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ありがた迷惑な贈り物
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僕は誰かにプレゼントを渡すとき、相手のライフスタイルに影響しない、無難なものを選ぶようにしている。
「ライフスタイル」なんて言うと大げさに聞こえるかもしれないけれど、僕自身、嫌な言い方になるがありがた迷惑なプレゼントに悩まされた経験が少なくないからだ。
そういったプレゼントの大半は、母親からもたらされる。いわゆる「便利そうなものを見つけたからあなたにもあげるね」というジャンルの贈り物が多い。
「絶対便利に決まってるから使いなさい」という抗えない無言のメッセージが含まれる。
たとえば、台所の収納力をアップするための“上げ底台”。とても地味なグッズだ。多分300円くらい。
説明すると、キッチンの80センチほどの高さの戸棚に、30センチくらいの調味料や鍋などを収納すると、上の50センチがデッドスペースになってしまう。それを解消するために、40センチの高さの仕切り台を置いて上下を分け、有効活用しようというアイテムだ。母親はこれをどこかで見つけ、自分の分と僕の分を買ってきて渡してきた。
正直、僕はその必要性をあまり感じていなかった。けれど、せっかくもらったものだし…と思って使ってみた。結果としては、むしろ不便になった。
上下二段に分けたことで、確かに収納量は増えたかもしれない。でも、肝心の“取り出す空間”が狭くなってしまったのだ。30センチの高さの調味料を置いていた棚に、40センチの仕切りを入れたことで、10センチ分の余裕がなくなり、手を突っ込んで取り出せない。
上から見下ろすスペースも失われたので奥に何が入っているのかもわかりにくい。まだ残っている調味料を間違って買い足してしまったり、一番奥からとっくに賞味期限切れの調味料が発掘される弊害も生まれた。
ともかく1本の調味料を取るたびに、手前の瓶をどかし、奥から引っ張り出す手間が増えた。つまり、「便利グッズを使うために、逆に収納方法を工夫しなければならない」という、本末転倒な状態になってしまった。
しばらくの間は「せっかくもらったし…」という義理で使っていたけれど、あまりにも意味がないので最終的に捨てた。
母には「壊れた」と言ってある。
母からのありがた迷惑なプレゼントは、これだけではない。たとえば、シリコンスチーマー。蛇腹のような形状で、大・中・小の3サイズがコンパクトに重ねて収納できる、という触れ込みのものだった。電気調理で手軽に蒸し料理ができる、見た目もカラフルで綺麗というのが売りらしい。多分何かのおまけについてきたもの。
実家にはすでにあるからといって僕にくれた。
だが実際は、3つがくっついて収納されているので、使うたびに全部取り出して、使いたいサイズだけ分ける必要があった。そもそも、僕はレンジで使えるタッパーをすでに持っていたし、皿にラップをかけて温める方が皿も温まって美味しく感じるので、その方法で十分だった。
シリコンスチーマーは存在自体を忘れてしまうことも多く、使わないまま引き出しの奥に眠っていた。
結局、収納スペースを占拠するだけの無用の長物と化し、引っ越しを機に処分した。
考えてみたら実家の母があるはずのシリコンスチーマーを最近使っているのを見たことが無い。自分だって飽きて使わなくなるような物を一時のブームで息子にまで勧めてきたに過ぎなかったのだ。
さらに言えば、新聞に折り込まれていたファストフードのクーポン券も、「私は使わないから、いらなかったら捨てていいから」と言って母がよく渡してくる。正直言って、ハンバーガーが20円安くなる程度のもので、ぶっちゃけアプリとかランチタイムなら同程度の割引は得られる。
使用期限もあるうえに、僕がいつファストフードを食べるかわからない。仮に使おうと思っても、常にカバンに入れておかねばならず、むしろ邪魔だ。
