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終章 あやかし横丁の仲間
二
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「そう……ですね。だって、琴子さんのお料理も、礼司さんのコーヒーも、とても美味しいですから」
「そう言うてくれるのが、一番嬉しいわぁ」
そう言うと、山盛りになったあんみつの皿を初名に渡した。いつも以上の大サービスになっている。
「あ、めちゃくちゃ盛ってあるやん。僕にもちょうだい」
「ダーメ! これは初名ちゃんの」
横からスプーンを奪おうとする辰三の手を、琴子がぴしゃりとはたき落とす。そんな辰三の前に、ラウルが別の皿を差し出した。
「タツさんには、はいこれ。ぎょうさん盛ってきたで」
更には、団子が山盛りにされていた。これを食べ尽くそうと思うと、当分席を離れられそうに無かった。
「……わかった。これ食べとる間はからかわれてあげるわ」
少しいたずらっぽい笑みを浮かべて、ラウルは頷いた。辰三が「からかわれてあげる」なんて言うことが相当珍しいからか、妙に勝ち誇っていた。
だがすぐに、その顔を初名の方に向け、そして深々と頭を下げたのだった。
「初名ちゃん、今回のこと……僕もお礼を言わせてほしい。ホンマにありがとう」
「え、何でラウルさんまで?」
「風見さんのこともあるけど、僕は絵美瑠が喜んどったから……感謝してる」
いつものやんわりふんわりした雰囲気とは少し違う神妙な佇まいに、初名はなんだかむず痒くなった。
「キミは、この迷宮に一つの出口を見つけたなぁ」
「どういうことですか?」
「迷路と迷宮は、少しだけ意味合いが違うんや。知っとった?」
「い、いいえ」
「迷路は、必ず出口が一つは用意されてるもの。迷宮は必ずしも出口があるとは限らんものなんや。人の思考なんかも、こっちに例えられたりするなぁ」
初めて聞いた違いに感心しつつ、初名は首を傾げた。
「えーと……もしかして、この地下街も迷宮にあたるんですか?」
「そうやね。初名ちゃんらにとってはちゃんと出口のある"迷路"。そやけど僕らにとっては、出口の見つからん"迷宮"やった……初名ちゃんが、ほんの少しだけ出口を見出してくれたんや。だから、皆こんなにも感謝してるんやで。ホンマにありがとうなぁ……」
いつも艶っぽく、道行く人を魅了する美丈夫が、今は父の顔で、包容力と威厳がいくつも合わさった顔となっていた。この顔のラウルには、不思議と安心するのだった。
「もうお父さんやめてや! うちがこれから初名ちゃんと会いにくくなるやんか」
まだお辞儀をするラウルを、絵美瑠が後ろから引き剥がすように起こした。
「初名ちゃん、明日、四時頃に、よろしく!」
「う、うん……よろしくお願いします」
絵美瑠には風見と清友を会わせる手伝いをしてもらった。今度は初名が絵美瑠のお願いを聞く番だった。そこで絵美瑠の言っていた通り、週に何度か附属高校の剣道部の練習にまぜてもらうことになったのだった。
「いいのかな……私なんかが高校の部活に、なんて……」
「ええに決まってるやん! 皆めっちゃ喜んでたで。あの小阪さんが来るって!」
「や、やめて……そんないいものじゃないから……!」
真っ赤になって俯く初名を、周りに座る面々が囲って覗き込んだ。皆、一様にニヤニヤしている。
「それが意外やったわ……剣道やっとるとは聞いてたけども、まさかそんなに強いとはなぁ」
「今度ぜひ凜々しい様を見せてほしいもんやな」
「ちゅうか竹刀で打たれても平気やのに、なんで包帯巻いてる奴見て卒倒するねん。不思議でならんわ」
口々に言われるからかい文句に縮こまる初名の前に、絵美瑠が立ちはだかった。
「もう! 皆勝手なこと言うて! 清文館高校の小阪さんゆうたら、泣く子も黙る『突き』の達人やねんで! 沖田総司ばりの鋭い三段突きで、皆怖がって打ち込むタイミング見計らってると、あっという間に『面』とられるし、動いたら『突き』か『小手』かとられるしで、凄かってんから! 皆ちょっと馴れ馴れしすぎるで! もっと初名ちゃんを崇めて! ひれ伏して!」
「泣く子も黙る……」
絵美瑠の演説に恐れを成したように、風見たちが居住まいを正して恭しく頭を垂れようとした。
「や、やめてください! そんな凄くないですから! だいいち私、絵美瑠ちゃんに負けたでしょ」
「竹刀折られて動揺してたんやろ? うちかてびっくりするわぁ」
「竹刀が使えなくなった程度で調子崩してたら勝ち進めないから!」
余談だが、竹刀はけっこう消耗品だ。すぐに使えなくなるので、大抵の人は試合には二本以上持って行く。
話してみてわかったのだが、どうもこの絵美瑠の、初名に対する評価が異様に高い。初名の自己評価が多少低いことを差し引いても、過大評価が過ぎると感じる。
「ええの! 初名ちゃんは昔から凄かってん。ずーっと、うちの憧れやってんから」
「う、うーん……」
この調子だ。
二人の関係が修復されたことは嬉しいのだが、新たな悩みが生まれたのだった。
