鬼嫁はんとばけもん旦那~大正異能夫婦(めおと)喜譚~

真鳥カノ

文字の大きさ
21 / 26
第一章 桜舞う

十六

しおりを挟む
 宗一郎の苦しみはさらに激しく、強くなっていた。冷気や霜に留まらず、部屋の中に雪が降る始末だ。その上、彼の呻き声に合わせて風も吹き、客間は吹雪に見舞われていた。
 誰も、宗一郎に近づけまいとしているかのようだった。
「宗一郎! やめよし!」
 もはや叫んでも、吹雪が声を遠ざけてしまう。
 この嵐を越えるしかない。綾は羽織の前をぎゅっと掴み閉めて、歩みを進めた。片方の手には炎を灯す。これで、ふりかかる雪を溶かして進める。
 打ち掛けが着崩れても、裾が割れるのも構わず、一歩ずつ、進み続ける。
 吹雪の向こう側に黒い影が見えた。
(いた! 宗一郎さん……!)
 綾は、必死に手を伸ばした。炎で雪をかき分け、氷や霜を溶かし、ぼやける輪郭を辿る。そこにいるのであろう人の身体を必死に掴む。
「あった!」
 指先が、絹の羽織らしき感触を掴み取る。掴んだ腕に身体を引き寄せて、一気に宗一郎に近寄った。
 吹雪の中心には、確かに宗一郎がいた。雪と同じくらい真っ白な顔をして、ガタガタと震えている。それが寒さと恐怖とどちらによるものかは、もはやわからない。
 だが、綾は黒の羽織をしっかりと被りながら、その肩を揺らした。
「宗一郎さん! 落ち着いて! 白いものはありません! ほら、黒です!」
「ああ……いや……寒い……まだ、雪が……」
 ダメだ、と思った。もはや目の前が見えていないのだ。
 ここではない何かに囚われている。
 そう気付いた綾は、思い切って、腕を振るった。次の瞬間、パァン!と激しい音が、響き渡った。
 宗一郎も、目を見開いていた。頬に痛みが走っていると、遅れて感じたらしい。そっと手をあてると、次いで綾に視線を向けた。ようやく、向けた。
「君は……」
 宗一郎の瞳は、まん丸だった。光が戻った瞳に向けて、綾は息を吸って、叫んだ。
「しっかりなさいませ!」
 ビリビリと震えるようだった。宗一郎も、ビクッと身を強ばらせていた。
 綾は、更に言い連ねる。
「辰巳家は、武士として徳川にお仕えしたお家のはず。政府が定めた身分など関係ありません。武士(もののふ)たる者……異能者たる者、己の力ぐらい己で操れずして、どうしますか!」
 一気に巻し立てると、大きく息が乱れてしまった。上下する肩に伴って、頭から角隠しが滑り落ちる。庭から差し込んだ夕日が、襖に影を映し出した。その影を見るだけで、綾の髪が激しく乱れていることが分かった。
 だけど、黒い羽織を脱ぐことだけはしない。また、元の木阿弥になってしまう。
 もはや『花嫁』と呼べない、ボロボロの出で立ちの綾を、宗一郎は茫然と見上げていた。
 その顔がどうしてか蕩けそうなほど赤く、熱い面持ちだと思った。そして、ようやく気付いた。
 吹雪は、とうの昔に止んでいたことに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

処理中です...