このクーポンは、実家に帰省するたびに新しいものが追加される。そして僕は、一応「ありがとう」と受け取った上で母の代わりにそれを処分するという謎のルーティーンを繰り返している。「いらなかったら捨てていい」程度のものなら初めから捨ててくれ。
以前に友人からもらった海外旅行のお土産で、こんなものがあった。
「NEW ORLEANS」と書かれた、現地のカラフルで可愛らしい木彫りのキーホルダーラック。マグネットになっていて鍵を掛ける場所がいくつか分かれていて、"HOUSE"、"CAR"などとラベルが付いており、デザインも凝っている。
せっかくのお土産だし、しかもその友人は時折うちに遊びに来る。
となればせっかく貰ったものを「ちゃんと使ってるよ」と示す必要がある。だから、僕はそのラックを玄関のドアの裏に取りつけ、鍵をそこに掛けるという新たな習慣を一時的に取り入れた。
でも、実のところ僕には「家の鍵を定位置に掛ける」という文化がない。鍵は常にカバンの中、決まったポケットに入れて持ち歩く。そうすることで、家を出るときも帰るときも「鍵どこだっけ」と探さなくて済むからだ。加えて僕は車も持っていない。だから“CAR”のフックは空席のまま。海外では車を複数台持つのだろう。“CAR”は4つくらいあった。
しばらくは見せかけのために使っていたが、結局は鍵を忘れたり、帰宅してカバンから出してラックに掛けてまた翌朝同じカバンに入れるのがばからしくなり元のスタイルに戻ってしまった。
玄関ドアの裏に取り付けたラックは、次第に埃をかぶり、ただのインテリアと化した。
そして、変に目立つおかげでまったく関係ない第三者の友人から「ニューオーリンズ行ったことあるの?」と聞かれるたびに、「いや、友達からのお土産で……」と説明する羽目になるのも地味に面倒だった。
引っ越しを機にラックは外し、奥にしまい込んだ。
申し訳ないけどもう二度と出すことはないと思う。
また、あるときはべつの友人から珍しい観葉植物をプレゼントされたこともあった。転居祝いという名目だったと思う。
名前は忘れてしまったが、見た目が美しく、「きっと部屋に似合うと思うよ」と言われて贈られた。気持ちはとてもありがたい。
けれど、その友人自身、観葉植物を持ってないし植物には詳しくなかったようで、初心者には少し難しい種類だったらしい。
意外と世話が大変で、水をやりすぎてもダメ、足りなくてもダメ。肥料の量が合わなければ葉が変色して落ちてしまう。
せっかくもらったのだからと、僕はしばらくは必死にケアした。
液体肥料を買い、こまめに水の管理をし、枯らさぬように努めた。何度か友人が遊びに来た際には、順調に育っている姿を見せることもできた。
だがある日、油断して冬の日に数日ほど旅行に出かけて水やりができなかっただけで、帰ってきたら葉がすべて落ちていた。
見るも無残な姿だったので、申し訳なさを感じながらも、こっそり処分した。
こうした“ありがた迷惑”なプレゼントの厄介さは、自分なりに工夫して築いて慣れていた日々のルーティンが、ぽんと差し込まれた“親切心”によって一時的に崩れてしまうことだ。
使いづらさや手間が増えたり、気を遣って処分するタイミングをうかがったりする精神的なコストがかかる。
けれど、いちばん堪えるのは「自分のためを思って選ばれた好意を、ありがた迷惑と感じてしまう自分自身」への、罪悪感だ。「ありがた迷惑」という言葉自体のパンチも強いが、それ以外に言い表す言葉がない。
嬉しくないわけじゃない。ありがたくないわけでもない。もらった瞬間はその気持ちが嬉しい。
でも、日が経つにつれて心から「ありがとう」と言い切れない自分がいて、その違和感が胸に残る。
「これ、ちょっと困るな……」と思った瞬間に、自分の人間性を疑ってしまうのだ。
「もらわない方がよかった」とまで思ってしまう自分の冷たさ。
「捨てよう」と決めたときの、後ろめたさ。
それらがじわじわと心に沁みてくる。
むしろ、その内面の痛みこそが、ライフスタイルの乱れよりもずっと深く、自分を疲れさせる。
だから僕は、誰かに何かを贈るときには、できるだけその人のライフスタイルに踏み込まない、さりげないものを選ぶようにしている。