(これは……頑張らないと……)
もう剣道をするつもりはなかったから、実家に置いてきた防具類を、急いで送って貰ったところだ。胸の内で、密かに気持ちが引き締まった瞬間だった。
「そう言うてくれるのが、一番嬉しいわぁ」
そう言うと、山盛りになったあんみつの皿を初名に渡した。いつも以上の大サービスになっている。
「あ、めちゃくちゃ盛ってあるやん。僕にもちょうだい」
「ダーメ! これは初名ちゃんの」
横からスプーンを奪おうとする辰三の手を、琴子がぴしゃりとはたき落とす。そんな辰三の前に、ラウルが別の皿を差し出した。
「タツさんには、はいこれ。ぎょうさん盛ってきたで」
更には、団子が山盛りにされていた。これを食べ尽くそうと思うと、当分席を離れられそうに無かった。
「……わかった。これ食べとる間はからかわれてあげるわ」
少しいたずらっぽい笑みを浮かべて、ラウルは頷いた。辰三が「からかわれてあげる」なんて言うことが相当珍しいからか、妙に勝ち誇っていた。
だがすぐに、その顔を初名の方に向け、そして深々と頭を下げたのだった。
「初名ちゃん、今回のこと……僕もお礼を言わせてほしい。ホンマにありがとう」
「え、何でラウルさんまで?」
「風見さんのこともあるけど、僕は絵美瑠が喜んどったから……感謝してる」
いつものやんわりふんわりした雰囲気とは少し違う神妙な佇まいに、初名はなんだかむず痒くなった。
「キミは、この迷宮に一つの出口を見つけたなぁ」
「どういうことですか?」
「迷路と迷宮は、少しだけ意味合いが違うんや。知っとった?」
「い、いいえ」
「迷路は、必ず出口が一つは用意されてるもの。迷宮は必ずしも出口があるとは限らんものなんや。人の思考なんかも、こっちに例えられたりするなぁ」
初めて聞いた違いに感心しつつ、初名は首を傾げた。
「えーと……もしかして、この地下街も迷宮にあたるんですか?」
「そうやね。初名ちゃんらにとってはちゃんと出口のある"迷路"。そやけど僕らにとっては、出口の見つからん"迷宮"やった……初名ちゃんが、ほんの少しだけ出口を見出してくれたんや。だから、皆こんなにも感謝してるんやで。ホンマにありがとうなぁ……」
いつも艶っぽく、道行く人を魅了する美丈夫が、今は父の顔で、包容力と威厳がいくつも合わさった顔となっていた。この顔のラウルには、不思議と安心するのだった。
「もうお父さんやめてや! うちがこれから初名ちゃんと会いにくくなるやんか」
まだお辞儀をするラウルを、絵美瑠が後ろから引き剥がすように起こした。
「初名ちゃん、明日、四時頃に、よろしく!」
「う、うん……よろしくお願いします」
絵美瑠には風見と清友を会わせる手伝いをしてもらった。今度は初名が絵美瑠のお願いを聞く番だった。そこで絵美瑠の言っていた通り、週に何度か附属高校の剣道部の練習にまぜてもらうことになったのだった。
「いいのかな……私なんかが高校の部活に、なんて……」
「ええに決まってるやん! 皆めっちゃ喜んでたで。あの小阪さんが来るって!」
「や、やめて……そんないいものじゃないから……!」
真っ赤になって俯く初名を、周りに座る面々が囲って覗き込んだ。皆、一様にニヤニヤしている。
「それが意外やったわ……剣道やっとるとは聞いてたけども、まさかそんなに強いとはなぁ」
「今度ぜひ凜々しい様を見せてほしいもんやな」
「ちゅうか竹刀で打たれても平気やのに、なんで包帯巻いてる奴見て卒倒するねん。不思議でならんわ」
口々に言われるからかい文句に縮こまる初名の前に、絵美瑠が立ちはだかった。
「もう! 皆勝手なこと言うて! 清文館高校の小阪さんゆうたら、泣く子も黙る『突き』の達人やねんで! 沖田総司ばりの鋭い三段突きで、皆怖がって打ち込むタイミング見計らってると、あっという間に『面』とられるし、動いたら『突き』か『小手』かとられるしで、凄かってんから! 皆ちょっと馴れ馴れしすぎるで! もっと初名ちゃんを崇めて! ひれ伏して!」
「泣く子も黙る……」
絵美瑠の演説に恐れを成したように、風見たちが居住まいを正して恭しく頭を垂れようとした。
「や、やめてください! そんな凄くないですから! だいいち私、絵美瑠ちゃんに負けたでしょ」
「竹刀折られて動揺してたんやろ? うちかてびっくりするわぁ」
「竹刀が使えなくなった程度で調子崩してたら勝ち進めないから!」
余談だが、竹刀はけっこう消耗品だ。すぐに使えなくなるので、大抵の人は試合には二本以上持って行く。
話してみてわかったのだが、どうもこの絵美瑠の、初名に対する評価が異様に高い。初名の自己評価が多少低いことを差し引いても、過大評価が過ぎると感じる。
「ええの! 初名ちゃんは昔から凄かってん。ずーっと、うちの憧れやってんから」
「う、うーん……」
この調子だ。
二人の関係が修復されたことは嬉しいのだが、新たな悩みが生まれたのだった。
(これは……頑張らないと……)
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