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すしざんまい社長とソマリア海賊改心説

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インターネット上で一時期から次のような話が半ば事実として語られていた。
すしざんまい(運営会社:喜代村)社長の木村清氏が、ソマリア沖で活動していた海賊に漁具や仕事を与え彼らを漁師に転向させた結果、ソマリア海賊問題が解決したという内容である。生活のために海賊行為をしていた者たちは漁師として真っ当に仕事をしたほうが稼ぎが良いことを学び改心して真人間になったという論調である。
現代版日本昔話である。しかしこの話は単なる噂話ではなく「実話」「有名な話」「木村社長の逸話」として語られることが多く、反論される場面も少なかった。内容も完成された成功譚の形を取っており「武力ではなく雇用で問題を解決した」「日本の経営者が世界を変えた」という文脈で消費されていた。
ただしちょっとでも深堀りすればこの話は相当な誇張であり、ほとんどが事実ではないことがわかる。

この定説の発祥をたどると、出発点は比較的地味なものだ。
木村氏は過去のインタビューなどで、ソマリア海賊について次のような考えを語っている。
海賊の多くは元漁師であり、生活が成り立たなくなった結果として海賊行為に走った人間も多い。であれば、漁業が再び成立する環境を作ることが重要ではないか、という趣旨である。正論である。
これはあくまで問題提起や思想の表明であり、「実際に漁具を渡した」「組織的に支援した」という実績の話ではなかった。事業としてソマリアに関与したという情報もない。

しかし、この発言が二次、三次のメディアを経由する中で徐々に変形していく。
決定的だったのが、プレジデントオンラインに掲載された記事である。記事では、木村氏がソマリアに出向き、漁船や漁業支援を行い、結果として海賊が激減したというストーリーが、ほぼ事実として描かれていた。さらに「海外有名誌ハーバード・ビジネス・レビューに取り上げられた」といった要素も付加された。
この記事は拡散された後になってから事実確認が不十分だったとして削除され、編集部から謝罪が出されている。
メディアとしてはストーリー先行で記事を発信したことになり、かなりずさんと言えよう。

では、事実として確認できる点は何か。
まず、ソマリア沖の海賊行為が2011年以降に大きく減少したこと自体は事実である。ただし、その主因は多国籍軍の派遣、船舶の武装化、航路管理の徹底など、安全保障上の要因によるものとされている。
一方で、すしざんまい、あるいは木村氏個人が、元海賊に対して組織的に漁業支援を行ったという公的記録や第三者による検証可能な証拠は存在しない。日本企業として元海賊と取引を行っているという事実も確認されていない。
要するに、「元漁師が海賊になった」「漁業支援が必要だ」という一般論は現実に即しているが、「木村氏がそれを実行し、海賊問題を解決した」という部分は何も裏付けがなく、後付けされた物語である。

この話がここまで定着した理由は、情報の正確さよりも物語としての都合とわかりやすさにある。
ソマリア海賊問題は、内戦、貧困、国家崩壊、外国漁船による違法操業などが絡み合った、極めて複雑な問題である。これを正確に説明するには手間がかかるし、読後感も重い。
それに対して、「寿司屋の社長が仕事を与えて解決した」という話は分かりやすく、共有しやすく、気分がいい。経済立て直しが一番の治安改善策であるという裏付けにも引用しやすい。
語り手は、日本国内で知名度があり成功者としての記号性も強い人物である。豪快、太っ腹、人情深いというイメージも定着しており英雄役として配置しやすかった。

さらに厄介なことには、この話を信じても誰かが直接損をするわけではない。真顔で否定しようものなら、批判する側が空気を壊す存在になりやすく結果として検証は進まなかった。
不利益を被った人もいない。よって不正確な記事を出した編集部もそこまで糾弾されてはいない。
木村社長側もプラスこそあれマイナスイメージになる内容でもないので自分からわざわざ積極的には否定しない。
こうして、思想として語られた言葉は実績にすり替わり、一次情報の曖昧さは忘れられ、完成された成功物語だけが残った。

すしざんまい社長がソマリア海賊を漁師に転職させたという話は、100%虚構ではないにしてもまったくもって事実ではない。発言の一部を拡大解釈し都合のよい因果関係を付加した結果、生まれた典型的なネット定説である。
この話が広まった背景には、世界の複雑さよりも、善意が勝つ単純な物語を求める側の欲望があった。結果として救われたのは、ソマリアの海賊ではなく、その物語を信じた側の気分だったと言えるだろう。
似たような話は多いのではないのだろうか。

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