結果としてぱっとしない印象に残らないものになりがちだが、相手の生活を変えさせるような“便利”や“個性”はひとりよがりになりがちだと思っているので仕方ない。
「ライフスタイル」なんて言うと大げさに聞こえるかもしれないけれど、僕自身、嫌な言い方になるがありがた迷惑なプレゼントに悩まされた経験が少なくないからだ。
そういったプレゼントの大半は、母親からもたらされる。いわゆる「便利そうなものを見つけたからあなたにもあげるね」というジャンルの贈り物が多い。
「絶対便利に決まってるから使いなさい」という抗えない無言のメッセージが含まれる。
たとえば、台所の収納力をアップするための“上げ底台”。とても地味なグッズだ。多分300円くらい。
説明すると、キッチンの80センチほどの高さの戸棚に、30センチくらいの調味料や鍋などを収納すると、上の50センチがデッドスペースになってしまう。それを解消するために、40センチの高さの仕切り台を置いて上下を分け、有効活用しようというアイテムだ。母親はこれをどこかで見つけ、自分の分と僕の分を買ってきて渡してきた。
正直、僕はその必要性をあまり感じていなかった。けれど、せっかくもらったものだし…と思って使ってみた。結果としては、むしろ不便になった。
上下二段に分けたことで、確かに収納量は増えたかもしれない。でも、肝心の“取り出す空間”が狭くなってしまったのだ。30センチの高さの調味料を置いていた棚に、40センチの仕切りを入れたことで、10センチ分の余裕がなくなり、手を突っ込んで取り出せない。
上から見下ろすスペースも失われたので奥に何が入っているのかもわかりにくい。まだ残っている調味料を間違って買い足してしまったり、一番奥からとっくに賞味期限切れの調味料が発掘される弊害も生まれた。
ともかく1本の調味料を取るたびに、手前の瓶をどかし、奥から引っ張り出す手間が増えた。つまり、「便利グッズを使うために、逆に収納方法を工夫しなければならない」という、本末転倒な状態になってしまった。
しばらくの間は「せっかくもらったし…」という義理で使っていたけれど、あまりにも意味がないので最終的に捨てた。
母には「壊れた」と言ってある。
母からのありがた迷惑なプレゼントは、これだけではない。たとえば、シリコンスチーマー。蛇腹のような形状で、大・中・小の3サイズがコンパクトに重ねて収納できる、という触れ込みのものだった。電気調理で手軽に蒸し料理ができる、見た目もカラフルで綺麗というのが売りらしい。多分何かのおまけについてきたもの。
実家にはすでにあるからといって僕にくれた。
だが実際は、3つがくっついて収納されているので、使うたびに全部取り出して、使いたいサイズだけ分ける必要があった。そもそも、僕はレンジで使えるタッパーをすでに持っていたし、皿にラップをかけて温める方が皿も温まって美味しく感じるので、その方法で十分だった。
シリコンスチーマーは存在自体を忘れてしまうことも多く、使わないまま引き出しの奥に眠っていた。
結局、収納スペースを占拠するだけの無用の長物と化し、引っ越しを機に処分した。
考えてみたら実家の母があるはずのシリコンスチーマーを最近使っているのを見たことが無い。自分だって飽きて使わなくなるような物を一時のブームで息子にまで勧めてきたに過ぎなかったのだ。
さらに言えば、新聞に折り込まれていたファストフードのクーポン券も、「私は使わないから、いらなかったら捨てていいから」と言って母がよく渡してくる。正直言って、ハンバーガーが20円安くなる程度のもので、ぶっちゃけアプリとかランチタイムなら同程度の割引は得られる。
使用期限もあるうえに、僕がいつファストフードを食べるかわからない。仮に使おうと思っても、常にカバンに入れておかねばならず、むしろ邪魔だ。
このクーポンは、実家に帰省するたびに新しいものが追加される。そして僕は、一応「ありがとう」と受け取った上で母の代わりにそれを処分するという謎のルーティーンを繰り返している。「いらなかったら捨てていい」程度のものなら初めから捨ててくれ。
