副業の(魔)王様! ~人間界出稼ぎライフはじめました~

真鳥カノ

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第2章 鍛冶屋の(魔)王様

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 山脈南の諸国では、エルガディアは『魔界』と呼ばれ、そこを治める王を『魔王』と呼ぶ。
 いずれも得体の知れない化け物だと思い、恐れているようだ。
 だからこそ、希望として戴く象徴が必要なのだ。
 それが、『勇者』という存在だ。
 歴代のエルガディアの王……ここで言う魔王たちは、豊かさを求めて幾度も南へ侵攻していたが、その度に阻止されてきた。
 歴代魔王と同じく歴代勇者がいて、侵攻の度に目覚ましい活躍で魔王の軍を撃退してきた。
 その脅威はエルガディアの民にも伝わっている。
 当然、ライにも。
 南の諸国の民……例えばゲルハルトのような人間にとっては、『勇者』はそこにいるだけでありがたく尊い存在なのだ。
 同時に、エルガディアで生まれ育った者にとっては、『勇者』という言葉だけで萎縮してしまうのだった。ライですら、反射的に警戒してしまうほどだ。
「どうした? えらく驚いてるが……まぁ、勇者様に直にお目にかかれる機会なんて、そうないわな」
「そんな大層なもんじゃないよ、ゲルハルトさん……」
 謙遜しているが、アッシュは自分が『勇者』であることは否定していない。
(こいつが、あの勇者か……)
 ライの拳に、我知らず力がこもる。
 だが傍から見ると棒立ちになっているらしい。そんなライを、アッシュは不思議そうに見つめていた。
「……ライさん、以前にどこかでお会いしましたっけ?」
「いや、俺は面識はない」
 ライは、ない。ただし先代魔王なら、ある。
 先代魔王の角を切り落とした勇者アッシュの名は、エルガディア中に轟いていた。警戒するなと言う方が無理だ。
 身を固くしているライの背中に衝撃が走る。
「だはは! まぁそう緊張するなよ。ここじゃ、子どもの頃からいたずらっ子の、ただのアッシュぼうやだ」
 ゲルハルトの大きな声が響き渡り、張り詰めていた緊張の糸がふわりと和らいだ。
(助かった……)
 そう思っていると、ゲルハルトは何度も背中を叩いてくる。
「ま、勇者様とのご対面は今度ゆっくりと、な。今は仕事の方に入ってほしいんだ。いいか?」
「こちらこそ頼む」
「よし、じゃあこっちへ来てくれ」
 ゲルハルトが手招きするのでライは従って歩こうとした。
 すると、なぜかその後ろをぴったりとアッシュがついてくる。
「僕も見学していいですか?」
 冗談じゃない、とライは言いたい。だが、できない。
 前を歩くゲルハルト=雇い主は満面の笑みで頷くからだ。
「おう、かまわねえよ。ただし、イタズラするんじゃねえぞ。昔みたいに炉で木の実を焼こうとしたら、ぶん殴るからな」 
「やだなぁ、そんなことしませんよ。肉なら焼くかもしれないけど」
  あはははは……と昔なじみ二人ののどかな笑い声を聞きながら、背筋が冷える思いをどうにか堪えるライなのだった……。
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