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SS「天狗と狐と付喪神~出会いには油揚げを添えて~」
剣という男
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常連客はニヤニヤしている。ふと見回すと、他の客たちもなにやらニヤついている。対して剣は、困ったように俯いている。
「そ、そんなことはありませんから。全く!」
「いやいや、見てればわかるって。剣さん、男は行くときは行っとかなきゃだよ」
「俺らも嬉しいんだよ。女将さんにようやくいい人ができたって……苦労してたからなぁ」
「ち、違います。俺はあの人に感謝して……」
「でも一緒に住んでるだろ? 娘さんも独立して寂しかったところだ。いいタイミングだったんだよ、きっと」
客たちに次々言われて、剣はうめいている。
(ああ、そういうことか)
下から見ると、剣は顔を赤く染めていた。まるで今だけ思春期の少年のようだ。
そんな顔を見ていたら……なんだか力が抜けた。
到底、悪巧みをするように見えなくなった。
「は、はっはっは……! そっか、女将さんになぁ」
「あ、あなたまで……! 絶対に違いますから」
「わかったわかった。それで、その女将さんは今日は? 見当たりませんけど?」
先ほどから肝心の紫の姿が見えない。それで言いたい放題だったわけだが。
「今日は、娘さんのお店のお手伝いに……俺が先に戻って店を開けておくように言われて……」
紫の娘・茜はつい先日自分の店をオープンさせたばかりだ。伊三次も顔を出したが、なかなかの盛況ぶりだった。
「『ニコイチ亭』だろ? あの店には俺も初日に行ったけど、あんたは見たことないな」
「……オープン前に追い返されまして」
「は?」
「そうそう。剣さんも手伝いに行ってたんだけども、この通り愛嬌がちょっとばかし足りないだろ? だから客が怖がって寄りつかなくなるから来るなって怒られたらしくてさ~。人柄は全然悪くないし、料理の腕も抜群なんだけどねぇ。適材適所ってのかねぇ」
伊三次は知っている。あの店には、目の前にいる剣よりも無愛想……それどころか、とんでもなく刺々しい男がいる。
急に、目の前の剣という男性が哀れに思えてきた伊三次なのだった。
「苦労するなぁ」
「はぁ?……も、もうその話はいいですから。何にしますか? ひとまず突き出しどうぞ」
そう言うと、剣は何やら野菜の和え物が載った小皿を差し出した。
「お、こりゃ何だ? ブロッコリーと油揚げと……」
「カボチャです。甘みの強い、いいのが手に入ったので」
「これは……!」
伊三次と剣の声を遮って、大きな声が響いた。それまで沈黙していた銀と銅だった。
「なんだ? どうした?」
そう伊三次が問うも、双子はわなわなと震えるばかりだ。そして伊三次ではなく、剣に視線を向ける。神々しいと言わんばかりの視線を。
「これは、あなたが作られたので……?」
「はい、そうですが」
「あなたは……神か、あるいは御仏か……!?」
「は?」
銀も銅も、手を合わせて拝むように剣を見つめている。当然、剣はおろおろしている。
「油揚げが……このように美味な料理になるとは……!」
「それも煮るでもなく焼くでもなく、野菜と和えるだけで……! あなたは神仏がこの世に遣わしたお方に違いない」
「いいや、やはり神です。厨の神がご降臨召されたのだ……!」
剣が、怪訝な目を向ける。双子ではなく、伊三次に。訳が分からないのだろう。
「あー……お前ら、そのへんにしとけ。困ってるだろ」
「いえ、まぁその驚きはしましたが……でもそれにしたって突き出しだけで……」
「何を仰せになる!」
銅が机を叩いて抗議する。店の面々が驚く中、銀が頷きながらそれに同調した。
「かように美味い油揚げ料理を供されたのは、あなたの他には紫殿以外におられませぬ! 我らは人から見れば若う見えるでしょうが、これでもかなりの年月を生きております」
「その我らが、紫殿と並ぶ神の如き御仁と申しているのです。間違いない。あなたはこの厨の神です」
恐ろしいほどの大絶賛だが、剣はかえって混乱してしまっている。普段の食事の貧しさから、美味しいものに出会うと、双子は興奮が止まらなくなってしまうのだ。
「お前らなぁ……大袈裟だろ。神なんて言われたって、この人だって……」
「主様は黙っていてくだされ!」
