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序章 枯れ庭から外へ
三
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「いえ、そのようなことは……」
「そうか。よかった」
本当に安堵した面持ちで、父は言った。
綾は、信じられない思いだった。かつて、この異能の力を嫌って、綾を本邸から離れに追いやったというのに。
綾の視線を受けて、父は取り繕うように語った。
「ああ、いや……お前を離れに移した理由も異能にあったのは認める。だがそれは、お前が誰かを傷つけて罪人になったり、政府に知られて連行されないようにという、私なりの配慮なんだぞ?」
「ええ……綾は、よく存じております」
定形句を返すと、父はまたほっとした顔を見せた。
「そ、そうだとも。世が変わったとはいえ、お江戸の御代よりもはるか前から脈々と続いてきた藤堂家の異能の力をおろそかにするわけがない。いくら徳川と違って、今の政府が異能の家を認めないとはいえ、藤堂の『炎』を継いでくれたお前を悪し様にするなど……」
父の必死の言い訳を聞き続けるのは、綾には苦痛だった。とはいえ、遮るわけにもいかない。
父の言う異能とは、以前は珍しいものではなかった。徳川の治めていた頃は、だが。
はるか昔から、この国に暮らす人々の中には綾のように異能を持つ者が少なからず存在した。
炎を灯したり、人の心を読んだり、未来を見通したり……。
大陸より元の軍が攻め入ろうとした際に二度も大風を吹かせ、この国を守ったことはもはや伝説となっている。
異能を持つ者は「武士」と呼ばれて人々を驚異から守る警護の任につき、いつしか政の中枢に変わった。
だが徳川の世が終わると、「武士」も終わりを迎えた。
異能ではなく西欧列強の文明の力で幕府を討った明治政府は、異能の有無による身分制度を廃止したのだ。
異能を持つ者とその家は、わずか数年の間に日陰者に変わってしまった。
綾は生まれながら異能を有していた。世が世なら藤堂家の女当主にまでなっていたかもしれない。
だが、明治から大正に世が移り変わった今では、どこへ行っても鼻つまみ者だ。だからこそ、父は綾を離れに置き、極力、表に出さないようにしていた。
(お父様は異能を嫌っていたはずなのに『よかった』だなんて……おかしいわ)
やはり怪訝な目を向けることは止められない。
綾の視線を受け、父は尊大な笑みを浮かべる。
「お前の時代遅れの異能も、役立てるということだ」
「私が、ですか?」
父は大仰にうなずき、母は顔をしかめながらチラリと綾を窺い見ている。
なにやら嫌な予感がする。
「喜べ。お前に縁談だ」
「そうか。よかった」
本当に安堵した面持ちで、父は言った。
綾は、信じられない思いだった。かつて、この異能の力を嫌って、綾を本邸から離れに追いやったというのに。
綾の視線を受けて、父は取り繕うように語った。
「ああ、いや……お前を離れに移した理由も異能にあったのは認める。だがそれは、お前が誰かを傷つけて罪人になったり、政府に知られて連行されないようにという、私なりの配慮なんだぞ?」
「ええ……綾は、よく存じております」
定形句を返すと、父はまたほっとした顔を見せた。
「そ、そうだとも。世が変わったとはいえ、お江戸の御代よりもはるか前から脈々と続いてきた藤堂家の異能の力をおろそかにするわけがない。いくら徳川と違って、今の政府が異能の家を認めないとはいえ、藤堂の『炎』を継いでくれたお前を悪し様にするなど……」
父の必死の言い訳を聞き続けるのは、綾には苦痛だった。とはいえ、遮るわけにもいかない。
父の言う異能とは、以前は珍しいものではなかった。徳川の治めていた頃は、だが。
はるか昔から、この国に暮らす人々の中には綾のように異能を持つ者が少なからず存在した。
炎を灯したり、人の心を読んだり、未来を見通したり……。
大陸より元の軍が攻め入ろうとした際に二度も大風を吹かせ、この国を守ったことはもはや伝説となっている。
異能を持つ者は「武士」と呼ばれて人々を驚異から守る警護の任につき、いつしか政の中枢に変わった。
だが徳川の世が終わると、「武士」も終わりを迎えた。
異能ではなく西欧列強の文明の力で幕府を討った明治政府は、異能の有無による身分制度を廃止したのだ。
異能を持つ者とその家は、わずか数年の間に日陰者に変わってしまった。
綾は生まれながら異能を有していた。世が世なら藤堂家の女当主にまでなっていたかもしれない。
だが、明治から大正に世が移り変わった今では、どこへ行っても鼻つまみ者だ。だからこそ、父は綾を離れに置き、極力、表に出さないようにしていた。
(お父様は異能を嫌っていたはずなのに『よかった』だなんて……おかしいわ)
やはり怪訝な目を向けることは止められない。
綾の視線を受け、父は尊大な笑みを浮かべる。
「お前の時代遅れの異能も、役立てるということだ」
「私が、ですか?」
父は大仰にうなずき、母は顔をしかめながらチラリと綾を窺い見ている。
なにやら嫌な予感がする。
「喜べ。お前に縁談だ」
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