以前に友人からもらった海外旅行のお土産で、こんなものがあった。
「NEW ORLEANS」と書かれた、現地のカラフルで可愛らしい木彫りのキーホルダーラック。マグネットになっていて鍵を掛ける場所がいくつか分かれていて、"HOUSE"、"CAR"などとラベルが付いており、デザインも凝っている。
せっかくのお土産だし、しかもその友人は時折うちに遊びに来る。
となればせっかく貰ったものを「ちゃんと使ってるよ」と示す必要がある。だから、僕はそのラックを玄関のドアの裏に取りつけ、鍵をそこに掛けるという新たな習慣を一時的に取り入れた。
でも、実のところ僕には「家の鍵を定位置に掛ける」という文化がない。鍵は常にカバンの中、決まったポケットに入れて持ち歩く。そうすることで、家を出るときも帰るときも「鍵どこだっけ」と探さなくて済むからだ。加えて僕は車も持っていない。だから“CAR”のフックは空席のまま。海外では車を複数台持つのだろう。“CAR”は4つくらいあった。
しばらくは見せかけのために使っていたが、結局は鍵を忘れたり、帰宅してカバンから出してラックに掛けてまた翌朝同じカバンに入れるのがばからしくなり元のスタイルに戻ってしまった。
玄関ドアの裏に取り付けたラックは、次第に埃をかぶり、ただのインテリアと化した。
そして、変に目立つおかげでまったく関係ない第三者の友人から「ニューオーリンズ行ったことあるの?」と聞かれるたびに、「いや、友達からのお土産で……」と説明する羽目になるのも地味に面倒だった。
引っ越しを機にラックは外し、奥にしまい込んだ。
申し訳ないけどもう二度と出すことはないと思う。
また、あるときはべつの友人から珍しい観葉植物をプレゼントされたこともあった。転居祝いという名目だったと思う。
名前は忘れてしまったが、見た目が美しく、「きっと部屋に似合うと思うよ」と言われて贈られた。気持ちはとてもありがたい。
けれど、その友人自身、観葉植物を持ってないし植物には詳しくなかったようで、初心者には少し難しい種類だったらしい。
意外と世話が大変で、水をやりすぎてもダメ、足りなくてもダメ。肥料の量が合わなければ葉が変色して落ちてしまう。
せっかくもらったのだからと、僕はしばらくは必死にケアした。
液体肥料を買い、こまめに水の管理をし、枯らさぬように努めた。何度か友人が遊びに来た際には、順調に育っている姿を見せることもできた。
だがある日、油断して冬の日に数日ほど旅行に出かけて水やりができなかっただけで、帰ってきたら葉がすべて落ちていた。
見るも無残な姿だったので、申し訳なさを感じながらも、こっそり処分した。
こうした“ありがた迷惑”なプレゼントの厄介さは、自分なりに工夫して築いて慣れていた日々のルーティンが、ぽんと差し込まれた“親切心”によって一時的に崩れてしまうことだ。
使いづらさや手間が増えたり、気を遣って処分するタイミングをうかがったりする精神的なコストがかかる。
けれど、いちばん堪えるのは「自分のためを思って選ばれた好意を、ありがた迷惑と感じてしまう自分自身」への、罪悪感だ。「ありがた迷惑」という言葉自体のパンチも強いが、それ以外に言い表す言葉がない。
嬉しくないわけじゃない。ありがたくないわけでもない。もらった瞬間はその気持ちが嬉しい。
でも、日が経つにつれて心から「ありがとう」と言い切れない自分がいて、その違和感が胸に残る。
「これ、ちょっと困るな……」と思った瞬間に、自分の人間性を疑ってしまうのだ。
「もらわない方がよかった」とまで思ってしまう自分の冷たさ。
「捨てよう」と決めたときの、後ろめたさ。
それらがじわじわと心に沁みてくる。
むしろ、その内面の痛みこそが、ライフスタイルの乱れよりもずっと深く、自分を疲れさせる。
だから僕は、誰かに何かを贈るときには、できるだけその人のライフスタイルに踏み込まない、さりげないものを選ぶようにしている。
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