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第一章 桜舞う
十五
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今はもう春先だ。寒の戻りはあれど、霜が降りるような寒さではない。異常だ。
そう思っていると、志乃が駆け寄ってきた。
「綾さん、下がっとき」
志乃はそう言うと、強引に宗一郎の肩を掴んだ。
「宗一郎! 宗一郎! 静まりなはれ!」
「あかん……寒い……また……俺は……!」
「ここは辰巳の家だす! よう見なはれ!」
志乃が何度そう叫んでも、宗一郎は顔を上げない。それどころか、ますます沈み込んでいくようだ。
そして、宗一郎が沈んで行くにつれて冷気は増す。床から天井まで、まるで真冬のように凍てついている。
パリン、と音がした。いつの間にか畳に氷が張り、身じろぎしただけで割れてしまうのだ。いよいよ、参列者の間にも動揺が走った。
「お母ちゃん……お客さんら……逃げてもろて……!」
「宗一郎!」
「早く……!」
呻き声とともに、宗一郎は言う。
志乃は逡巡した後、立ち上がり、家中に響く声で指図をした。
「皆様、本日の祝言はここまでにいたします。お集まりいただいたのにまことに申し訳ございませんが、どうか、お早くこの場からお立ち去りくださいませ。皆! お客様を早くお外へ!」
志乃の声に従い、店の者たちがやって来て、参列者たちを客間の外へと促す。火鉢を持って入ってきたり、温かな半纏を運んだり、慌ただしく走り回っている。
だが、宗一郎の苦しみは止まない。
「うううぅ……!」
「宗一郎さん、どうかしっかり……」
志乃に変わり綾が声をかける。だが、宗一郎はちらりと綾を見ると、また目を伏せてしまう。
「あ、あかん……白い……雪が……また雪が……!」
「雪? 白?」
はたと、自分の身を振り返る。雪のように純白の花嫁衣装だ。
「まさか、これが……?」
原因はわからないが、この白さに苦しんでいるのだろうか。ならば、どうすればいいのか……。綾は必死に周囲を見回した。そして、ぞろぞろと客間を後にするお客さんと対し、泰然自若といった様子でいまだに親族席に座る御仁を見つけた。
タヌキのご隠居だ。綾の二倍はあろうかという巨体は、黙ってじっと宗一郎を見守っている。綾は、タヌキのご隠居に駆け寄り、手をついた。
「ご、ご隠居様! お願いしたき事がございます!」
「ん? わしに、何か?」
「はい! 不躾と無礼は重々承知の上でございます。ですが、その……その羽織をお貸し頂けないでしょうか!」
タヌキのご隠居もまた、家紋が入った羽織を着ている。羽二重の、上質のものだと見た目にわかる。断られても少しもおかしくはないのだが、ご隠居はからから笑った。
「ははは! こんなもんが何ぞ役に立つなら、なんぼでも」
さっと羽織を脱いで、綾に手渡す。受け取ったつもりが、思った以上に大きく重たく、自然と綾の身体に覆い被さった。打ち掛けよりも大きい……。
だけど好都合だった。綾はそのまま羽織を頭から被り、宗一郎の方へと進んだ。
そう思っていると、志乃が駆け寄ってきた。
「綾さん、下がっとき」
志乃はそう言うと、強引に宗一郎の肩を掴んだ。
「宗一郎! 宗一郎! 静まりなはれ!」
「あかん……寒い……また……俺は……!」
「ここは辰巳の家だす! よう見なはれ!」
志乃が何度そう叫んでも、宗一郎は顔を上げない。それどころか、ますます沈み込んでいくようだ。
そして、宗一郎が沈んで行くにつれて冷気は増す。床から天井まで、まるで真冬のように凍てついている。
パリン、と音がした。いつの間にか畳に氷が張り、身じろぎしただけで割れてしまうのだ。いよいよ、参列者の間にも動揺が走った。
「お母ちゃん……お客さんら……逃げてもろて……!」
「宗一郎!」
「早く……!」
呻き声とともに、宗一郎は言う。
志乃は逡巡した後、立ち上がり、家中に響く声で指図をした。
「皆様、本日の祝言はここまでにいたします。お集まりいただいたのにまことに申し訳ございませんが、どうか、お早くこの場からお立ち去りくださいませ。皆! お客様を早くお外へ!」
志乃の声に従い、店の者たちがやって来て、参列者たちを客間の外へと促す。火鉢を持って入ってきたり、温かな半纏を運んだり、慌ただしく走り回っている。
だが、宗一郎の苦しみは止まない。
「うううぅ……!」
「宗一郎さん、どうかしっかり……」
志乃に変わり綾が声をかける。だが、宗一郎はちらりと綾を見ると、また目を伏せてしまう。
「あ、あかん……白い……雪が……また雪が……!」
「雪? 白?」
はたと、自分の身を振り返る。雪のように純白の花嫁衣装だ。
「まさか、これが……?」
原因はわからないが、この白さに苦しんでいるのだろうか。ならば、どうすればいいのか……。綾は必死に周囲を見回した。そして、ぞろぞろと客間を後にするお客さんと対し、泰然自若といった様子でいまだに親族席に座る御仁を見つけた。
タヌキのご隠居だ。綾の二倍はあろうかという巨体は、黙ってじっと宗一郎を見守っている。綾は、タヌキのご隠居に駆け寄り、手をついた。
「ご、ご隠居様! お願いしたき事がございます!」
「ん? わしに、何か?」
「はい! 不躾と無礼は重々承知の上でございます。ですが、その……その羽織をお貸し頂けないでしょうか!」
タヌキのご隠居もまた、家紋が入った羽織を着ている。羽二重の、上質のものだと見た目にわかる。断られても少しもおかしくはないのだが、ご隠居はからから笑った。
「ははは! こんなもんが何ぞ役に立つなら、なんぼでも」
さっと羽織を脱いで、綾に手渡す。受け取ったつもりが、思った以上に大きく重たく、自然と綾の身体に覆い被さった。打ち掛けよりも大きい……。
だけど好都合だった。綾はそのまま羽織を頭から被り、宗一郎の方へと進んだ。
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