食いをして胃を大きくする。そして当日も無理して絶食して臨まず少量の食事で胃を活性化した状態で臨む。
そして僕の胃が異常な物量に気がつく前に完食してしまう。それなら可能性が少しはあったかもしれない。
2000円は惜しくない。むしろ、あれだけ食べて2000円なら、むしろ安い。
問題はそこじゃないのだ。
さて、そのうどん屋の味が何の変哲もなかったのはいうまでもないしスープも薄い。
それでもまあ、安いことは安いのでその後も「たまにはカロリー補給に寄る」という選択肢が、全く無かったわけではない。
でもあの大盛りチャレンジで死にかけながら食べた光景を思い出すたび、あの麺の山、あの科学調味料スープ、あのわかめ地獄を思い出すたび、僕の中のうどん欲が、一気にしぼんでしまうのだった。
だから、あの店が閉店するまでの半年間、僕は一度たりとも足を運ぶことはなかった。
店の前を通りかかるたび、中を横目で覗いたがその後の店はいつもガラガラだった。
昼時でさえ、客が一人、もしくはゼロ。
そしてある時期を境に、壁の達成者ボードの顔写真が増えなくなった。
半年あるうちの、半分以上の期間見た感じ一枚も増えなかった。
なんらかの理由で、大盛りチャレンジ自体が廃止されたのだろうか。
例えばチャレンジ中に盛大に丼に戻してしまった猛者が現れたとか。
あの尋常じゃないプレッシャーの中で、僕が寸前まで行ったことを思い返すとそんな事件が起きてもまったく不思議ではない。
あるいは、逆だ。最初に達成者が出すぎて店側が赤字を恐れ、途中から難易度を跳ね上げた可能性もある。
麺を2キロに増量。わかめを倍盛り。制限時間を20分に短縮。そんな改悪の数々も、十分に考えられる。
僕が味わったあのギリギリのライン。あとひと口の地獄。あれが絶妙なチャレンジラインだったことは、間違いない。僕より胃袋の大きい猛者たちなら、ギリギリ届く。でも、店側がそれを恐れれば、当然、柵を高くする。
とにかく真相は闇のままだ。
僕のチャレンジから半年ほど経ったある日突然、店は静かに閉店した。
シャッターには、素っ気ない貼り紙が一枚。
理由の説明もなくただ「長らくのご愛顧ありがとうございました」とだけ書かれていた。
「だろうね」僕は納得した。
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