となりの天狗様

真鳥カノ

文字の大きさ
66 / 99
四章 鞍馬山の大天狗

しおりを挟む
 藍のはっきりとした返答を、僧正坊は思いのほか気に入ったようだった。居住まいを改めて、藍に真正面から向き合った。
 藍も、正面に正座し直した。
「同じ……と言ったが、厳密には少しだけ違う。君や遮那王は生まれつき並の人間よりもずっと強い力を持って生まれた、いわば化け物だ」
「ば、化け物!?」
「いや失敬。人間離れしている人間だ」
 どちらも同じじゃないのか、という言葉を、藍はかろうじて飲み込んだ。今はその先の話を聞くのが重要だ。
「ところが、太郎はそうじゃない。生まれつき不思議な力を持ってはいたが、まぁせいぜい見える程度だった。だが、その状況は一変する。彼は、あやかし憑きになった」
「あやかし……憑き?」
 僧正坊は深く頷いた。
「言葉通りだよ。人間の体にあやかしが憑りついた存在……それが”あやかし憑き”だ。だいたいは、強いあやかしに体を乗っ取られている人間を指すな。狐憑きなどは有名だろう」
 藍が頷くと、僧正坊も頷き返して、続けた。
「太郎に憑いていたのは、誰もが恐れるようなそれはそれは強力なモノでな。その影響か、太郎は人間の身には持て余すほどの力を持っていた」
「で、でも……太郎さんがそんな風に困っているような素振り、見たことないですけど」
「そうれはそうさ。封じられたのだからね」
「封じられたって……誰に?」
「君に」
「私に!?」
 寝耳に水なことを聞かされて、藍は混乱したが、僧正坊はクスクス笑うだけで話を進めようとした。
「正確には、前世の君だ」
「……”姫”?」
 僧正坊が頷くと同時に、藍は思い出した。先日の三郎が言っていた言葉だ。
『太郎が熱を上げてるって噂の姫なら、俺の手なんか借りずとも切り抜けられると思ったもんでね』
 そう言っていた。
 あれはてっきり、太郎が熱を上げるくらいだから、相当できるに違いないと思い込んでいたということだと、藍は思っていた。
 だが、今の僧正坊の言葉を聞いて、違うのかもしれないと思い始めた。
「その姫って……どんな人だったんですか? 見た目とか、性格とかじゃなくて」
 そんな漠然とした藍の質問の意図を、僧正坊は汲み取ったようだった。どうしてか、藍に哀れみのような慈愛のような笑みを向けた。
「彼女は、都で随一とも言われる陰陽師の血族であり、その中でもさらに他の追随を許さないほどの才を秘めていた。ありとあらゆるあやかしどもを調伏し、都に結界を張り、邪なものを遠ざけていた。まぁ、歴史に名は残っていないが」
「どうして名前が残らないんですか? そんなに凄い人なのに」
「理由は二つ。一つは女であったから。もう一つは……あやかし憑きに心を奪われて役目を投げ出してしまったから」 
 藍が息を飲む様子を見て、僧正坊は釘をさすように告げた。
「理由のひとつ目については触れないでくれ。私とて、いや誰にもどうしようもない問題だ。私が答えられるとすれば、二つ目の理由の方だが、何か質問はあるかい?」
「……詳しく聞かせてほしいです」
「太郎に聞けば、教えてくれるかもしれないが?」
 僧正坊の笑みが、意地の悪いものに見えてしまった。藍は静かに首を横に振った。僧正坊も、それを予想していたようにくすりと笑った。
「私もそこまで詳しくは知らないんだが……あやかし憑きとして苦しんでいた太郎を愛宕の天狗に預けたのが姫だという話だ。数々のあやかしを調伏した姫にとっては、愛宕の栄術太郎様ですら恐れるものではなかったらしい。いや、感服するね」
「でも、それで終わりじゃなかったんですよね?」
 そうでなければ、話に聞いたような事が起こるはずがない。
「……なんてことはない。太郎に憑りついたあやかしの力は、姫も栄術太郎様も手の施しようがないほどに強大なものだった。そのせいで、太郎は喰われそうになった。だから姫が、その命を賭して、太郎に憑いたあやかしを封じ込めた……それだけだ」
 言葉の最後だけ、僧正坊は少し投げやりな言い方をしていた。口にすることを、ほんの少し躊躇っていたようだった。
(私の想像なんかより、ずっと重くて、悲しい……)
 その時の……自らの命をも賭けて愛する人を救う姫の気持ちも、愛する人が自らのために命を落としたと知った時の太郎の気持ちも、とても、推し量れるようなものではなかった。
 だが僧正坊からそんな経緯を聞いて、はっきりとわかったことがある。
 太郎は、今でもずっと、自分を救ってくれた姫を想っている。その気持ちは、生まれ変わりだからと言って、自分などに向けられるようなものではない。
 そう、確信した。
 確信したら、疑問も湧いた。
「でも、そうだとしたら、どうして私の家に来たんだろう。はっきりと別人だって、初めて会った時にわかったはずなのに、どうして今もずっと……? 私に、ほんの少しでも姫の面影があるのかな?」
 思ったことは、囁き声ながら口からこぼれていた。
 思えば、ほんの少し似ていると言われた記憶はあった。だがあくまで”ほんの少し”だ。
 首をかしげている藍の方を、僧正坊がちらりと向いた。まるでその胸の内を聞いたかのように、何かを答えようと口を開いた。
 だが、藍がさらに首をかしげている様を見て、口を閉じてしまった。
 そして、代わりに深く強いため息をつきながら、言った。
「……君は、何も知ろうとしていないのだね」
 それまでとは打って変わった声に、背筋が粟立った。声のする方を振り返ると、そこには僧正坊がいた。
 視線は冷たく、だがその背には炎を背負っているようにも見える、明王のような威厳と怒気を纏っていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...