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第二章 赤い蕾
一
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やってしまった――!
昨晩からずっと、その言葉が綾の頭の中をぐるぐる巡っていた。
一夜明けたら落ち着くかと思っていたが、とんでもない。罪悪感と焦りが増していくばかりだった。
なにせ昨日、大勢が集まる祝言の席で、夫となるひとの頬を思いっきり引っ叩いてしまったのだから……。
(しかも、偉そうに叱りつけてしまったわ……)
考えられない無礼であり、失態だ。
綾はこの家に嫁として迎えられた立場で、しかも来てから日が浅い。気の強さは自覚していたが、まさかあんな場面で最大限に発揮してしまうとは……。
(案の定、祝言の夜だというのに、別室で休むように言われてしまうし……)
通常なら、祝言を挙げた夜は『初夜』とされ、夫婦は同衾するものと思われる。綾だって、その覚悟でいた。
だが他ならぬ宗一郎から、別室を言い渡されてしまったのだ。
「そう言われても仕方ないわ……旦那様を引っ叩いて、怒鳴りつけて、周り中から『鬼嫁』なんて呼ばれてしまったんだもの……」
つまりは、綾自身にとっても、昨日は踏んだり蹴ったりだったのだ。そのためか、姑である志乃や店の者たちの視線は冷たくはなく、どちらかというと同情的だった。それはそれで、いたたまれない……。
「ああ、私……どうやって挽回すればいいの……? とりあえずお詫びに伺おうかしら。ああ、でも……」
この調子で、ああでもない、こうでもないと考えているうちに、外はすっかり明るくなってしまったのだった。もうすぐ朝食の支度の手伝いの時間だ。
仕方なく、起き出して着替えをしようとした。その時、庭に面した障子の向こうで、小さな音がした。
「にゃあ」
そんな声が聞こえると、カリカリと音が続いた。綾はそっと、障子を開けた。
「あの時の猫さん?」
小さな、つやつやの毛並みの黒猫が、そこにいた。満月のような金色の瞳が、綾を真っ直ぐに捉える。
あの日、綾の寝床にもぐりこんだのだが、朝になると姿を消していたのだ。宗一郎の元に戻ったのだろうことはわかっていたが、また来てくれるとは思っていなかった。
「どうしたの? ここでお昼寝したいの?」
言葉が通じているかは、わからない。それでも、思わず話しかけてしまうのだった。
すると、黒猫は「にゃあ」と鳴いた。まるで返事をするかのようだ。そして、頭を下げて、首を綾の方へと差し出した。
黒猫の首には、小さな桜の花が結び付けられていた。あの夜に見たのと同じで、淡い色の鈴のようだ。
首についた桜をそっと取ると、黒猫はさっさと踵を返した。用事は済んだらしい。
「猫さん、ありがとうございますと、お伝えください」
昨晩からずっと、その言葉が綾の頭の中をぐるぐる巡っていた。
一夜明けたら落ち着くかと思っていたが、とんでもない。罪悪感と焦りが増していくばかりだった。
なにせ昨日、大勢が集まる祝言の席で、夫となるひとの頬を思いっきり引っ叩いてしまったのだから……。
(しかも、偉そうに叱りつけてしまったわ……)
考えられない無礼であり、失態だ。
綾はこの家に嫁として迎えられた立場で、しかも来てから日が浅い。気の強さは自覚していたが、まさかあんな場面で最大限に発揮してしまうとは……。
(案の定、祝言の夜だというのに、別室で休むように言われてしまうし……)
通常なら、祝言を挙げた夜は『初夜』とされ、夫婦は同衾するものと思われる。綾だって、その覚悟でいた。
だが他ならぬ宗一郎から、別室を言い渡されてしまったのだ。
「そう言われても仕方ないわ……旦那様を引っ叩いて、怒鳴りつけて、周り中から『鬼嫁』なんて呼ばれてしまったんだもの……」
つまりは、綾自身にとっても、昨日は踏んだり蹴ったりだったのだ。そのためか、姑である志乃や店の者たちの視線は冷たくはなく、どちらかというと同情的だった。それはそれで、いたたまれない……。
「ああ、私……どうやって挽回すればいいの……? とりあえずお詫びに伺おうかしら。ああ、でも……」
この調子で、ああでもない、こうでもないと考えているうちに、外はすっかり明るくなってしまったのだった。もうすぐ朝食の支度の手伝いの時間だ。
仕方なく、起き出して着替えをしようとした。その時、庭に面した障子の向こうで、小さな音がした。
「にゃあ」
そんな声が聞こえると、カリカリと音が続いた。綾はそっと、障子を開けた。
「あの時の猫さん?」
小さな、つやつやの毛並みの黒猫が、そこにいた。満月のような金色の瞳が、綾を真っ直ぐに捉える。
あの日、綾の寝床にもぐりこんだのだが、朝になると姿を消していたのだ。宗一郎の元に戻ったのだろうことはわかっていたが、また来てくれるとは思っていなかった。
「どうしたの? ここでお昼寝したいの?」
言葉が通じているかは、わからない。それでも、思わず話しかけてしまうのだった。
すると、黒猫は「にゃあ」と鳴いた。まるで返事をするかのようだ。そして、頭を下げて、首を綾の方へと差し出した。
黒猫の首には、小さな桜の花が結び付けられていた。あの夜に見たのと同じで、淡い色の鈴のようだ。
首についた桜をそっと取ると、黒猫はさっさと踵を返した。用事は済んだらしい。
「猫さん、ありがとうございますと、お伝えください」
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