16 / 26
第一章 桜舞う
十一
しおりを挟む
先日見た、美しい純白の打ち掛け。いざ身に纏ってみると驚くほどするりと腕を通していく。ごわごわした触感など少しも感じることなく、着た途端に肌に馴染む。
これが一級品というものかと、綾は驚いた。
綾は、こんなに上質なものを与えられたことがない。
着物だけではない。食事も、家族との時間も、人から受ける親切も。この店に来て、初めて知った気がする。
だけど、与えてもらうばかりなのは今日まで。今までだって、準備期間だったのだ。
今日、綾は正式にこの家の者になる。そして、この店の一員となって尽くす。
(できるのかしら、私に……?)
女中たちも退席し、一人、鏡を覗き込む。すると、雪のような白無垢に、高く美しく結い上げられた島田髷の姿の綾がいた。
自分でも見たことのない出で立ちに、首を傾げたくなる。
だけど、そうする間もなく、背後で襖が開いた。
「入りますえ、綾さん……いやぁ! 綺麗やわぁ、さすがはうちの嫁や」
「えぇと……ありがとうございます」
衣装が崩れないように、小さくお辞儀をする。
「さて……話した通り、嫁入り行列はありまへん。もう来てしもてるさかいな。お得意様方はもう並んでいただいてるよって、あんさんは、わてがお連れします。ええな?」
綾はもう一度うなずく。そして、努めて静かに、短く尋ねてみる。
「あの……藤堂の両親は……?」
志乃は、静かに首を横に振った。
「お見えになってまへん。まぁ……お忙しいて、知らせは頂いてましたしなぁ」
綾は答える代わりに俯いた。まさか祝言まで不義理なことをするとは。申し訳なくて、志乃に顔向けが出来ない。
「ほれ、顔上げなはれ」
よほど苦い面持ちだったのだろう。言われたとおり顔を上げると、志乃が励ますような明るい笑みを浮かべていた。
「せっかくの別嬪が台無しや。こうなることは察しがついてたんやさかい、気にせんでよろし」
「ですが……」
「おらへん人のことより、集まってくれた方のこと考えまひょ。わては早う、この綺麗なお嫁さんを紹介したいんやけど?」
志乃はそう言って、手を差し出す。
刻限なのだ。
自分には、この手を取る以外、道はない。だけど、不思議とそんな焦りのようなものは感じなかった。
この手をとっても許されるのかとわずかに戸惑う。だが志乃の笑みを見ていると、その迷いは鳴りを潜めるような気がした。
(宗一郎さんも、受け入れてくださるかしら)
不安よりも期待の方が、少しばかり大きい。
綾はこくりと頷いて、志乃の手を取った。
その手に導かれて、廊下を進む。中庭の木々の緑が時折、陽光を跳ね返してきらりと光る。
眩しさに目を細めていると、いつもお客様をおもてなしする応接間にたどり着いた。中にはすでに、参列のお客様が揃っているらしい。人の声がするのだが……。
これが一級品というものかと、綾は驚いた。
綾は、こんなに上質なものを与えられたことがない。
着物だけではない。食事も、家族との時間も、人から受ける親切も。この店に来て、初めて知った気がする。
だけど、与えてもらうばかりなのは今日まで。今までだって、準備期間だったのだ。
今日、綾は正式にこの家の者になる。そして、この店の一員となって尽くす。
(できるのかしら、私に……?)
女中たちも退席し、一人、鏡を覗き込む。すると、雪のような白無垢に、高く美しく結い上げられた島田髷の姿の綾がいた。
自分でも見たことのない出で立ちに、首を傾げたくなる。
だけど、そうする間もなく、背後で襖が開いた。
「入りますえ、綾さん……いやぁ! 綺麗やわぁ、さすがはうちの嫁や」
「えぇと……ありがとうございます」
衣装が崩れないように、小さくお辞儀をする。
「さて……話した通り、嫁入り行列はありまへん。もう来てしもてるさかいな。お得意様方はもう並んでいただいてるよって、あんさんは、わてがお連れします。ええな?」
綾はもう一度うなずく。そして、努めて静かに、短く尋ねてみる。
「あの……藤堂の両親は……?」
志乃は、静かに首を横に振った。
「お見えになってまへん。まぁ……お忙しいて、知らせは頂いてましたしなぁ」
綾は答える代わりに俯いた。まさか祝言まで不義理なことをするとは。申し訳なくて、志乃に顔向けが出来ない。
「ほれ、顔上げなはれ」
よほど苦い面持ちだったのだろう。言われたとおり顔を上げると、志乃が励ますような明るい笑みを浮かべていた。
「せっかくの別嬪が台無しや。こうなることは察しがついてたんやさかい、気にせんでよろし」
「ですが……」
「おらへん人のことより、集まってくれた方のこと考えまひょ。わては早う、この綺麗なお嫁さんを紹介したいんやけど?」
志乃はそう言って、手を差し出す。
刻限なのだ。
自分には、この手を取る以外、道はない。だけど、不思議とそんな焦りのようなものは感じなかった。
この手をとっても許されるのかとわずかに戸惑う。だが志乃の笑みを見ていると、その迷いは鳴りを潜めるような気がした。
(宗一郎さんも、受け入れてくださるかしら)
不安よりも期待の方が、少しばかり大きい。
綾はこくりと頷いて、志乃の手を取った。
その手に導かれて、廊下を進む。中庭の木々の緑が時折、陽光を跳ね返してきらりと光る。
眩しさに目を細めていると、いつもお客様をおもてなしする応接間にたどり着いた。中にはすでに、参列のお客様が揃っているらしい。人の声がするのだが……。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる