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推理大好きっ子

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学園奉仕部

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 プロローグ

「――はあ、はあ。陽太! そっち行ったぞ!」

 建物と建物が陽の光を塞いだ、住宅街の路地裏。

 僕が見つめる宵闇の先から、そんな言葉が飛んできた。

 聞こえてくるのは男の掠れた声と、息切れの荒い音。

 どうやら上手く対象を追えているらしい。

「ちょっ!? これ無理! 陽太!」

 二つ目に聞こえてきたのは、焦ったような女性の声。

 それと同時に、対象物が地を蹴る音が微かに聞こえてくる。

 僕の額に汗が伝う。緊張感がぁラ打を迸る。

 もう近くまで来ているようだ。

「お兄ちゃん! 突破されちゃった! そっち行ったよ!」

 そして最後に、そんな少女の言葉が飛んできた。

 もう対象物の足音は目と鼻の先まで近づいていて、さらに聞こえるのは対象物の荒い呼吸音。

 もう対象物はすぐそこに。

 僕は手を平手にして、覚悟を決めるように自分の頬を痛く打つ。

「痛っ――! よし!」

 そして僕は、通路を塞ぐようにして、大きくその両手を開いた。

 猛烈疾走で走ってくる対象物。対象物は四足歩行で走って走って走って。

 そして、僕の顔に向けて……

 ――対象物が、文字通り目の前に来た時、スローに感じる世界の中。

 どうしてこんなことになったのか、僕はふと過去の記憶を遡る――

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

「――だからさ、僕の部活の休日が少なすぎると思うんだよ」

「……仕方ないじゃん。あんたがテストでボロボロだったんしょ。ちな何点だった?」

「それはそれとして、そういえば玲奈、香水変えた?」

「え、話の変えかた雑すぎん? ホームズもびっくりの交わし方だわ」

「……60点」

「ふーん、でもそこそこ良い点取ってんじゃん。せんせに交渉してみたら?」

「……三教科で」

「……あーね」

 外の運動場から運動部の掛け声やら何やらが飛んでくる、学校二階廊下奥の一つ部屋。

 窓からはお昼の温かい日光が差し込んできていて、畳で言えば12畳くらいの部屋の中を明るく照らしている。部屋の真ん中に置かれているのは四角に並べられた四つの事務机と事務椅子。壁には掛けられたホワイトボードと本棚と言う、如何にもな部室感が出ている、そんな部屋。

 すると僕の正面に座る少女が尋ねるようにして、

「そいやさ。まあ実際に香水変えたわけなんだけど、どう?」

「? どうって?」

「いや、良い匂いか聞いてんの」

「あーそういうこと。……うーん、そうだなあ。前の香水も女の子らしさが出てて好きだったんだけど、今の花の香りのするやつも良い匂いだし……。でも、やっぱり僕のタイプで言ったら前の方が好きかな」

「なーる。じゃあ次からは前の付けてくるわ」

「え? いや、今のも良い匂いだと思うよ?」

「いやいや、大丈夫。陽太は馬鹿だかんね。デリカシーの欠片も無いし、率直に素直なこと言ってくれるから助かるわ。そっか。前の方が好きな匂いか」

「ああ、ありが…………? あれ? 玲奈。今僕は褒められたのかな? 何だか流しそうめんみたいに自然と罵倒の言葉が聞こえた気がするんだけど……」

「あははー、それでさー」

「続けないよ!? 今のは結構心に響いたよ!?」
 
   どれだけ人を馬鹿にするのが上手いんだ! 僕じゃなかったら確実に見落としていた所だ!
 
 僕の正面に相対するこの少女、名前は雨宮玲奈。

 少し煌びやかな金髪の髪に、これでもかという程に着崩したギャルっぽい制服。スタイルはモデル並みに非の打ち所がない体形をしていて、そのガラス細工のように整った顔は一つの欠点である目付きの鋭さを更に怖く引き立たせている。
 
 そして、玲奈は僕と同じ部活に所属している部活仲間である。
 
 玲奈はふと思い出したようにして空いている二つの事務机を見やる。

「そいやさ、他の皆はどしたん?」

「え? あ、ああ……」

 他の皆、それは他の部活仲間の事だろう。
 僕は玲奈の言葉に、

「茜は掃除当番って言ってたから、もうすぐ来ると思うよ。拓斗は何も聞いてないかな。まあどうせまた喧嘩でもしてるんじゃない?」

「滅茶苦茶な偏見だねそれ。……ん? あ、そういや拓斗は……」

 と、玲奈が何かを思い出したように口に出そうとした時。

 部屋の扉がガラガラと大きく音を立てて開いて、一人の少女が現れた。

「お兄ちゃん!! おはよう!!」

 ふと見ると、そこに居たのは元気で明るい笑顔を纏った女の子。

 頭の後ろでユラユラと揺れる黒髪のポニーテールに、僕を真っすぐと見つめるのは大きくて髪の色と付随した黒い瞳。可愛い顔立ちだけど、それを綻ばせて屈託のない純粋無垢な笑顔をバラまいている女の子。

 僕はふとその少女に声を返す。

「茜。お昼にはね、おはようは使わないんだよ」

 僕のそんな言葉に、すると少女はその小さな頭を傾げて、

「うん? 何言ってるの、お兄ちゃん? 玲奈先輩が言ってたんだよ?」

「え? 玲奈が? 何を?」

 ふと玲奈を見ると、何故か僕から視線を逸らしてくる。
 少女は続けて、

「お昼でもおはようって言った方が、皆に好かれやすいよって。特に男子方面からって」

「おい玲奈。僕の可愛い妹に何を吹き込んでいるんだ。ちょっと話をしようか」

「茜ちゃん飴食べる? おいで、おばちゃん飴あげる」

「わーい! 玲奈先輩大好きー!」

 わーお、茜を盾にされた。どれだけ卑劣なんだろうか。

 僕のことをお兄ちゃんと呼ぶこの少女、名前は樫月茜。

 正真正銘の純真な僕の妹であり、同じ部活仲間の三人目である少女だ。

 いつも元気で明るくて、でもそれ故に悪というものを知らない純粋無垢な少女。

 あまりにも純粋すぎて、他の人が言ったことをすぐに鵜呑みにしてしまう程のとんでもない子だ。この前なんかハロウィンは街に悪魔が集まるからって、バットを持って皆を助けないとと街に駆り出そうになっていた程である。可愛いから更生はしないけど。

「お兄ちゃんお兄ちゃん。飴食べる? 玲奈先輩がくれたよ」

「茜ちゃん。実はそれ、食べると兄ちゃんを馬鹿にしたい病にかかっちゃうんだよ」

「え!? ほ、ホントだ! く、口が勝手に動くような気がする! お兄ちゃんの馬鹿!」

「玲奈、僕は君と全面戦争をしないといけないようだ」

「茜ちゃん、嘘だよー。兄ちゃんは確かに馬鹿だけど、本当のことは言っちゃいけないよ」

「嘘なの!? お兄ちゃん! 本当はそんなこと思ってないよ! チョットだけしか!」

「…………」

 ……何でだ。何で僕の心はこんなにズタズタになっているんだ。

 と、そんな会話を楽しんでいると、ふと茜が思い出したようにして、

「あ、そうだ。そういえば西島先輩を見たよ。校舎裏で」

「? 拓斗を? 校舎裏……また喧嘩でもしてるのかな……」

 茜の言う西島先輩、それは僕と玲奈と茜を含めた最後の部員である一人の男。

 名前を西島拓斗。玲奈と同じ煌びやかな金髪の髪に、スラッとしながらも筋肉の引き締まった体。身長は無駄に巨大な180センチほどあり、体中に傷のある、いつも喧嘩ばかりしている不良青年である。

 僕はそんな拓斗を思い出していると、先程の続きを思い出したように玲奈が、

「あ、そうそう。拓斗、またラブレター貰ってたよ」

「………………何て?」

 玲奈の何気なく言った一言に、僕はギリギリと音を軋ませながらも玲奈へと首を向ける。

 玲奈は今、何て言った? らぶれたー?

 ラブレターって何だろうか? 美味しいのかな? 拓斗ごときにラブレター?

 というか、またって……

 すると玲奈は続けて、

「いや、あいつ結構モテるかんね。この前も後輩のバレンタインチョコ総なめにしてたし」

 ――ピキッ。

「あ、私の友達も西島先輩の事格好いいって言ってたよ。同じ部活で羨ましいって」

 ――――ピキキッ。

「あいつ私と同じクラスだかんね。結構ミエンの。あいつにラブレター渡してる女の子」

 ――――――ブチッ。

 ……僕の中で、何かが切れてしまった。
  
 すると、まるで神様が与えてくださったタイミングのように、

「(――なるほど、そういうことっすね。了解っす)」

「(うむ、まあ詳しいことは後で……)」

 と、廊下側からそんな話声が聞こえてきた。

 誰かと話しているのだろうか。綺麗な女性らしき声に、続いて絶対不快のような男の声。

 間違いない。殺戮対象(拓斗)だ。

 理性が効かなくなった僕は、考えるよりもまずさきに机の上に手を伸ばしていた。

 欲を言えばサブマシンガンあたりが欲しかったがそれを買いに行く余裕はない。手頃にぶつけられそうな物を探して。そして探し当てるは麻で出来た一つの筆箱。

 コツコツと足音は近づいてくる、それはもう扉のすぐそばまで。

 僕は一球一魂、甲子園の最終ピッチャー並みに身を構えて、扉へと正面を向ける。

 そして――

「まあ、そろそろ欲しいと思ってたんで――ガララッ」

「拓斗オぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!! 死ねえええええええええええっっ!!!!」

 僕は全身全霊を振り被り、全ての魂を込めた一球を扉を開けた人にぶつけた。

 ゴスッっと、鈍く顔に筆箱が激突する音が鳴り、僕の耳に心地よく響く。

 …………決まった。

 すると、振りかぶった姿勢のまま清々しい顔をする僕に、

 ふと、後ろから怯えたような声が、

「よ、陽太……! あ、あんた……」
「あ、あわわわわわわわ」

 と、僕の正面に顔を向けてそんな言葉を出す二人。

 ? どうしたんだろうか? 拓斗ごときに何をそんなに怯える必要が? 

 僕は視線を二人から、筆箱を本気でぶつけた正面にゆっくりと持って行く。

 すると、

「…………え?」
「……………」

 そこに居たのは、顔面に筆箱がめり込んだままの一人の女性。

 透き通るように長い黒髪に、大人の女性といった引き締まったスタイル。

 ドスッと下に重たい筆箱が落ちて、そして露わになるは整った顔立ちをした高い鼻。

 果たして、部活顧問である市島先生がそこにいた。

 ………………これは。…………もしかして。

 すると先生は、無言のまま整った口をゆっくりと開いて、

「…………樫月」
「…………」

 冷徹な。極寒な。殺傷な。
 そんな、誰をもを震え上がらせるような声に。
 僕は……

「…………殺す」

 死ぬことになりました。













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