「そうです。だいたい主様によってひもじい思いをしていることも、この方の料理が輝いて見える一因なのですよ」
「……ん?」
銀の言葉に、剣の眉がぴくりと動いた。
「今、なんて言った?」
「そ、そんなことはありませんから。全く!」
「いやいや、見てればわかるって。剣さん、男は行くときは行っとかなきゃだよ」
「俺らも嬉しいんだよ。女将さんにようやくいい人ができたって……苦労してたからなぁ」
「ち、違います。俺はあの人に感謝して……」
「でも一緒に住んでるだろ? 娘さんも独立して寂しかったところだ。いいタイミングだったんだよ、きっと」
客たちに次々言われて、剣はうめいている。
(ああ、そういうことか)
下から見ると、剣は顔を赤く染めていた。まるで今だけ思春期の少年のようだ。
そんな顔を見ていたら……なんだか力が抜けた。
到底、悪巧みをするように見えなくなった。
「は、はっはっは……! そっか、女将さんになぁ」
「あ、あなたまで……! 絶対に違いますから」
「わかったわかった。それで、その女将さんは今日は? 見当たりませんけど?」
先ほどから肝心の紫の姿が見えない。それで言いたい放題だったわけだが。
「今日は、娘さんのお店のお手伝いに……俺が先に戻って店を開けておくように言われて……」
紫の娘・茜はつい先日自分の店をオープンさせたばかりだ。伊三次も顔を出したが、なかなかの盛況ぶりだった。
「『ニコイチ亭』だろ? あの店には俺も初日に行ったけど、あんたは見たことないな」
「……オープン前に追い返されまして」
「は?」
「そうそう。剣さんも手伝いに行ってたんだけども、この通り愛嬌がちょっとばかし足りないだろ? だから客が怖がって寄りつかなくなるから来るなって怒られたらしくてさ~。人柄は全然悪くないし、料理の腕も抜群なんだけどねぇ。適材適所ってのかねぇ」
伊三次は知っている。あの店には、目の前にいる剣よりも無愛想……それどころか、とんでもなく刺々しい男がいる。
急に、目の前の剣という男性が哀れに思えてきた伊三次なのだった。
「苦労するなぁ」
「はぁ?……も、もうその話はいいですから。何にしますか? ひとまず突き出しどうぞ」
そう言うと、剣は何やら野菜の和え物が載った小皿を差し出した。
「お、こりゃ何だ? ブロッコリーと油揚げと……」
「カボチャです。甘みの強い、いいのが手に入ったので」
「これは……!」
伊三次と剣の声を遮って、大きな声が響いた。それまで沈黙していた銀と銅だった。
「なんだ? どうした?」
そう伊三次が問うも、双子はわなわなと震えるばかりだ。そして伊三次ではなく、剣に視線を向ける。神々しいと言わんばかりの視線を。
「これは、あなたが作られたので……?」
「はい、そうですが」
「あなたは……神か、あるいは御仏か……!?」
「は?」
銀も銅も、手を合わせて拝むように剣を見つめている。当然、剣はおろおろしている。
「油揚げが……このように美味な料理になるとは……!」
「それも煮るでもなく焼くでもなく、野菜と和えるだけで……! あなたは神仏がこの世に遣わしたお方に違いない」
「いいや、やはり神です。厨の神がご降臨召されたのだ……!」
剣が、怪訝な目を向ける。双子ではなく、伊三次に。訳が分からないのだろう。
「あー……お前ら、そのへんにしとけ。困ってるだろ」
「いえ、まぁその驚きはしましたが……でもそれにしたって突き出しだけで……」
「何を仰せになる!」
銅が机を叩いて抗議する。店の面々が驚く中、銀が頷きながらそれに同調した。
「かように美味い油揚げ料理を供されたのは、あなたの他には紫殿以外におられませぬ! 我らは人から見れば若う見えるでしょうが、これでもかなりの年月を生きております」
「その我らが、紫殿と並ぶ神の如き御仁と申しているのです。間違いない。あなたはこの厨の神です」
恐ろしいほどの大絶賛だが、剣はかえって混乱してしまっている。普段の食事の貧しさから、美味しいものに出会うと、双子は興奮が止まらなくなってしまうのだ。
「お前らなぁ……大袈裟だろ。神なんて言われたって、この人だって……」
「主様は黙っていてくだされ!」
「そうです。だいたい主様によってひもじい思いをしていることも、この方の料理が輝いて見える一因なのですよ」
「……ん?」
銀の言葉に、剣の眉がぴくりと動いた。
「今、なんて言った?」
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