副業の(魔)王様! ~人間界出稼ぎライフはじめました~

真鳥カノ

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第1章 荷物運びの(魔)王様

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 ここに立つのは、数ヶ月ぶりだ。
 切り立った崖の中腹に、岩肌そのものの門が設けられている。
 ライは、門へ向けて厳かな声を発した。
「戻ったぞ」
 すると、門は内側からゆっくりと開いた。そして――
「おお、我らが追うよ! ようあくこのエルガディアにお戻りくださったのですね!」
 抱きしめんとするように両腕を目一杯広げて出迎えるのは、副官・ギルザードだ。
 そんな熱烈な出迎えをかわし、ライはすたすたと城の奥へと歩いて行く。ギルザードは、何事もなかったかのようにライに付き従うのだった。 
 門を抜けると、ごつごつした岩壁に挟まれた廊下が続く。
 武骨な風景の先にあるのは、大きな穴。ぽっかり空いたそこは、なぜだか奥が見えない。まるで薄布で遮られているかのようだ。
 そこへ、ギルザードが告げる。
「主のお戻りである」
 その声に呼応するように、ふわりと薄布は剥がれていく。正確には、薄布のように張られた魔力の壁だ。
 壁がなくなった先に広がるのは、廊下と同じく、岩肌がそのまま壁になっている部屋だ。ただ、廊下や他の部屋と違い、ここには一つ大きく厳かな空気を醸し出すものがある。
 それは、玉座だ。
 ライは、迷いなく玉座に座した。
「ギル、よく俺の留守を守ってくれたな」
 ライがそう声をかけると、ギルザードは急に涙を溢れさせていた。
「ううぅ……我が王よ。そのようなお言葉……身に余る光栄で……うっ……!」
「ギル、俺はただ家に帰って来ただけだ。いちいち泣き崩れないでくれ。ほら、涙と鼻水をふけ」
 ライがてぬぐいを渡すと、ギルは更に感涙してしまった……。
 もうダメだと思ったが、ギルはどうにか涙を押しとどめて、ライに問いかけた。
「我らが王・ライゼンシュタール様。無事のご帰還を心よりお喜び申し上げます」
「……うん」
「『南』は、どんな様子でしたか?」
 先日、ゴミ拾いの際にギルとは会っている。その後、南の諸国について調べたであろうことは、見透かされているようだ。
「……相変わらずだ。相も変わらず豊かだったよ、こちらと違ってな」
 ライは思わず、皮肉めいた笑みを浮かべてしまった。
 魔界――大陸北部一帯を指すその地は、謎に包まれた未開の地だった。
 大陸は、中央を横断する山脈によって、北と南に大きく分断されている。
 山脈の南側は人間たちの暮らす肥沃な大地だ。豊富な資源に恵まれた豊かな文明を擁する国家群が成立している。
 一方の北側は、一日中日が差さない薄暗闇の土地だと噂されている。土壌は痩せており、川や湖も涸れ、ろくに作物の育たない貧しい土地だと。
 おまけに瘴気に包まれており、生物はまともに生きられない。
 南の人間は、そんな、いったい誰が住んでいるのかもよくわからない、しかも危険に溢れているらしい北側の世界を『魔界』だの『死の大地』だのと呼んで恐れた。
 あくまで南に住む人々は、の話だが。
「ひどい言われようだ。こうして大勢の民が今も暮らしているというのに」
「まったくです。この国には『エルガディア』という由緒正しい名があるのですからね」
 その『魔界』=『エルガディア』を治める王こそ、ライゼンシュタール・グリムハルトその人だ。
 薄暗闇の世界の中で、更に闇を深くしたような容貌だ。ライは、マントを脱ぐと、かけていたメガネを外した。
 黒い髪の奥には金色の瞳が光る。そして左右のこめかみからは、黒く太い、ゴツゴツとした角が伸びている。
 それこそが、彼がこの国で最も強い者だと象徴する王の姿だった。
 だがそんな彼がいる王城は……王城とは名ばかりの、『建っている』というより『掘っている』と言える『洞穴』だ。
 エルガディア全土を見渡す最高峰に王城は存在する。煌びやかな宝石も布も調度品も何もない、武骨な城だ。
 だが、自ら切り拓いたその場所こそ、ライゼンシュタールは『居城』だと思える。
 玉座について厳粛な空気を醸しだしている……ように装ってはいるが、内心では、これ以上なく寛いでいるのだった。
 ギルザードは、南――人間界からの帰還を喜んでいるようで、ライゼンシュタールが戻るなり、甲斐甲斐しくお茶を準備していた。
「ご苦労」
「いえ、陛下こそ……御自ら人間界に赴かれ、さぞかしご苦労をなさっていることでしょう……」
「民のために働くことこそ、王の務めだ」
 ライゼンシュタールは事もなげに言うと、お茶を一口飲んだ。
「……温かいが、水だな」
「申し訳ございません。茶葉は長らく手に入っていないもので」
「なに、疲れた身体には白湯がもっとも沁みる」
 そう言うと、ライゼンシュタールはあっという間にカップを空にした。
「奴らが『死の大地』と呼ぶのも、まったくのデタラメではない。現に我らが国土は茶葉どころか、ろくに作物の育たぬ貧しい地。花や果実が年中実っている南の民には、想像も付かない地獄だろうな」
「おまけに、南とは比べものにならない濃度の魔力に満ちています。南の人間は、この地では立っていることすら厳しいようですからね」
「逆もまた然りだがな」
 ギルザードは神妙に頷く。
 それこそが、ライが王という身分でありながら働きに赴いている最大の理由だ。それを理解している者は少ない。
「まぁ、どう呼ばれているかは大した問題じゃない。厳然たる事実は……南の国々は豊かで、我々エルガディアは貧しい……ということだ」
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