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第二章 五品目 ”はてな”を包んで
14 準備の準備
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家に帰ると、野保家ではなにやら楽しそうな声が響いていた。
居間で晶と奈々の母が、奈々をお化粧してあげていた。
「うーん、やっぱり奈々ちゃんのアイメイクはこっちの色の方が……」
「ああ、ええ感じやね。意外とこういう色も映えるやん」
二人からされるがままになっている奈々は、完全に『お人形さん』状態だった。悪い気分ではなさそうだが、恥ずかしそうでもある。
父親は居間の隅でニコニコして座っている。止める気配はない。
(まぁ止められそうにないよなぁ……)
竹志はそう思ったのだが、野保は呆れ顔で遠慮なく割って入るのだった。
「こら、奈々ちゃんが困っているだろう。そろそろしまいだ」
「えーこれからいいところだったのに」
不満をこぼす晶を睨むと、野保は7人分の食材が入ってパンパンに膨らんでいる買い物袋を掲げた。
「これからちょっと早い夕飯作りを始めるんだ。ほら、片付け片付け」
『夕飯』の言葉を出されたら、皆の動きは変わった。やはり、食べ物の効果は大きいらしい。晶も奈々も母親も、テキパキとローテーブル一杯に広がっていた化粧品を片付け始めた。
「あはは……じゃあ僕、台所で準備してきますね」
本当のところは、さっきナポリタンを食べたばかりで、自分も天も夕飯が食べられるのか心配なのだが……今回の目的は皆をお腹いっぱいにすることの他にある。
先ほどの楽しげな様子を見ていれば、竹志の目論見はきっと成功するに違いないと確信できた。
「よし、やるぞ」
自分自身に気合いを入れて、竹志はエプロンを身につけた。
手を洗って、買い物袋から材料をダイニングテーブルに並べていく。
豚ひき肉に白菜に、他にも細かく色々……。
「天ちゃんもお手伝いする!」
やる気に満ちて爛々とする瞳で、天が申し出た。
「うん、じゃあ……そこに並んでる材料のパッケージを剥いてくれないかな。すぐに切れるように」
「わかった!」
いつの間にか自分でエプロンも身につけていた天は、テーブルの上に並んだものをむんずと掴んだ。最初は、チーズだ。スライスされたものではなく、角切りになったもの。いつもなら天がおやつにパクッと一口で食べてしまうようなものだが、天は耐えて、ラベルを取り去ると、そっと皿に置いた。
「うん、天ちゃん偉いね。ありがとう」
竹志がそう言うと、天は自慢げに笑って、次の食材に取りかかった。
竹志も負けていられない。白菜を一枚ずつ水洗いし、まな板の上で切り分けていく。横向きにざっくり切ると、今度は縦向きに細めに切っていく。そこから更に細かく刻んでいく。芯の部分も葉の部分も、残らず小さくみじん切りに刻むと、それをボウルに入れて、軽く塩を振った。
続いて別のボウルに挽肉を入れ、調味料を加えていった。塩、醤油、酒、チューブのにんにくと生姜……奈々の両親は明日は出社らしいので、にんにく少なめ、生姜多めにしている。最後にほんの少しごま油を加えて、大きく鷲づかみにして、こね回していく。
薄いピンク色の挽肉に白や茶色や黒い調味料が混ざって、徐々に来い色に染まっていく。そしてすべてが合わさって馴染むと、またピンク色の肉として落ち着いていた。
そこへ塩に晒しておいた白菜のみじん切りを加え、更に混ぜる。小さな欠片も合わさって、少し粘っこい挽肉の種が出来上がった。
「全部むけた!」
天の方に顔を向けると、さっきまでは包装されたままだった品々がすべて姿を現していた。
「すごい! 早いね、天ちゃん」
「へへへ」
天は誇らしげな笑みと共に、期待に満ちた視線を竹志に向けている。その期待に、答えないわけにはいかない。
「よし、じゃあこれを切ったらいよいよ準備完了。皆のところへ持って行くよ」
「わかった!」
竹志は流しで丹念に手を洗い、そして再び包丁を手にするのだった。
居間で晶と奈々の母が、奈々をお化粧してあげていた。
「うーん、やっぱり奈々ちゃんのアイメイクはこっちの色の方が……」
「ああ、ええ感じやね。意外とこういう色も映えるやん」
二人からされるがままになっている奈々は、完全に『お人形さん』状態だった。悪い気分ではなさそうだが、恥ずかしそうでもある。
父親は居間の隅でニコニコして座っている。止める気配はない。
(まぁ止められそうにないよなぁ……)
竹志はそう思ったのだが、野保は呆れ顔で遠慮なく割って入るのだった。
「こら、奈々ちゃんが困っているだろう。そろそろしまいだ」
「えーこれからいいところだったのに」
不満をこぼす晶を睨むと、野保は7人分の食材が入ってパンパンに膨らんでいる買い物袋を掲げた。
「これからちょっと早い夕飯作りを始めるんだ。ほら、片付け片付け」
『夕飯』の言葉を出されたら、皆の動きは変わった。やはり、食べ物の効果は大きいらしい。晶も奈々も母親も、テキパキとローテーブル一杯に広がっていた化粧品を片付け始めた。
「あはは……じゃあ僕、台所で準備してきますね」
本当のところは、さっきナポリタンを食べたばかりで、自分も天も夕飯が食べられるのか心配なのだが……今回の目的は皆をお腹いっぱいにすることの他にある。
先ほどの楽しげな様子を見ていれば、竹志の目論見はきっと成功するに違いないと確信できた。
「よし、やるぞ」
自分自身に気合いを入れて、竹志はエプロンを身につけた。
手を洗って、買い物袋から材料をダイニングテーブルに並べていく。
豚ひき肉に白菜に、他にも細かく色々……。
「天ちゃんもお手伝いする!」
やる気に満ちて爛々とする瞳で、天が申し出た。
「うん、じゃあ……そこに並んでる材料のパッケージを剥いてくれないかな。すぐに切れるように」
「わかった!」
いつの間にか自分でエプロンも身につけていた天は、テーブルの上に並んだものをむんずと掴んだ。最初は、チーズだ。スライスされたものではなく、角切りになったもの。いつもなら天がおやつにパクッと一口で食べてしまうようなものだが、天は耐えて、ラベルを取り去ると、そっと皿に置いた。
「うん、天ちゃん偉いね。ありがとう」
竹志がそう言うと、天は自慢げに笑って、次の食材に取りかかった。
竹志も負けていられない。白菜を一枚ずつ水洗いし、まな板の上で切り分けていく。横向きにざっくり切ると、今度は縦向きに細めに切っていく。そこから更に細かく刻んでいく。芯の部分も葉の部分も、残らず小さくみじん切りに刻むと、それをボウルに入れて、軽く塩を振った。
続いて別のボウルに挽肉を入れ、調味料を加えていった。塩、醤油、酒、チューブのにんにくと生姜……奈々の両親は明日は出社らしいので、にんにく少なめ、生姜多めにしている。最後にほんの少しごま油を加えて、大きく鷲づかみにして、こね回していく。
薄いピンク色の挽肉に白や茶色や黒い調味料が混ざって、徐々に来い色に染まっていく。そしてすべてが合わさって馴染むと、またピンク色の肉として落ち着いていた。
そこへ塩に晒しておいた白菜のみじん切りを加え、更に混ぜる。小さな欠片も合わさって、少し粘っこい挽肉の種が出来上がった。
「全部むけた!」
天の方に顔を向けると、さっきまでは包装されたままだった品々がすべて姿を現していた。
「すごい! 早いね、天ちゃん」
「へへへ」
天は誇らしげな笑みと共に、期待に満ちた視線を竹志に向けている。その期待に、答えないわけにはいかない。
「よし、じゃあこれを切ったらいよいよ準備完了。皆のところへ持って行くよ」
「わかった!」
竹志は流しで丹念に手を洗い、そして再び包丁を手にするのだった。
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