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第二章 赤い蕾
二
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去りゆく背中にそう告げると、黒猫はちらりと振り返った。そしてまた「にゃあ」と短く鳴いて、行ってしまった。
その背中を見ているだけで、なんだか胸の内がほかほかしてきた。
見えなくなるまで黒猫の姿を見つめていると、足音が近づいて来た。
「綾さん、おはようさんだす」
「お、おはようございま……あ! 申し訳ございません!」
綾は、その場で床に手をついた。勢いで、床に頭までぶつけてしまう。
「なんやの? 朝からそない謝って……」
志乃は戸惑っているが、綾としては頭を上げられない。
「その……奥様よりも遅く起きるだなんて、嫁として失格です」
「『奥様』やのうて『お義母さん』て呼んで」
「お、お義母様……?」
綾がおそるおそる呼ぶと、志乃は満足そうに笑った。
「だいたい、昨日はあんさんが一番お疲れさんやったんや。ええやないの、ゆっくり寝たかて」
「で、でも朝食のお手伝いを……」
「女中(おなごし)に任せなはれ。むしろ、あの子らの仕事をとったらあきまへん」
そうぴしゃりと言われてしまうと、二の句が継げない。
「それにあんさん、ええ加減、身の回りの世話する女中をつけなはれ。あんさんは、若ご寮人でっせ?」
それだけは、いくら志乃に言われても固辞していたのだった。困らせることも、大店の嫁がすることでもないことはわかっているが、どうしてもできないのだ。
「もうすぐ、実家にいた女中が来てくれるので……あの子の仕事をなくすわけにはいきません。それに、私も自分のことは自分でできますし」
それは本当だった。女中といえど、フミに任せっきりだったわけではなかった。フミと協力して、家事をしていたと言ってもいい。
「ふぅん……まぁ、あんさんがそう言わはるなら、まぁええけど……」
こちらに来てから、身の回りのことで世話をかけたことがないためか、志乃もそれ以上は踏み込んでは来なかった。
「そやけど、今日はちょっとわてと一緒に来とくれやす。会わせたい者がおりましてな」
「会わせたい? それは……」
志乃は、ニタリと笑う。
「この家で、一番大事な者や」
口ぶりから、宗一郎のことではないと感じた。では、誰なのだろう。
長男よりも大事な者とは……。
その背中を見ているだけで、なんだか胸の内がほかほかしてきた。
見えなくなるまで黒猫の姿を見つめていると、足音が近づいて来た。
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「その……奥様よりも遅く起きるだなんて、嫁として失格です」
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そうぴしゃりと言われてしまうと、二の句が継げない。
「それにあんさん、ええ加減、身の回りの世話する女中をつけなはれ。あんさんは、若ご寮人でっせ?」
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こちらに来てから、身の回りのことで世話をかけたことがないためか、志乃もそれ以上は踏み込んでは来なかった。
「そやけど、今日はちょっとわてと一緒に来とくれやす。会わせたい者がおりましてな」
「会わせたい? それは……」
志乃は、ニタリと笑う。
「この家で、一番大事な者や」
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長男よりも大事な者とは……。
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