となりの天狗様

真鳥カノ

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五章 天狗様、奔る 

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 管狐たちの言葉に、三郎は怪訝な顔を見せた。
「”けもの”がついてて、じーっと見られてる? あやかしのしわざってことか?」
 そう尋ねると、管狐たちは今度は首をひねって考え込んだ。
「あの……もしかして太郎さんが弱ってるのは、無理をし続けたことだけが原因じゃないってことですか?」
「うーん、まぁその可能性もある……という話だ」
 三郎の返事もまた、煮え切らない。だが藍は、その返答だけでまた頭がぐらぐら揺れるような思いがした。
 最近、太郎のおかげでめっきり減っていたから油断していた。藍は奇妙なモノに狙われやすいのだった。その影響が、太郎に及んでも少しも不思議ではない。
「け、けものって……どんな獣か、わかる?」
 藍の脳裏には、うっすらとだが、その姿が浮かんでいた。管狐たちの反応は、その想像を、裏付けた。
「いのししの匂いです」
「大きないのししがいます」
「つよいです……」
 ”強い”、”大きい”、”いのしし”……その言葉に当てはまる存在を、藍は知っている。
「お嬢、もしかして先日の変な猪のことを考えてるか?」
「だって、それしか考えられないから」
「ふぅむ……まぁそうなんだが……」
 三郎は何故か言い淀んでいた。藍と太郎を交互に見ては首をかしげている。
「正直なところ、俺もその”けもの”の気配を感じなくはない。だが、そんなに悪い感じはしないんだよなぁ」
 今度は藍が首をかしげる番だった。結局のところ、どういうことなんだろうか。
 鏡のように首を傾け合っていると、二人の間に割って入るように、琥珀がぴょこっと顔を出した。
「でも、なんだか悪いものにじーっと見られてます」
「はい、見ているのは悪いものです」
「悪いです」
「待て待てお前ら。話がややこしくなる」
 三郎がそう言って三人を宥めるが、琥珀たちは主張を曲げなかった。
 太郎は悪いモノにじっと見張られている。それだけは確かだと、三人が揃って言っていた。
 藍の胸の内に湧いた予想や疑問は、見る見る間に確信に変わりつつあった。
「……お嬢、馬鹿なこと考えるなよ」
「何も、言ってません」
「俺たちには考えてるだけで筒抜けなんだよ」
 また、神通力によってばれてしまった。藍はぐっと黙り込んだ。
 憮然とした様子の藍を見て、三郎はため息交じりに告げた。
「仕方ねえな。調べて何もなかったら、納得するか?」
「え」
「管狐が調べて、今の太郎の状態が、その”獣”……猪が原因じゃないってわかれば、自分でそいつを探し当てようとか、何とかしようとか、考えるのをやめるか?」
「は、はい……関係ないって、わかれば……」
「よし。聞いてたな、お前たち?」
「はーい」
 琥珀、珊瑚、翡翠の三人は、三郎の前に立って手を挙げて答えた。
 かと思うと、三人の姿は白銀の光に溶けていき、三筋の光となって戸口から飛び出していった。気のせいか、いってきまーす、という声が聞こえたような気がした。
「さて、あとは結果を待つのみ」
 ぐっと大きく伸びをする三郎に、藍は申し訳なさと不安とがない交ぜになった視線を向けた。
「あの……狐ちゃんたちに任せてしまって、良かったんですか?」
「あれがあいつらのお仕事なの。いいから大船に乗ったつもりでいなさいって。それより、この依頼は高くつくぜ」
「高く……あ!」
 今更ながらに気付いた。これは、三郎たちの仕事・・なんだった。当然、報酬を要求される。
 太郎の場合は積み重ねた信用があったから、「貸し一つ」と言っていたが、藍の場合はいったい何を支払えば良いのか。
 藍は、おそるそおる三郎の顔を覗き込んだ。
「あ、あのぅ……報酬って何をお支払いすれば……?」
「うーん、百万円」
「む、む、無理です! ぶ、分割は可能ですか……!?」
「冗談だって。そんな若いうちからローン組むこと考えるなよ。そうだな、代わりに……」
 三郎が、にやりと笑い、急に近づいてきた。思わず一歩退いて、その顔を見つめ返す藍に、三郎は言った。
「あの三人に、美味いメシを食わせてやってくれるか。重労働の苦労が報われるような、とびきり美味いメシを、な」
「は……はい!」
 藍は、はじかれたように立ち上がり、急いで台所へと向かったのだった。
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