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第二章 三品目 おいもの”ちゅるちゅる”
13 楽しかった
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「次は奈々ちゃんの食べたいもの、作ろうか」
皿を洗いながら、竹志は隣に立つ奈々にそう告げた。竹志が洗い終えた皿を丁寧に拭きながら、奈々は瞬きしている。
「だから、私のことはいいですって」
「どうせじゃがいもは山ほどあるんだし、いいじゃん。教えてよ」
「そう言われても……」
奈々は困ったように考え込んでしまった。
不思議だ、と竹志は思った。
自分の周囲にも、年の離れた弟妹の世話を義務づけられていた友達はいた。だけど全員、自分の好きなものは主張していたし、少しでも時間が空けば趣味を楽しんでいた。
奈々には今は受験勉強がある。自分の時間を楽しむ余裕がないのはわかる。だが、それにしても……
(なんだか、楽しむのが悪いこと、みたいな……?)
楽しみにしていただろうピアノも、なくなっていた。だから何か諦めているのだろうか。そう考えた竹志は、尋ねてみた。
「あのさ……やっぱり、ピアノを楽しみにしてた?」
「え?」
奈々の肩がびくりと震える。この反応は、正解なのだろうか。それにしても、なんだかおかしな反応だ。
「あ、いや……野保さんから、昔ピアノやってたって聞いて……今日もさ、じっと見てたのって、ピアノが置いてた場所だったんじゃないかなって……?」
竹志がそう言うと、奈々の表情が驚くほど強ばった。何かを恐れているような、ひどく拒絶するような、怒っているような、そんな顔だった。そんな感情は指にも現れていて、皿を持つ手にぎゅっと力が籠もっている。
きゅっと引き結ばれた唇が、おそるおそる開く、何か言おうとしていた。その時――
「きゃっきゃっきゃっきゃ!」
隣の居間から、大きな笑い声が聞こえてきた。野保と晶と、天の声だ。よっぽど見ていたテレビ番組が面白かったらしい。
竹志が驚くのと同時に、奈々の顔から緊張感が消えていた。
奈々は、大きく深呼吸をして、改めて口を開いた。
「ピアノのことは、いいんです。それよりも……」
「うん?」
奈々は、その先を言うのを一瞬ためらい、ほんの少し視線を逸らせて、言った。
「その……誰かと一緒にお料理するのは、けっこう……楽しいです」
「……へ?」
「ま、また一緒に作ってもらっても、いいですか?」
「……はぁ、うん」
なんだか間の抜けた声が出てしまったが、竹志が頷いたのを見て、奈々はほっとしたように微笑んだ。
身構えていたことが馬鹿らしく、同時に少し申し訳なく思えた。
(何か気に障ったのかと思ったけど……いや、確かに気に障ったんだろうけど、きっと押し留まったんだろうな)
そう思うと、なんだか切なくなった。
目の前の奈々は竹志よりも頭一つ、いやそれよりも小さい。細身だし、顔立ちだってあどけない。
こんなに小さい身体のどこに、押し殺した自分を抱えているんだろうか。
そう思ったが、同時に自分にはどうにもできないということも、悟った。
自分にできることは、彼女が口にしたことぐらいだ。ならば……
「うん、じゃあまたお手伝いしてくれるかな。それで次は、奈々ちゃんの好きなじゃがいも料理にしよう」
「えぇ……天ちゃんの好きなものでいいですって」
「まあまあ。じゃがいも料理だったら、天ちゃんも同じもの好きかもしれないじゃん?」
「うーん、そうでしょうか……?」
それから竹志と奈々は、皿洗いが終わるまでのんびり話をした。
奈々が何の料理が好きか、その中で天が気に入りそうなものはどれか。
不思議と、その日の皿洗いはとめどなく続いたのだった。
皿を洗いながら、竹志は隣に立つ奈々にそう告げた。竹志が洗い終えた皿を丁寧に拭きながら、奈々は瞬きしている。
「だから、私のことはいいですって」
「どうせじゃがいもは山ほどあるんだし、いいじゃん。教えてよ」
「そう言われても……」
奈々は困ったように考え込んでしまった。
不思議だ、と竹志は思った。
自分の周囲にも、年の離れた弟妹の世話を義務づけられていた友達はいた。だけど全員、自分の好きなものは主張していたし、少しでも時間が空けば趣味を楽しんでいた。
奈々には今は受験勉強がある。自分の時間を楽しむ余裕がないのはわかる。だが、それにしても……
(なんだか、楽しむのが悪いこと、みたいな……?)
楽しみにしていただろうピアノも、なくなっていた。だから何か諦めているのだろうか。そう考えた竹志は、尋ねてみた。
「あのさ……やっぱり、ピアノを楽しみにしてた?」
「え?」
奈々の肩がびくりと震える。この反応は、正解なのだろうか。それにしても、なんだかおかしな反応だ。
「あ、いや……野保さんから、昔ピアノやってたって聞いて……今日もさ、じっと見てたのって、ピアノが置いてた場所だったんじゃないかなって……?」
竹志がそう言うと、奈々の表情が驚くほど強ばった。何かを恐れているような、ひどく拒絶するような、怒っているような、そんな顔だった。そんな感情は指にも現れていて、皿を持つ手にぎゅっと力が籠もっている。
きゅっと引き結ばれた唇が、おそるおそる開く、何か言おうとしていた。その時――
「きゃっきゃっきゃっきゃ!」
隣の居間から、大きな笑い声が聞こえてきた。野保と晶と、天の声だ。よっぽど見ていたテレビ番組が面白かったらしい。
竹志が驚くのと同時に、奈々の顔から緊張感が消えていた。
奈々は、大きく深呼吸をして、改めて口を開いた。
「ピアノのことは、いいんです。それよりも……」
「うん?」
奈々は、その先を言うのを一瞬ためらい、ほんの少し視線を逸らせて、言った。
「その……誰かと一緒にお料理するのは、けっこう……楽しいです」
「……へ?」
「ま、また一緒に作ってもらっても、いいですか?」
「……はぁ、うん」
なんだか間の抜けた声が出てしまったが、竹志が頷いたのを見て、奈々はほっとしたように微笑んだ。
身構えていたことが馬鹿らしく、同時に少し申し訳なく思えた。
(何か気に障ったのかと思ったけど……いや、確かに気に障ったんだろうけど、きっと押し留まったんだろうな)
そう思うと、なんだか切なくなった。
目の前の奈々は竹志よりも頭一つ、いやそれよりも小さい。細身だし、顔立ちだってあどけない。
こんなに小さい身体のどこに、押し殺した自分を抱えているんだろうか。
そう思ったが、同時に自分にはどうにもできないということも、悟った。
自分にできることは、彼女が口にしたことぐらいだ。ならば……
「うん、じゃあまたお手伝いしてくれるかな。それで次は、奈々ちゃんの好きなじゃがいも料理にしよう」
「えぇ……天ちゃんの好きなものでいいですって」
「まあまあ。じゃがいも料理だったら、天ちゃんも同じもの好きかもしれないじゃん?」
「うーん、そうでしょうか……?」
それから竹志と奈々は、皿洗いが終わるまでのんびり話をした。
奈々が何の料理が好きか、その中で天が気に入りそうなものはどれか。
不思議と、その日の皿洗いはとめどなく続いたのだった。
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