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戦いの終わり
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何度もくじけそうになりながら、僕はうどんをすすり続けていた。すると、ストップウォッチを手にした店員が静かに近づいてきた。
「残り1分です」
無慈悲な宣告だった。
大盛りチャレンジ丼の中に残っているのは、麺の切れ端と、ほんのわずかなスープだけ。僕の胃袋が普段の完璧な状態なら、丼を持ち上げ一口で軽く飲み干せるレベルの量だ。ほとんど残りは誤差のようなもので、チャレンジメニューで無ければこれで完食と認識して店を去る客が殆どだろう。
実際、スープは底が透けて見えるくらいに減っていた。
しかし、僕の体はもう限界だった。最後の一口を口に運ぶどころか、のどのすれすれまで満たされた胃袋にこれ以上何も入らない状態。
喉の奥で、さっきまで食べたうどんの麺とスープがタプタプと水面のように揺れている感覚だ。体を前に傾ければ、今までの成果が元の丼に逆戻りしてしまいそうで、とても丼を持ち上げられない。
制限時間25分が迫る中、店員はストップウォッチを僕の目の前に示した。気付くと24分58秒で一時停止してくれている。
残り2秒。ストップウォッチは僕に問いかける。「どうする?」
店員は敢えて何も言ってこなかったがその意図は明らかだ。バスケットボールで言うところのブザービート。残りのスープをこの場で一気に飲み干せば、武士の情けで時間内の完食が認められ、2000円は無料。店内の壁には僕の顔写真と25分という完食タイムが記録される。
栄光の瞬間は、手を伸ばせば届くところまで迫っていた。
しかし、現実の胃袋はそれを拒否していた。あと一口が、どうしても入らない。店員の目が僕を見つめる。情けなのか、少し憐れんでいるのか。事務的な無表情からは読み取れない。
これさえ飲み干せばいいということは頭では理解できる。しかし、無理をすれば本当にリバースしかねない。僕は敗北を認めて店員に小声で告げた。
「もう大丈夫です…」
店員は少し拍子抜けしたように頷いたが、一方で「だろうね」とでも言いたげな納得の表情も感じられた。
店員が大盛りチャレンジ丼を厨房へ片付けていったテーブルには水のグラスが補充される。僕は、完食ならなかった。
敗北を素直に認めざるを得なかった。
椅子に座ったまま、お腹いっぱいすぎて体制を変えることもできない。喉のすれすれまで飲んだスープの水面が迫っている感覚で、ちょっと体を揺らしただけでも、口から溢れてしまいそうだったのだ。
そのまま5分ほど、テーブルに座ったまま、敗北の悔しさと体の限界をかみしめた。
やっと胃袋が少しだけこなれて呼吸が落ち着き、ゆっくりと立ち上がる。
重く、だるい足取りで屈辱の2000円を支払い、店を後にした。
店の外に出ると、冷たい風が体に当たり、胃袋の重さが現実感を増していた。
胃袋のあたりは、まだタプタプしている。
歩くたびに、腹の奥でさっきのスープがチャポン…チャポン…と揺れる感覚がする。
気持ち悪いというより、危険物を抱えているみたいな、変な緊張感だった。
店の前の自販機にいったんどっかり腰を下ろしたかったがそんなことをして体勢を変えたら、腹の中のうどんが逆流してしまう気がする。
僕はロボットみたいなぎこちない歩き方で、ゆっくりゆっくり前に進んだ。
達成できなかった悔しさより、ただ「生き残った」という気分のほうが強かった。
あれはもう、食事じゃない。修行だ。いや、拷問かもしれない。もう二度とやらない。
信号待ちで立ち止まると、腹がズンと重みを訴えてくる。
ボロボロになりながら帰宅した。
「残り1分です」
無慈悲な宣告だった。
大盛りチャレンジ丼の中に残っているのは、麺の切れ端と、ほんのわずかなスープだけ。僕の胃袋が普段の完璧な状態なら、丼を持ち上げ一口で軽く飲み干せるレベルの量だ。ほとんど残りは誤差のようなもので、チャレンジメニューで無ければこれで完食と認識して店を去る客が殆どだろう。
実際、スープは底が透けて見えるくらいに減っていた。
しかし、僕の体はもう限界だった。最後の一口を口に運ぶどころか、のどのすれすれまで満たされた胃袋にこれ以上何も入らない状態。
喉の奥で、さっきまで食べたうどんの麺とスープがタプタプと水面のように揺れている感覚だ。体を前に傾ければ、今までの成果が元の丼に逆戻りしてしまいそうで、とても丼を持ち上げられない。
制限時間25分が迫る中、店員はストップウォッチを僕の目の前に示した。気付くと24分58秒で一時停止してくれている。
残り2秒。ストップウォッチは僕に問いかける。「どうする?」
店員は敢えて何も言ってこなかったがその意図は明らかだ。バスケットボールで言うところのブザービート。残りのスープをこの場で一気に飲み干せば、武士の情けで時間内の完食が認められ、2000円は無料。店内の壁には僕の顔写真と25分という完食タイムが記録される。
栄光の瞬間は、手を伸ばせば届くところまで迫っていた。
しかし、現実の胃袋はそれを拒否していた。あと一口が、どうしても入らない。店員の目が僕を見つめる。情けなのか、少し憐れんでいるのか。事務的な無表情からは読み取れない。
これさえ飲み干せばいいということは頭では理解できる。しかし、無理をすれば本当にリバースしかねない。僕は敗北を認めて店員に小声で告げた。
「もう大丈夫です…」
店員は少し拍子抜けしたように頷いたが、一方で「だろうね」とでも言いたげな納得の表情も感じられた。
店員が大盛りチャレンジ丼を厨房へ片付けていったテーブルには水のグラスが補充される。僕は、完食ならなかった。
敗北を素直に認めざるを得なかった。
椅子に座ったまま、お腹いっぱいすぎて体制を変えることもできない。喉のすれすれまで飲んだスープの水面が迫っている感覚で、ちょっと体を揺らしただけでも、口から溢れてしまいそうだったのだ。
そのまま5分ほど、テーブルに座ったまま、敗北の悔しさと体の限界をかみしめた。
やっと胃袋が少しだけこなれて呼吸が落ち着き、ゆっくりと立ち上がる。
重く、だるい足取りで屈辱の2000円を支払い、店を後にした。
店の外に出ると、冷たい風が体に当たり、胃袋の重さが現実感を増していた。
胃袋のあたりは、まだタプタプしている。
歩くたびに、腹の奥でさっきのスープがチャポン…チャポン…と揺れる感覚がする。
気持ち悪いというより、危険物を抱えているみたいな、変な緊張感だった。
店の前の自販機にいったんどっかり腰を下ろしたかったがそんなことをして体勢を変えたら、腹の中のうどんが逆流してしまう気がする。
僕はロボットみたいなぎこちない歩き方で、ゆっくりゆっくり前に進んだ。
達成できなかった悔しさより、ただ「生き残った」という気分のほうが強かった。
あれはもう、食事じゃない。修行だ。いや、拷問かもしれない。もう二度とやらない。
信号待ちで立ち止まると、腹がズンと重みを訴えてくる。
ボロボロになりながら帰宅した。
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