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第3章 泥まみれの宝
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リュシアンの視線が焦りでうろうろと宙を彷徨っていた。その様子を、国王を含めた重臣たちは、皆冷めた……いや白けた面持ちで見ていた。
「み、皆もう少し長い目で見てやれないのか! 彼女は平民出身で、いきなりこんな貴族社会に召し上げられて心細いに違いない。時が経てばきっと力を発揮できる! そういった優しさこそが、国民すべてを思いやることに繋がるんじゃないのか!」
リュシアンが、一人一人の顔を見つめて告げた。だが、首を縦に振ろうとする者は誰一人としていない。
その中で、リュシアンに最もほど近い席に座していたリール公爵が、重い口を開いた。
「……殿下、あなたの仰る『時が経つ』間に、いったいどれだけの民が飢えるか、おわかりですか?」
「そ、それは……」
「もはや猶予はないのです。これほど僅かな期間で、これほどの危機的状況に陥ることは前代未聞なのですよ」
「何を……言いたいのだ、宰相?」
「……これは私があなたの元婚約者の父だから述べるのではない。陛下をお支えする宰相として申し上げる。彼女が今、聖女の役目を果たすことは困難なのでは?」
「なっ……!」
リュシアンの顔がみるみる紅潮していく。怒りで血の気が集まっていくのが誰の目にも明らかだったが、赤く染まりきるより前に、横から制止する者がいた。この場でただ一人、それが許される……国王だった。
「下がれ、リュシアン」
「し、しかし父上……!」
「下がれ」
温厚で知られる国王に、そして父に厳しい声音で窘められ、リュシアンは唇を噛みながらも退室していった。
リュシアンが去り、重臣たちは一斉にほっと息をついた。
「年々、気難しくなられますな……」
「やはり、王太子の地位はあの方には重責なのでは……?」
「平民の娘を受け入れることを認めて差し上げれば、少しはこちらにの話も聞いて下さるやもと思ったが……逆効果だったか」
そんな声が、口々に飛び交い、議場を埋めていく。
その声を、ドア一枚隔てた場所でリュシアンが聞いているとは、誰も知るよしもなかった。
「あの……リュシアン様」
「! アネット……」
おずおずと、アネットがリュシアンに寄り添うように歩み寄ってきた。王宮という場所がまだ居心地が悪いのか、未だに肩を竦ませている。
「どうしたのだ、アネット? 今日は王宮に呼ばれてはいないだろう」
「はい。呼ばれてはいませんけど……その……私のせいで、リュシアン様が……」
それ以上は言わせまいと、リュシアンはアネットを抱き寄せた。腕の中に感じる温かさが、先ほどの会議で感じた凍り付きそうな寒さを和らげてくれた。
「いいんだ、アネット……お前はそのままで」
「リュシアン様、そういうわけには……」
「いいんだ。いいんだ、それで」
温もりを両手に掻き集めるように、リュシアンは小さな背中を撫でていた。
自分が守らねば、そう思っていた。
アネットは、彼女と違ってか細くか弱いのだから。
「み、皆もう少し長い目で見てやれないのか! 彼女は平民出身で、いきなりこんな貴族社会に召し上げられて心細いに違いない。時が経てばきっと力を発揮できる! そういった優しさこそが、国民すべてを思いやることに繋がるんじゃないのか!」
リュシアンが、一人一人の顔を見つめて告げた。だが、首を縦に振ろうとする者は誰一人としていない。
その中で、リュシアンに最もほど近い席に座していたリール公爵が、重い口を開いた。
「……殿下、あなたの仰る『時が経つ』間に、いったいどれだけの民が飢えるか、おわかりですか?」
「そ、それは……」
「もはや猶予はないのです。これほど僅かな期間で、これほどの危機的状況に陥ることは前代未聞なのですよ」
「何を……言いたいのだ、宰相?」
「……これは私があなたの元婚約者の父だから述べるのではない。陛下をお支えする宰相として申し上げる。彼女が今、聖女の役目を果たすことは困難なのでは?」
「なっ……!」
リュシアンの顔がみるみる紅潮していく。怒りで血の気が集まっていくのが誰の目にも明らかだったが、赤く染まりきるより前に、横から制止する者がいた。この場でただ一人、それが許される……国王だった。
「下がれ、リュシアン」
「し、しかし父上……!」
「下がれ」
温厚で知られる国王に、そして父に厳しい声音で窘められ、リュシアンは唇を噛みながらも退室していった。
リュシアンが去り、重臣たちは一斉にほっと息をついた。
「年々、気難しくなられますな……」
「やはり、王太子の地位はあの方には重責なのでは……?」
「平民の娘を受け入れることを認めて差し上げれば、少しはこちらにの話も聞いて下さるやもと思ったが……逆効果だったか」
そんな声が、口々に飛び交い、議場を埋めていく。
その声を、ドア一枚隔てた場所でリュシアンが聞いているとは、誰も知るよしもなかった。
「あの……リュシアン様」
「! アネット……」
おずおずと、アネットがリュシアンに寄り添うように歩み寄ってきた。王宮という場所がまだ居心地が悪いのか、未だに肩を竦ませている。
「どうしたのだ、アネット? 今日は王宮に呼ばれてはいないだろう」
「はい。呼ばれてはいませんけど……その……私のせいで、リュシアン様が……」
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「リュシアン様、そういうわけには……」
「いいんだ。いいんだ、それで」
温もりを両手に掻き集めるように、リュシアンは小さな背中を撫でていた。
自分が守らねば、そう思っていた。
アネットは、彼女と違ってか細くか弱いのだから。
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